第22話 旅立ちの準備
「あなた達、婚約しなさい。我らエルフ族とドワーフ族との友誼の契りです」
「「え?」」
レンフィールドはガランとアッシュを屋敷へ呼び出し、ホールで二人にそう告げた。顔付きは真剣そのもの。冗談を言ってるようには見えない。ガランもアッシュも急な宣言に驚くしかない。
そこに待ったの声が掛かった。ジローデンだ。
「……族長。無理がありすぎます。そもそも族長が悪いのです。里を出る条件など無かったのに、条件など付けるからややこしくなるのですよ」
ジローデンは呆れ顔を隠さずレンフィールドを窘める。しかしレンフィールドは諦めない。
「じゃあ追放よ! 二人をこの里から追放とします!」
「「ええ……何もしてないのに?」」
これにもジローデンは異を唱える。
「ハァ……。いえ、すみません。族長相手にため息は失礼でした。ですが、二人の言う通りです。何も悪くない二人を追放などしたら、解決どころか、悪手でしかありません」
「じゃあどうすればいいのかしら? 若者が次々と里を出ることになれば、また悲しむ者が出ないとは限りません」
レンフィールドは苦い表情でジローデンを睨む。ジローデンはため息を腹に飲み込み、ガランとアッシュの二人を見る。
「そうならない為に、きちんとした決まり事を作ってから、許可を出さなければならなかったのです。長老会議を開くのは難しいとしても、せめて誰かに相談すべきでした。ですがもうアッシュの旅立ちは認めねば――ならないでしょうね」
ジローデンは『認めねばアッシュは黙って里を出るだろう』との言葉も飲み込む。
黙って里を出れば追放同様、二度とこの里へは戻れなくなってしまう。自分勝手に飛び出し、上手くいかなかったらまた里へ戻ればいい、というような共同体の旨みだけを得ようとする行いは許されない。共同体から抜けるというのは、今まで受けられた共同体の恩恵全てを失う事と同義である。
だからこそレンフィールドが言う追放は悪手であり、族長の独断とはいえ条件を達した以上、いつかアッシュが戻ってくる道も残してやらなければ条件を出した意味がない。
「……アッシュはもう条件を満たしたのです。ですから今後は、アッシュが成したものと同等の知恵を示せた者とすれば良いのです。新たな精霊の可能性を示せる者が多いとは思えません。それに我らエルフは知恵あってこそでしょう。知恵であれば無謀な挑戦をする者も減らせます。――それからアッシュ」
ジローデンは一度アッシュに微笑みを送る。そのジローデンを見つめるアッシュ。ジローデンは眼差しを変え、アッシュに命じた。
「あなたは条件を満たしたので『里の外に出る権利』を得ました。ただしそれは『里の外を見て新たな知識を里に齎す義務』が付随します。あなたが里を切ることは許されません。ましてや里の外で死ぬのはもってのほかです。――生きてここに、帰ってきてくれますね?」
ジローデンの命は厳しくも暖かいものだった。
アッシュもそれを感じ取り、しっかりと頷きを返す。
「わかりました。いつか必ず、何かを持ち帰ります」
ジローデンは微笑みを深めアッシュに頷くと、レンフィールドを見て問う。
「レンフィールド族長、いかがでしょうか?」
レンフィールドも良い落とし所と判断して頷き、ついつぶやく。
「……もう、あなたが族長やればいいのに」
そのつぶやきを聞き、ジローデンは苦笑いで返す。敢えて何も言わない。族長の意味をまだ二人に教える訳にはいかない。
「では族長。二人に支給ということでよろしいでしょうか?」
「ええ。元々そのつもりで呼んだのですから。婚約も追放も無くなって良かったわ」
レンフィールドはひとつ頷き、自虐気味にジローデンに告げる。
「「支給?」」
ガランとアッシュは揃って首を傾げる。
ジローデンは微笑みを浮かべ、説明を始める。
「旅に必要なものですよ。ではガランには私が教えますので、族長はアッシュへお願いします」
ジローデンはそう言うとホールの一番左端の部屋から大きなリュックを二つ、大きな麻袋も二つ取り出した。レンフィールドは麻袋をひとつ持ち、私室へアッシュを誘う。二人は困惑しながらも素直に話を聞くことにした。
「ガラン。貴方達二人は今まさに成長期でしょう。服を贈ってもいいのですが、それではすぐに着られなくなるかもしれません。ですので旅の間は――」
そう言って麻袋から布を丸めた物をいくつか取り出す。
「――これを着ます」
ジローデンはそう言って布を一枚広げた。蒸し風呂用貫頭浴布そっくりだが、目が詰まっている。
「あ、サウナの!」
「ええ。ほぼ同じです。横の紐が太くて長いのがわかりますか? 紐がない方が前。前の布を後ろの布で包むようにして、紐は前で縛ります。着てみてください。――ああ! 下履きは履いたままで結構ですよ」
下着まで脱ごうとしていたガランを慌てて止めるジローデン。
ガランは少し恥ずかしそうに耳の先を赤く染めたが、何事もなかったかのように布を身に着ける。
「袖はありませんから、寒いときにはこの布を腕に巻きます。足元もこの布を膝下まで巻くんです。やってみせましょう」
長い包帯のような布の真ん中をガランの足裏に当て、足の甲で交差するように巻き上げていく。ガランはなるほどと感心しながらそれを見ている。
「これであれば、服ではないので寸法が足りないということもありませんし、巻く厚みを変えれば暖かくも涼しくもなります。何より洗いやすく干しやすい。木の枝に縛れば良いんですから、風で飛ばされることもありません。丸めれば嵩も減ります」
ジローデンから説明を受けながら重傷人のような姿になるガラン。しかし関節を避けて巻かれているので動き難さはない。
「なるほど。濡れたり汚れたりしたとこだけ取り替えれば良いんだね」
「ええ。もちろんその姿のままだと人前では問題もあるでしょうから、大きめのズボンも用意してあります。それを履いて上からローブを羽織れば気にする人はいないでしょう」
うんうんと頷くガラン。
「そして道中はこれを身に着けます」
ジローデンは今度は麻袋から、茶色い鞣し革の四角いベストとパンツを取り出す。革ベストも浴衣と同じく頭から被るように穴が空いており、後ろ側にだけ太いベルトが付いている。少し太めの革パンツの側面は編み込むように革紐が通され、縫い付けられていない。幅の太さが調節できるようになっていた。
「すごい! これは丈夫そう!」
身に付けたガランは体を動かし動きを確認する。
「横の革紐で調節できます。用を足す時は腰の革紐二本を解けばいいんです。一番無防備な時ですから、膝まで下げなくてもいいようになってます。この筒が腕用です。ベストについてる革の輪を筒のボタンにひっかければ、抜け落ちることもありません」
バラバラだった革の衣類を身に纏う。パーツごとに分解されているため動きを阻害するものはない。
「ガラン、お揃いだね!」
ガランと同じく、革に身を包んだアッシュがレンフィールドと共に私室から出てきた。アッシュのものも成長を見越して余裕を持たせてあるようだ。
「アッシュ似合うね!」
褒められたアッシュは嬉しそうに微笑む。そこにレンフィールドが釘を刺す。
「二人共。これはまだ『基本』よ。これから冬の間に必要なものをそれぞれで付け足すの。アッシュはクーが掴まる腕覆いもいるでしょうし、ガランはナイフやピッケルを刺すベルトやポケットも必要でしょ? 革は水に弱いから手入れも覚えること。蜜蝋を塗って身体に馴染ませなさい」
そう言って二人に蓋付きの枡に入った蜜蝋を渡す。ガランとアッシュが頷くのを見てジローデンも二人に告げる。
「このリュックに必要と思われるロープや反物、人前に出る時の服なんかも入ってます。持って帰ると騒ぎになりますからここに通ってきちんと整理してください。今日は一旦着替えて、革服は麻袋に入れて持って帰るといいでしょう。それからガラン」
微笑んだジローデンがガランに話す。
「はい?」
「あなたが旅立つ前に槍を作りましょう。使いを出します。そして一緒に――銘板を読みましょう」
「はい!」
ガランの嬉しそうな笑み。釣られてアッシュも笑みを浮かべ、ガランの背を軽く叩く。叩かれたガランはアッシュに視線を合わせ、頷く。アッシュも頷きで返す。
こうしていよいよ二人の旅立ちが進められたのだった。
お読みいただいてありがとうございます。
和服文化も実はとてもエコなのです。
ほぼ全てが四角い布、なのですから。




