第27話 キャラバン
二人が廃村を後にして既に三日。交易路の道標を読みながら次の村を目指していた。
「ピッキュッ! ピッピキュ!」
空からクーがピッケルに舞い降り、アッシュに警戒の鳴き声を告げると再び舞い上がった。方角は南方向。進路から右にずれている。
「また魔物かなぁ〜?」
アッシュは南に視線を移して風の波紋を放つ。ガランは素早く周囲に目を配り、軽く右足で大地を踏みつけた。拳で叩かずとも地は発動できる。拳で叩いた時ほど正確ではないが、地形の起伏はおおよそ判断可能であり、移動しながら発動すれば窪みに足を取られることは無い。
「何も見えないけど振動を感じる……大きいのが暴れてるのかもしれない!」
ガランのその言葉でアッシュはピッケルを腰に戻すと、リュックに掛けた矢筒の口紐を解いて弓を構え持ち、クーの旋回を待つ。クーは獣であれば左回りに、魔物であれば右回りで発見した地点を中心に旋回する。
アッシュの予想より、遠くへと飛翔したクーは上空で右へと旋回。しかしその中心は風の波紋の範囲外だ。
「ガラン、魔物だ! でも風の波紋が届かない。――どうする?」
ガランはアッシュの問いにもう一度周囲を見渡す。身を隠せそうな物は前方の高台に生えた木が一本だけ。なんとも頼りなく感じるが、ないよりはマシと判断して小さく頷く。
「あの高台なら見えるかもしれない。オレが足場を見ながら先行するよ。付いて来て!」
ガランはクーを視界の右隅に置き、地を発動させながら高台へと急ぐ。アッシュは前方と右方向はガランに任せ、左方向と背後に気を配りながらその背を追う。
左手で構えるアッシュの弓の特性。右前でも扱えるガランの槍の技量。道中何度も繰り返された警戒の役割分担だった。そしてガランが先行する時は足場が平らな進路を選ぶのをアッシュは理解している。
二人が目指す高台に近付いた時、クーの旋回に変化が現れた。右旋回から左旋回、そしてまた右へと8の字に回る。
「クーの動きが変わった」
ガランが立ち止まり、槍の穂先でクーの姿を指し示す。
アッシュも立ち止まってガランが差す穂先を辿り、クーの飛翔を視線に収める。
「両方……たぶん魔物が獣を追ってる。仕留めた後が怖いかも」
「そうだね。急ごう」
クーの飛翔だけでは獣も魔物も大きさがわからない。魔物が仕留めた獣が小さすぎれば、捕食した後に狙いを変えるかもしれない。二人は警戒を強め、高台に急いだ。
一足先に高台に立ったガランは右側、南方面の光景を見て思わず声を漏らした。
「あぁ……」
遅れてアッシュもその光景を見て息を呑む。
「……ッ!」
追われていたのは獣ではない。荷馬車だ。追うのは二頭の狼。目の赤さは流石に見えないが、見るまでもなく魔物だろう。
荷馬車には二人の男が乗っているのが見える。一人は御者、もう一人は荷台を移動しながら剣を振っている。荷馬車の左側面から取り付こうとする魔物を牽制しているが、剣では長さが足りていない。
荷馬車の進路は南から北へ。緩やかに蛇行しながらこの高台を目指しているが、恐らく迂回して目の前を通過するだろう。登れない勾配ではないが速度が落ちるのは目に見えている。そして魔物ならば難なく登ってくるのは間違いない。
思わずガランがつぶやく。
「狼が二頭……逃げ切れると思えない」
アッシュも表情を険しくして頷く。
「ボクら――どうする?」
アッシュの問いかけは冷静だった。だがほんの少しの声の震えを、ガランは聞き逃さなかった。 恐怖か、使命感か、あるいはただの正義感か。 二人の視線が重なった瞬間、結論は出ていた。ガランはアッシュと視線を合わせ、自身の思いを伝える。
「……助けたい」
アッシュも頷いて応える。
「ボクもだ」
「やろう。『いつもの』で一頭ずつ減らす」
ガランが大地の縛りで獲物の動きを止め、アッシュが矢を放ついつもの作戦。魔物で試すのは初めてだったが他に手は浮かばない。
「わかった。でも一頭目は後ろのを狙おうよ。馬車には悪いけどね」
アッシュは荷馬車を囮とした安全策を提案する。取り付こうとして時折飛び跳ねている狼と、荷馬車の後ろから追い立てている狼。跳ねていると大地の縛りを免れるかもしれない。ならば後ろの狼を確実に足止めしたほうが良いのは明白だ。
二人は荷を背負ったまま高台の斜面を半ばまで下り、身を屈めた。荷馬車の車輪が立てる音がガラガラと聞こえてくる。もうかなり近い。
「見えたら降りる。アッシュはここで」
「わかった」
荷馬車を引く馬が見えた。
タイミングを合わせ、駆け下りるガラン。
いち早く気付いたのは御者の男。
咄嗟に進路を右へと手綱を捌く。
荷台の男は気付いていない。
取り付こうとする魔物に剣を振るう。
ガランは斜面を利用して加速。
力強く踏み切り、跳ぶ。
それを見届け立ち上がるアッシュ。
弓を引き絞り、時を待つ。
ガランの眼下を通り過ぎる荷馬車。
人影を見上げる御者と目が合う。
荷台の男もガランの影に気付き目で追う。
ガウウッ!
影に気付かず魔物が唸り声を上げた。
荷台に飛び移ろうと飛び跳ねる。
ガランは滞空から落下へ。
目論見通り後方の魔物のやや後ろ。
ズシン!
着地と同時に発動する大地の縛り。
硬直する魔物。
アッシュは動きを見逃さない。
風を纏わせ矢を放つ。
空気を切り裂き、魔物の胸元に突き立つ。
振り向いた魔物の赤い瞳。
その首をガランの槍が薙ぎ、刎ね飛ばす。
遠ざかる荷馬車。
残る魔物は足を止めていた。
獣と違い間を取る動きなどない。
ガランとの距離を詰めるべく反転した。
短く二度、アッシュが指笛を吹く。
直後。
翼を畳んでクーが間に滑り込む。
魔物の前で羽ばたき視線を塞いだ。
一瞬でまた大空へと舞い戻るクー。
その一瞬で十分だった。
槍を扱き、火を纏ったガラン。
右足を持ち上げ、大地を踏み抜く。
ズドン!
強烈な大地の踏み締め。
それは大地の縛りの威力も上げた。
そして飛来する嵐を纏った矢。
魔物の喉元を抉り取る。
吹き出る己の血を浴びる魔物。
その眉間を槍が貫いた。
ガランは槍を引き抜いて魔物が倒れるのを見届けると、ようやくひと息吐いた。終わってみれば完勝。傍目には余裕の戦闘に見えただろう。だが実際は二人共が必死。勝利の喜びもなく、胸には安堵しか浮かんでいない。
ガランは水袋を取り出し、ガブガブと水を飲むと高台から降りてきたアッシュについ弱音を吐く。
「オレ、すっごく疲れた……」
アッシュも同じく疲れた表情を見せる。
「ボクもだよ。緊張した」
二人共が集中して精霊魔法の精度を無意識で上げていたのに気付いていない。ガランは火で肉体強化した大地の縛りを、アッシュは真空を生む程の風を纏わせていたのだ。疲労感も当然であった。
アッシュが警戒を、ガランが魔物を埋める穴掘りに取り掛かったところに風の波紋が戻ってくる荷馬車を捉えた。
「あの荷馬車、戻ってきたみたいだよ」
ガランが北側に視線を送ると、車輪の音と共に荷馬車が見えてきた。御者台に二人の男の姿も見える。
ガランは念のため、槍を手に持つ。レンフィールドとジローデンの両名に、どんな相手だろうが必ずしも善人とは限らないと学んでいる。特にエルフ族の過去を知るアッシュは、相手が誰であっても警戒を緩めるつもりはない。命を助けることと疑うことは別だ。
そんな二人の内心を余所に、ほど近い場所に荷馬車が止まった。茶系の髪色で身長はエルフより低いがドワーフより細い体格。ヒト族だ。
御者台から降りてくる二人の男。
「無事だった……というか、倒しちまうなんて。アンタたち、見かけによらないんだな」
驚きを隠しもせず話し掛けてきた男。荷台で剣を振るってた男だ。腰には鞘に収まった剣が下がっている。
御者をしていた男も口を開く。
「飛び出して来たときは驚いたよ。でも助かった。ありがとう」
「たまたま上手くいったんだ。お互い無事で良かったよ」
ガランはそう言いながらチラとアッシュに目配せを送り、男達とアッシュの間に立って男達を観察する。
「あー……このご時世だ。まぁ警戒はするよな」
御者の男は雰囲気を察したのか、悪意がないのを見せるためわざわざ両手を上げた。
それを見て荷台に居た男も腰から剣を外し、荷台に放り投げると同じく両手を上げる。悪い人間ではなさそうだった。
「俺達は南から来た交易隊商なんだ。知っての通り魔物に襲われてな。本隊から魔物を引き離す囮になったんだ。ホレ」
御者の男は革紐で首から下げていたメダルをガランに見せると、これもわざわざ首から外し、ガランに放った。
受け取ったガランはメダルを確かめる。それを見てアッシュも自身のポーチから同じくメダルを取り出した。ジローデンから譲り受けたメダル、交易手形だ。ガランにも同じく渡されている。
ガランはメダルを指先で叩き、地で素材も確かめる。振動は同じだった。
「同じだね」
ガランとアッシュは目を合わせて頷く。信頼はともかく、信用はしていいだろうと判断したのだ。メダルは過去に犯罪を犯していない証でもある。
ガランはメダルを投げ返すことはせず、御者の男に手渡す。
「なんだい。アンタらも交易か」
荷台の男も何故かホッとして頷いている。信用できなかったのはお互い様だったのだろう。
「まぁね〜。こっちも『おろし』だよ」
アッシュがそう告げると御者の男が大きく頷く。
「なるほど。慎重だ」
『おろし』とはアーシア商人の隠語だ。荷卸し、荷降ろしを意味する。前者か後者かで荷の有無は別れるが、当然どちらの意味かなど言わないし、それが何かも口にしない暗黙の了解。これを聞き出そうとする者は商人ではない。アッシュは隠語を使う事でお互い詮索するな、と予防線を張ったのだ。
「……これは単なる提案で、アンタら断っても良い話なんだが」
御者の男はそう言ってガラン、アッシュの順で視線を合わせる。ガランとアッシュも視線を合わせ、頷いて話の先を促す。
「この荷馬車、見ての通り空荷だ。囮ってのはこの馬のことなんだ。馬を走らせたまま、頃合いを見て俺達は飛び降りるって寸法だった」
なるほどと頷くガランとアッシュ。
「ところがアンタらに助けられて馬も荷馬車も無事。俺達二人、怪我も負わず命も無事ってのは出来過ぎなんだ。この帳尻合わせで本業で大損するんじゃないかって思うくらいにね。だから少しアンタらに返したい」
ガランとアッシュは思わず顔を見合わせる。
「……狼煙を上げればそう時間も掛けず本隊が迎えに来る。――どうだ? 一緒に来ないかい?」
それがキャラバン隊、『アーリア商連』との出会いだった。
キャラバンとの出会い。さてこれからどうなるでしょうか。
これにて第二章の締めとなります。
ここまでお読みいただいてありがとうございます。
もし気に入って頂けたらブックマークを、評価ポイント、感想もいただけたら励みになります。




