第25話 交易路を辿って
ドシン……ドシン……ドシン……
「ん……ん〜っ……」
地面を伝わる振動でアッシュは目を覚ました。視界には屋根代わりの防水布と地に刺したピッケル、そして離れた場所にガランの姿が見える。ピッケルにクーが留まってないのは、恐らく餌を取りに行ったからだろう。振動の発生源は当然ながらガランである。
アッシュは寝袋代わりの防寒布から顔を出し、上体を起こして大きく伸びをしながらガランに朝の挨拶を告げる。
「ふぁ〜ガランおはよ〜……」
「おはようアッシュ! あ、起こしちゃった?」
ガランは朝の日課、精霊魔法と槍の修練をしていたのだ。大地の縛り発動の感覚も、かなり掴めている。
アッシュは、東の空に顔を出している朝日を眩しそうに見ながら、ガランに答えた。
「ううん。いつもの時間だから気にしないで〜」
アッシュは防寒布の中でゴソゴソと身支度を整える。緩めた革紐や革ベストのベルトを締め、ポーチベルトも腰に巻く。身支度が終われば防寒布を畳み、空気を抜きながら丸めた。荒い羊毛生地を目の詰まった布で挟みこんで縫い合わせた防寒布は、空気を抜けば腕程の細さになる。当然だがフェルトが偏らないようにステッチが施されている。敷物代わりの起毛革も丸めて革紐で留め、自身のリュックへと仕舞った。
「用足ししよ……」
アッシュはつぶやいて指笛を鳴らす。朝の爽やかな青空に、響きわたる音色。暫くして、赤い実を付けた蔓を掴んだクーが戻ってきた。嘴にも蔓を咥えている。
「キュキュッ! キューイ!」
クーは二人への土産のつもりか、アッシュの手のひらの上で蔓を離した。赤い実はハルヤマイチゴだ。
「ありがとクー。ちょっと用足し行こう」
アッシュはイチゴをリュックの上に置き、茶色い薄い生地のマントとピッケルを手に取った。タープを出るとガランへ声を掛ける。
「ガラーン!」
アッシュはガランに呼びかけ、マントとピッケルを掲げて見せた。ガランはその仕草と、クーが居るのを確認して大げさに頷く。用足しの合図は、いちいち口に出すのは憚られると、二人で決めたルールだった。木酢液で染めた茶色いマントで身体を隠して用を足すのだ。跡はピッケルで埋めればいい。クーは木酢の匂いが嫌なのか、すぐに空へと舞い、旋回しながら主を見守る。
アッシュは用を済ませて手と顔を洗うと、降りてきてピッケルに留まったクーに水袋を指差して尋ねる。
「水場、あった?」
「キュイッ!」
クーはひと声鳴き、進行方向でもある東南に顔を向けて羽を広げる。
「そっか。さすがクーだ!」
アッシュはクーの頭を人差指で掻くように撫でる。
「キュキュゥ〜」
クーは瞳を閉じてご満悦だ。
そこにガランが戻ってきて声を掛ける。
「ほんと、クーは賢いよねー。警戒もしてくれるし水場もわかるし。ウルラスじゃ水場探すの大変だったんだよー?」
「ボクの自慢の子だよ!。じゃあスープの準備するね!」
その言葉を合図に二人はそれぞれ動き出す。
ガランは周囲に刺した獣避杭を抜き集める。長い釘が飛び出した樫の木材に、木タールを何度も塗り重ねて真っ黒になった細い杭だ。木酢に浸けて乾かした革紐も結んであり、タープのロープ留めにも使っている。ロープにもタープにも木酢や木タールが使われ、獣はほぼ避けられるように工夫されている。タープも畳み丸め、ガランのリュックへと仕舞う。アッシュの荷に入れてしまうとクーが休まらないので、木酢液を使った道具類は全てガラン持ちだ。
アッシュは昨夜多めに作っていたスープの鍋を火にかけ、水で戻しておいた干し豆を入れて味を馴染ませる。かき混ぜながら剥がれてきた薄皮もなるべく取り除く。リリアン直伝の調合済みハーブ粉を入れて味見も済ませた。イチゴも蔓からもぎ、水で洗って葉皿に盛る。
「できたよー!」
「こっちも終わった」
二人は朝食を手早く済ませ、改めて持ち物を点検する。もし無くしたら再度入手するのは難しいものばかり。命綱でもあり、大切な里の思い出でもある。数を数えて二重点検が終われば野営地を後にする。クーはアッシュのリュックの上で暫し朝寝を決め込むようだ。
その日二人は元交易路を探りながら進む。恐らく休憩や宿泊で使える場所がまだあるのではないかと予想し、前日夜の内に話し合って決めていた。
予想は的中した。野営地には風や水に流されて堆積した土が被っていたが、地で難なく発見できた。
二人は今後も交易路に沿って進むと改めて決める。町や村があればそこでなるべく地理情報を集めてシベルを横断、東部の街『スカッチ』を目指す予定だ。そのためにもまずは一番近い村に着かねばならない。もちろん道中でドワーフ族がいれば会うつもりでいる。
そして五日目。道中でアッシュが遂に道標を発見する。
「見て見てガラン! これ絶対、道しるべだよ!」
「ほんと?! じゃあ……」
そう言ってガランは周囲を改めて見渡す。見晴らしは悪くない。アッシュの風の波紋の発動可能回数と有効範囲も格段に上がっていると共有して知っている。恐らく大丈夫だと判断してアッシュに頷きを送る。
「ちょっと早いけど、少し休憩しながら読んでみて。オレ、念のために視認警戒しとくよ!」
アッシュが嬉しげに頷く。
「わかった! ええっと……ここは『五』……こっちは……『三』で……あ〜日数かな……いや、野営地の数……かな……これは名前じゃ――!」
ブツブツと道標を読んでいたアッシュの顔が不意に上がる。
「ガラン! 森から何か来る!」
アッシュの言葉でガランは槍の穂先から鞘を抜き、視線を森に移す。茂みが揺れ、茶色い影が飛び出した。小振りの山猪だ。
アッシュは山猪の目を見る。大丈夫、赤くない。
しかし。山猪は黒い何かに追われていた。
「あ!」
ガランが気付いた。
「蜂だ!」
「!?」
ブモー!
まるで二人に助けを求めるかのように迫ってくる山猪。
「「なんでー!?」」
叫ぶガランとアッシュ。
迫る山猪に背を向けて逃げ出す。
クーは空に逃げる。
逃げる二人と追う山猪。
その山猪を追う蜂の群れ。
「嘘だろー!?」
走りながら叫ぶガラン。
「どゆこと〜!?」
同じく走りながら叫ぶアッシュ。
ブモー! ブモモー!
何故か鳴く山猪。
そして重なる蜂の羽音。
「アッシュー! どうする? どうすれば良い?」
思わず問うガラン。
「ボクが知りたい!」
アッシュも答えが見つからない。
必死に考える二人。
恐らく何も考えずに追ってくる山猪。
そして閃くガラン。
「二手に分かれよう。どっちか自由になれればマシになるかも」
アッシュも頷き、合図を提案する。
「じゃあ掛け声掛けよ! 『いっせーの』でどう?」
「わかった! じゃあオレ右」
「ボク左! いくよー?」
「了解!」
「いっ!」
「せー!」
「「の!」」
ガランは右へ。
アッシュは左へ。
山猪は――左だった。
当然蜂も左へ。
「ぎゃあああーーー!」
響き渡るアッシュの悲痛な叫び。
ガランがアッシュに指示を出す。
「ぐるーって回って! オレの前に来たらジャンプして!」
「わかった〜!」
草原に大きな円を描きながらガランの前で大きくジャンプするアッシュ。
ガランはタイミング良く大地を踏みしめる。
ドシン!
――大地の縛り――
脚を取られて倒れ込み、地に頭をぶつけて昏倒する山猪。
しかし蜂は止まらない。何故かアッシュに狙いを定める蜂の群れ。
「ぎゃあああーーー!」
アッシュの悲痛な叫び。
ガランが慌てて指示を出す。
「アッシュ! 風! 風!」
目を見開き、強く頷くアッシュが風を発動する。強烈な乱気流をアッシュが纏った。
そして巻き上がる蜂。まるで蜘蛛の子を散らすよう。
そこに何事もなかったかのようにクーが降りてきた。アッシュの肩に乗り、鳴く。
「キュキュウ〜」
静けさを取り戻した草原に、クーの声が響き渡るのであった。
お読みいただいてありがとうございます。
第二章冒頭のシーンはこの事件?があったからでした。




