第20話 条件(後編) —アッシュの閃き—
降雪も減り、冬の厳しさが和らいできたある日。アッシュはレンフィールドに面会を求め、族長の屋敷を訪問した。
厚手のローブでフードもすっぽりと被り、足元は毛皮のブーツ。ローブにはアッシュ自身が施した飾りボタンがワンポイントで付けられている。
コンコンコンコン
「失礼します。アシュリーン参りました。レンフィールド族長に面会を求めます」
アッシュは白い息を吐き、扉を叩いて訪問を告げる。被っていたフードを脱いで顔を出し、真剣な面持ちで応答を待つ。
ほどなくして扉が開き、レンフィールドが姿を見せた。
「アッシュ、この寒い中どう――まずは中へ。話を聞きましょう」
レンフィールドはアッシュの表情を見て何やら感じ取り、ひとつ頷くとアッシュを部屋の中へと招く。
「はい」
アッシュも頷いて中へと入る。レンフィールドは何も言わず私室へと歩みを進め、アッシュもそれに続いた。
私室は暖炉に火が入れられており、暖かい。レンフィールドは暖炉に薪を一本焚べると、壁際に置かれた椅子を暖炉の近くまで引き寄せ、アッシュに座るよう促す。
「アッシュここへ」
「はい」
レンフィールドは机を回り込み、自身の椅子へ座ってアッシュを見つめる。アッシュは切り出すタイミングがわからないのか少し瞳が揺らいだ。
「クーでしたか。フクロウはもう、遣えるようになりましたか?」
レンフィールドが会話の糸口として助け舟を出す。アッシュもその舟に乗ることにして返事を返す。
「はい。私と一緒にシロノウサギも獲りますし、餌はもう自分でネズミやヘビを捕まえて食べてます」
レンフィールドは初めてアッシュが『私』と自称したことに耳を疑いつつも頷き、話を続ける。
「そうですか。――それで今日はどうしたのですか?」
アッシュはひとつ息を吸い、単刀直入に切り出す。
「森の外に旅立つ許可を頂きに参りました」
アッシュはレンフィールドの目を見据えたまま力強く伝える。瞳の揺らぎはもう消えていた。
レンフィールドも若い世代が外を見たがるのをわかっている。知らないことを知りたがる好奇心は若いほど強く、その気持ちはレンフィールド自身、何度も抱いた想いだからだ。
そしてガランの存在。いずれこうなるだろうとの思いも確かにあった。まさかアッシュがそのために、私と自称するとは思ってもいなかったが。
「……ならばアッシュ。あなたは知らなければならない話があります」
レンフィールドは穏やかだった表情を一変させた。射殺すほどの強い眼差しは、アッシュに覚悟を問うようだ。
「はい」
アッシュも負けじとレンフィールドの目から視線を外さず応える。レンフィールドは眼差しをそのままに語り始めた。
それは痛ましく、悍ましく、忌まわしい出来事。エルフは皆美しい。そのエルフに見舞われた男女を問わない悲劇。力の無いエルフを様々な種族が玩具のように扱った過去の事実。希少なエルフの幼子を攫い、観賞用のペットの如く社会的地位の証とされた歴史。力を持つエルフが力ずくで取り戻した戦いの歴史でもあった。既にその過去も歴史も、遥か昔の出来事ではある。
だがしかし、美は時に人を狂わす。ソウジュでも起こりかけたのだ。未遂ではあったが事件は起こり、そのため交易を絶って里を閉ざした。
「――力の無い者は喰い物にされるのです。我らが愛する自然は美しい。野も、山も、森も。ですが――その美しい自然でさえも弱者には厳しい。凍てつく冬があるように」
レンフィールドはそこで言葉を切り、アッシュの覚悟を見極めようとした。しかしやはり揺るぎはない。では、とレンフィールドは手を変える。
レンフィールドは柔らかな笑みを見せ、言葉を続ける。
「この部屋は暖かい。里の皆も暖かい。ガランも暖かい性根を持っています。――そのガランもここにずっと逗まるとしたら、どうしますか?」
「出ます。――例え独りでも」
アッシュは強い意志と覚悟を宿した瞳で即答した。優しく甘い言葉にも乗らない、この意志と覚悟は本物だとレンフィールドに確信させるには十分だった。レンフィールドの視線を受けても怯まないのだ。問答を続けても、是と言うまで終わらないだろうとレンフィールドも腹を決めた。ならば、とレンフィールドはさらに続ける。
「……では里を出る資格があるか試します」
レンフィールドの言葉にアッシュは頷きで返す。
「まず一つ目。食糧を持たず冬の間の三日間を森で過ごし、己で糧を得ること」
アッシュは頷く。それを見てレンフィールドも頷く。
「二つ目。作業所の道具を使わず、五日で二十……いえ、十日で五十本の箆を一人で作ること。もちろんナイフは使っていいし、道具を作れるなら作った道具を使って構わない」
箆とは矢のシャフト部分、丸く削った棒である。ソウジュでは木工作業所で職人が丸鉋で削り出している。職人でも一日に十本も作れない。
それを知っているアッシュだがここでも怯まない。力強く頷く。
「三つ目。里に役立つ策を一つ献上すること。以上の三つ。どれも当日の朝に言ってくれればいいわ。ただし冬の間に限る。今年の冬に間に合わなければまた来年ね」
レンフィールドは右の口角を上げ、アッシュを見る。挑発だ。
アッシュはそれにも乗らない。ここで怒るのはレンフィールドの思う壺だとわかっている。
「……箆の材料も自分で用意ですか?」
「乾燥がありますから作業所で保管してある、板から切り出した木材を使って構わないわ。練習用も含めてね」
レンフィールドは挑発に乗らなかったアッシュに感心し、そう言って頷いた。怒らせるのにも失敗し、アッシュの頑固さだけは認めるしかなかったのだ。
「わかりました。では近いうちにまた来ます」
アッシュは少しだけやり返すと挨拶を告げ、扉を開けて出ていく。
「――いつまでも子供では居てくれないのね」
そんなレンフィールドのつぶやきを残して。
アッシュは家に帰る途中、木工作業所に寄って当番の見習いに声を掛けていた。冬の間は基本、どこの作業所も休みに入るので居るのは当番で来ている留守番だけだ。他の皆は家で暖を取りながら、衣類の繕いや仕立て、小物作りなどをしている。リリアンたちも家で縫い物をしているはずだ。
見習いに族長からの指示だと告げ、箆の太さに切り出された真四角の棒を十本ほど貰い受けた。
冬も半分以上過ぎ、残り五十日もない。一番時間がかかりそうな箆から手を付けようと考えて当然。一日五本以上作らねばならないので練習が必要だった。
「ただいま〜! やっぱ外は寒いねぇ〜」
アッシュはいつも通りの振る舞いを意識して、皆に帰宅の挨拶を告げる。
「「おかえり!」」
皆もいつも通り挨拶を交わす。
「あら。その棒は?」
リリアンがアッシュの手荷物に気付いた。
「矢を作っとこうと思って! 作業所だと寒いしさ!」
アッシュは用意していた返事で応える。
「ふーん」
ロビンは興味なさげである。アッシュは自室から予備の矢を持ってくると、それを手本に早速作業に取り掛かった。
しかし。手にしたナイフで箆を削っていたアッシュだが、思ったように削れない。思わず愚痴をこぼしてしまった。
「ぜんっぜん真っ直ぐ削れない! ……あぁもう」
ロビンを指南役に新しいブーツの仕立てをしていたガランが慰めの言葉をかける。
「丸は難しいもんねー。粗削りだけでいいんじゃない?」
「もっとこう、『鉛筆』みたいに削――」
アッシュの『記憶』が何かのイメージを浮かび上がらせる。
「えぴつ?」
アッシュはガランの問いを無視して『記憶』のイメージを追いかける。ナイフとは明らかに違うが恐らく刃物。記憶をどんどん追う。
「……かく……ななめ?……あながあって……」
アッシュは目を閉じ、ブツブツとつぶやきながらイメージに集中している。
「……これ、またいつものやつね。ガラン、作業しちゃいましょう」
ロビンはその様子に聞こえてないと悟り、ガランに続きを促す。ガランも頷き、底の厚み出しで重ねた革の縫い合わせに取り掛かる。
時折パチリと暖炉で爆ぜる薪の音。口数少なく作業を続けるガランとロビン。その静寂は突然破られた。
「わかった!」
「うわぁ! びっくりした!」
アッシュの急な大声にガランとロビンの肩が跳ねる。
リリアンも眉間に皺を寄せる。
「もう! 声が大きい」
「ごめん……。でもこれでたぶんできる!」
ガランが思わず問いかける。
「なにが?」
アッシュが自信満々でそれに答える。
「鉛筆……じゃなくて『箆』削り器!」
ここまでお読みいただいてありがとうございます。
異世界の知識を思い出すシーン。
さて、うまくいくのかどうか。




