第24話 古道
「ガラン! やっぱり空が広いねぇ〜」
アッシュは草原を歩きながら空を見上げ、本日もう何度目かの感想を述べた。
「……そうだねー。――でもまた転ぶよ?」
ガランは呆れ混じりで応える。足元が疎かになりすぎて危ないのでアッシュにピッケルの突き方を教え、ようやく突きながら歩くことに慣れてきたところだった。
「ガランは慎重だねぇ〜」
「オレ、死にかけたからね」
ガランは崖から滑落した過去が脳裏に浮かび、遠い目をした。注意を促すようにアッシュの肩に留まっているクーも鳴く。
「キュキュッ!」
「ごめんごめん! 確かにここは『舗装』されて――そっか、道か」
アッシュは前世のアスファルト道路や標識を思い出し、立ち止まって足元を見る。しかし目に入るのは何の変哲もない草原。草以外は隙間から覗く石や土のみ。道などどこにもない。
ガランもアッシュを待つように歩みを止めた。
「道?」
「うん。まだ交易してた頃の道って、どこだろね?」
アッシュは辺りを見渡し、今度は目印がないか探しながら歩き始めた。
「交易路、だっけ」
ガランも学びで教わった話を思い出す。
「うん。道しるべくらいはあったと思うけど……やっぱり自然に還ったのかなぁ〜?」
「どうだろね。――あ! あの丘に登ってみる?」
ガランが少し先、やや右側にある丘をピッケルで指す。
「そだね! 先が見渡せそうだし、あの上で休憩もいい――クー?」
クーが僅かな羽音を残してアッシュの肩から舞い上がる。暫しの滑空。草むらに降りたと思った次には再び舞い上がった。その鋭い爪は何かを掴んでいた。
「おー! クーはすごいね!」
ガランはクーの鮮やかな狩りに感嘆する。
「急にどうして……?」
アッシュは突然の飛翔に訝しむ。
そのクーが空中で獲物を落とし、旋回する。
「キュッ! ピッピギュー!」
その声で咄嗟にアッシュがピッケルの剣先カバーを外し、落下地点を目視しつつ風の波紋も同時に発動した。
クーは獲物を取りこぼしたのではなかった。離したのだ。クーが掴める程の小物を落とす訳がない。
ガランは状況がわからず尋ねる。
「どしたの?」
「ピッピッて鳴くのは『警戒』なんだ。ガランも覚えてて。落ちてから周りの反応もないから大丈夫だと思うけど……」
ガランは警戒の言葉に反応して、慌ててピッケルのカバーを外した。確認のため、二人でゆっくり落下地点に近付く。
そして見た。一見ネズミだが違う。ネズミの魔物だ。クーの爪で喉元を貫かれ、既に息絶えていたがやはり赤い目をしている。
「これって……」
ガランは思わず眉間に皺を寄せる。
「お手柄だよ、クー。噛まれてない?」
アッシュはピッケルにクーを留まらせ、足元を確認する。
「キュキュッ! キュキュッ!」
鳴き声に合わせ、足踏みしながら無事をアピールするクー。
「そっかそっか。でも一応見せてね」
アッシュは水袋を出し、クーの足に水を掛けて血を洗い流す。ガランは魔物にピッケルを振り下ろし、頭部を叩き割った。
「オレ見たことなかったけど……里でも出てた?」
ガランはピッケルで穴を掘りながらアッシュに尋ねる。アッシュは周囲を警戒しつつ答えた。
「ボクもネズミ自体あんまり見かけなかったよ。ネズミの魔物は森でも滅多に見かけないって聞いた。そうなる前にクーみたいな猛禽とか狐が食べてくれるんだって〜」
「なるほどね。小さい魔物をウルラスで見なかったのはそういう事だったのか。今回はクーに助けられたよ。ありがと、クー!」
「キュッ!」
ガランは魔物を埋め終え、ピッケルにカバーを付けて腰に差すと背中から槍を引き抜いた。槍にも石突きは付いている。咄嗟に動く必要があるなら槍を持っていたほうが良いと判断したのだ。
アッシュも万が一を考え、ピッケルにカバーを掛けずに歩くことにした。
「オレ、里で学んで良かったよ。ジローデン先生は正しかった」
「ボクもそう思う。学ばずにひとりで外に出てたら……。今からは目視に頼らず風の波紋も使うよ」
二人は埋め跡を一瞥し、気を引き締めなおして丘を目指す。
登ると言うほどでもない斜面を進み、丘の上に出た。
まさに雄大な自然。正面にはうねる草原と幾つかの丘。左手には草原の奥にウルラス山脈と麓の森が見え、右手には草原と所々に茶色い地面、遥か遠くに名も知らぬいくつかの山が見える。振り返れば恐らく出てきた森が見えるだろうが、二人は今日は振り返らないと決めている。
しばらく景色を眺めながら二人は水を飲み、アッシュはクーの前で水袋を振って水音を聞かせた。口を開けたので手のひらから飲ませる。意思の疎通はもう慣れたものだった。
ガランは腰のポーチから干し肉を取り出してひと切れ口にすると、アッシュにも食べるよう促した。
「アッシュも今のうちに何か食べなよ。今日は……えっと……三つ目かな。あの岩が見える丘! あの辺りまでにしようか」
「じゃあ糖分補給! ――でも、もっと進めそうじゃない? ボクまだ全然風の波紋使えるよ?」
アッシュも干し果実を咥え、意外そうに話す。
「身を隠せる物があったほうがいいからねー。もしあの先にも岩があればその時また考えよう!」
なるほど、とアッシュは頷く。
「さすがガランは野宿に慣れてるねぇ〜」
「最初は大変だったよ。そうか! もう話してもいいんだ」
二人は歩き出し、ガランは集落を出た時のことや、狼と対峙したときのことを話しながら三つ目の丘を目指した。
「へぇ~! 森が静かになるのがガランもわかるんだね〜……うん?」
アッシュは突いていた地面に違和感を覚えた。
「どしたの?」
「なんか地面が硬くなった……気がする。道かも?」
「ちょっと試してみる」
ガランはそう言ってしゃがみ込み、地を発動。左手で地面を叩いた。すると振動で硬い層が細切れに東南方向へ繋がっているのがわかった。三つ目の丘と同じ方角だ。
「うーん……道――なのかなぁ? わかんないけど。草の根で細かくなってるからあっちでもう一回叩いてみる」
慎重なガランらしい回答であるがアッシュは楽しげだ。
「うんうん! 外れててもいいよ。なんか楽しいし!」
「普通に地脈かもしれないよー?」
「それならそれでいいじゃん! 『宝探し』みたい!」
足取りも軽く歩き出す二人。道中、数箇所でガランが地で叩きながら進み、やがて目的の丘に差し掛かる。
「じゃあ丘の上から先を見てみよう!」
アッシュが軽やかに進み、ガランが遅れて後を追う。
「――あれ?」
登ろうと踏み出した地面は明らかに硬い感触であった。ガランは丘の中腹でも地面を叩いてみた。密度は高くないが、拳ほどの大きさのある丸石が敷かれるように埋まっている。
「ガラン! 早く早く〜!」
丘の上からアッシュが楽しげに急かす。
「どしたのー?」
ペースを乱さず、遅れてガランも丘の上に立つ。丘の上には背丈を超えるほどの大きな岩があり、丸石もあちこち露出していた。岩山跡かと考えながら、大岩を覗き込んでいるアッシュに声を掛ける。
「何かあったの?」
振り向いたアッシュは満面の笑みだ。
「やっぱりここ、交易路の跡だと思うよ! ほらここ!」
アッシュが岩の表面を指差す。そこは一部平らになっており、明らかに人が手を加えた痕跡がある。
「ほんとだ、削った跡だね! これ……文字、かな?」
アッシュと額をくっつける様に見てしまったが周囲も見ねばと思い出して警戒モードに戻る。これもまたガランらしい。
「絶対文字だね! 風化しててよく読めないけど……『泊』の綴りっぽい」
「あっ、そうか! だから水捌けのために丸石なのかも!」
「うんうん! 高台だしね! 寝泊まりする場所だったんじゃないかな〜?」
二人は改めて周りを見てみる。確かに北側の森は離れているし、身を隠す岩はここが一番良さそうに見える。
「じゃあやっぱり今日はここにしよう!」
ガランの提案にアッシュも頷き、二人旅初の野営地が決まったのであった。
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地の精霊魔法グランの元ネタは「鉱山に住む妖精・ノッカー」です。




