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ガランとアッシュの旅路  作者: 玲 枌九郎
第二章 エルフの集落 —ソウジュの里編—
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第26話 廃村 —集落の面影—

 

「枯れてはないけど……オレ、この水は嫌だな」


 ガランは荒れ果てた井戸を覗き込み、その堆積物の多さに顔を顰めながらアッシュに伝える。アッシュも予想していたのか頷きながらガランに同意する。


「だよねぇ〜。沢の方が綺麗そう」


 二人は交易路を辿り、村に到着していた。

 予想外だったのは村は廃れ、荒れ放題に荒れていた事だ。家屋は倒れているものも多く、人が去って長いと思われた。焼けた風でも破壊された風でもない。放棄された村だと一目瞭然だった。


「まともそうな家にでも入ってみる?」


 アッシュの提案に素直に頷けないガラン。彼は自身が育った集落を思い出していたのだ。少しの郷愁。そして、いつか起こり得る自らの集落の未来を見せられた気がして、意図せず荒れ果てた景色を重ねてしまう。恐らくここは放棄された村だろう。理由は知る由もないが、なるべくなら自分たちで風化を早めるような真似はしたくないという想いがあった。

 アッシュはそんなガランの様子を見て察した。


「ガランごめん。ボク、無神経だった」


 アッシュも素直であった。感受性が強く、相手の感情を敏感に感じ取り共感できるエルフの優しさ故かもしれない。前世の記憶を持つことで独り思い悩んでいたことも、少なからず影響している。

 そんなアッシュに対し、ガランは努めて明るく振る舞う。


「オレの方こそごめん。アッシュにそんなつもりがないのはわかってるよ! 少し見てまわろう!」


「そうしよ! でも先に獲物を捌かないとね」


 二人は村の入口近くの沢に沈めてある狩ったばかりの山猪の解体に向かった。到着してすでに火は起こしてあり、石で組んだかまどの上に水を張った大鍋を掛けてある。


 解体はもう手慣れたものだ。ガランは毛皮を剥ぎ、腹を裂いて枝肉に切り分けていく。そして、枝肉を捌きながら小鍋に獣脂を集めていった。湯が沸いたら湯煎にかけ、脂漬け用のラードを作るのだ。湯煎は溶けるのに時間がかかるが、放っておけば勝手に溶けるので火の番を細かくする必要がない。小さい枝肉は、樽に入れて塩漬けにする予定だ。


 アッシュは洗ったばかりの清潔な手ぬぐいで捌かれた枝肉の表面を拭き、適度に大きさを合わせて削ぎ切りにして干網に並べていく。並べ終えれば木の枝に干網を吊るして乾燥させる。後で(ウィンド)で乾燥を早めるつもりだ。そして明日、表面が乾いた削ぎ肉を燻製器で燻す。燻製器も分解式で、長方形の極薄い鉄板の長辺に切り込みがあり、上下互い違いに差し込むだけで自立する仕組みだ。空気孔も空いているので、遠火で保温する際の五徳としても使えて利便性が高い。


 しばらくして作業を終えた二人。ガランは小鍋を大鍋の縁にかけ、かまどの火がしばらく持つよう薪を焚べると、沢で手を洗っているアッシュに声を掛けた。


「そろそろ行こうか」


「そだね。クーは……休憩か。二人で行こう」


 クーは干網を吊るした枝に留まって瞳を閉じている。肉と荷の番には丁度いいだろう。

 二人はそれぞれ槍と弓矢、腰にピッケルを携え並んで歩き、村の中を見て回る。畑があったのか、畦と辛うじてわかる場所もあった。アッシュは畦に春の香草、ハセリが自生してるのを目敏く見つける。


「ガラン! これセリだよ。えっと……確かハセリだ」


「へぇ。こんな葉だったんだ」


「柔らかいとこだけ採って、スープの仕上げに入れるとシャキシャキだよ!」


 ハセリ以外にもローズマリーやセイジ、タイムも自生しているのを発見した。

 ガランは有用な香草類が偶々自生していたとは思えなかった。


「これ……たぶん村の人が植えてたんだろうね」


「きっとそうだね。あ! 香草茶(ハーブティ)にしようよ! 蜂蜜入れてさ!」


 アッシュの提案にガランも頷く。蜂蜜も山猪同様、巣を探し出して入手していた。転んでもただでは起きない二人である。

 その後二人は村を一周し、日も傾いてきたので沢近くの野営地へと戻る。次の手掛かりは掴めなかったが収穫は多岐に渡った。そして二人をクーが迎える。


「キュキュッ!」


「「クーただいま!」」


 アッシュは留守を守ったクーへの褒美代わりに、指で掻くように頭を撫でる。

 そんなアッシュを横目に、ガランは鍋の様子を見て溶け出したラードを肉を入れた樽へと移す。冷めにくいラードの予熱でじっくりと肉に火が通り柔らかさを保つし、さらに冷めれば白く固まり、空気を遮断して腐敗を抑える。獣脂漬けも塩漬け同様、ある程度日持ちする保存食となるのだ。


 ガランは保存食を作りながら満足気に頷いている。山越えの時と違い、食べ物の心配が極端に下がったのだ。ドワーフ(食いしん坊)が満足せぬ訳が無い。


「ボクがちょっと珍しい料理、作ってみるよ!」


 クーとのスキンシップを終えたアッシュがにこやかに告げる。ガランはアッシュが作る異国風料理が楽しみで、高速で何度も何度も頷いた。


「オレも手伝う!」


「じゃあガラン、その小鍋の溶け切ってない獣脂、みじん切りにしてそのまま火にかけて溶かしていってよ」


「わかった!」


 ガランは元気に答え、小鍋の縁を使って獣脂を細かくしていく。

 アッシュは大鍋に山猪の骨を入れ、香草類も目分量でまとめて放り込み、リュックからイモを水にさらして集めたイモ粉(かたくり粉)、小麦粉も取り出す。

 小麦粉を水で練って生地を作ると薄く伸ばし、人差し指ほどの長さで四角く切り分けた。同じように別の生地を作り、今度はハーブの粉末を混ぜて同サイズに切り分ける。


 次に鉄板をまな板代わりにして肉のスライスを何枚も切り出し、イモ粉を振りかけてまぶしていく。厚みを揃えられないほど不器用ではないはずなのに、なぜか不揃いだった。


「こっちだいぶ溶けたよ。溶けない分が焦げそう」


「はいは~い。じゃあちょっと貸して〜。あ、鍋の灰汁取りお願い!」


 二人は協力して夕飯を仕上げていった。そして、本日の夕飯が出来上がった。メニューは骨出汁のスープ、山猪の塩焼きと揚げ焼き、ハセリのサラダ、それに香草茶である。


「祈りを……」


 二人は目を閉じ、感謝の祈りを捧げる。目を開けると視線を合わせ頷き合った。二人で作ったのだ。『召し上がれ』とは言わない。


「揚げ焼き、食べてみてよ!」


 アッシュの勧めで揚げ焼きに手を伸ばす。まず薄い方にフォークを刺した。サクリと微かな音が聞こえた気がした。口元に寄せると、匂いが鼻をくすぐる。獣脂だけではない、イモ粉の香ばしく揚がった匂い。鼻に抜ける脂の風味。肉の醍醐味はやはりこれだ。この脂が美味い。期待感を膨らませ、齧りつく。


 ――カリッ。


 予期せぬ食感。焼いた肉の弾力ではない。イモ粉の衣を纏い肉と奏でる新しい歯応え。カリカリとした歯応えと容易に噛み切れる肉の薄さ。面白い。ただ薄い肉を焼いてもこうはならない。この薄さはアッシュが狙ったのだ。思わずアッシュに頷きを送る。二度三度と噛めばさらにイモの風味も増す。続いて厚い方も口にする。


 ガランは衝撃を受ける。


 同じと思った歯触りは一瞬のみ。続くのは肉の確かな弾力。そして肉汁。今度は肉汁と香ばしい衣の風味が混じり合う。口いっぱいに広がり、肉の旨味に深みを足した。思わず目を閉じて旨みに集中してしまう。

 同じ調理。ただ肉の厚みを変えただけ。しかしここまで変わるのか。

 静かに頷くガラン。アッシュは天才ではなかろうか。そんな思いを抱きつつスープを口にする。極薄いパンがスープを纏い口に滑り込む。


 ――ツルン。


 目を見開くガラン。パンではない。噛む暇など与えず喉の奥に滑り込み、喉越しだけを残して腹の中へと消えていった。思わず深皿を注視してしまう。


「面白い?」


 無邪気に笑うアッシュに、ここでも頷きを返すしかない。今度は注意深く掬い、口に含んで噛みしめる。ふにゃりとした頼りない食感。十分にスープを吸い、柔らかい雲のように煮上がっている。なるほど面白い。柔らかくもスープの味を口内に留め、小麦の味もしっかりと感じさせる。もう歯はいらないのではないか。そんな思いを抱かせる。

 もうひと掬い。今度は緑色の雲を食べてみる。咀嚼すれば香草の香りが増し、スープに味の変化をもたらした。


 ――コリッ。


 何かの歯触りに、思わず口内を舌で探り、噛みしめてみる。これは脂だ。あの焦げる手前まで絞った獣脂と、僅かに残った肉の欠片。バラバラと口内に散らばり、脂の旨味と絶妙なアクセントを加える肉の欠片が、雲の中に隠されていたのだ。嘘だろ、やっぱり歯は必要だった。


 アッシュが探す国が見つかれば住んでも良いかもしれない。ガランはそんな思いを抱くのであった。

竜田揚げとワンタンもどきです。

ザクザクカリカリの豚の竜田揚げ。薄切り肉だと歯応えバッチリなんです。

いよいよ次話。第二章完結です。


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― 新着の感想 ―
待ってましたのお料理お食事シーン!!!! めちゃくちゃ美味しそう(*'ω'*) しっかりと説明描写があってからの、カリッ。さらにしっかり説明してからの、ツルン。美味しそうな描写が丁寧にされてからのコ…
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