第12話 幕間 ―リリアン家の食卓―
ガランの訛りを読点で表現しています。
「すごい! すごいすごい!」
ガランは邪魔にならぬよう、様々な道具、様々な炉、様々な職人達の働く姿を見学していた。
「へー、焼いた土で作るのかこれ。あ、ここは鉄を筒にしてある! なるほど、継ぎ目は重ねるのか」
素焼きの蒸留器を眺めながら、仕組みを観察する。
「あ、るつぼもある! 細工物も作れそう!」
「ガラン」
「釘がいっぱい。あ、雪が降る前に修理で使うのか」
ドワーフにとってまさに天国である。呼びかけられたが気付きもしない。ジローデンに肩を叩かれ、ハッと後ろを振り向く。
「ガラン。そろそろ職人達が片付けに入ります。気になるでしょうが、今日はここまでにしましょう。アッシュも待ってますよ?」
「……わかりました! また、来てもいい、ですか? 細工物、作ってみたい、です!」
ガランのその言葉に、耳を欹てていた職人達の目に好奇が宿る。
「ええ、もちろん。いつでもどうぞ。――ではいきましょう」
ガランは嬉しげに何度も何度も頷きながら、ジローデンと共にアッシュが待つ工房前へと戻る。
「アッシュ、おまたせ」
「どうだった? 中、熱くなかった?」
アッシュの腰には朝にはなかった瘤がひとつあった。褒美のリンゴを手ぬぐいで包み、腰から下げているのだ。
「全然! 平気!」
「そっか。じゃ帰ろっか。 ジローデン先生、色々ありがとうございました! 二人で色々話そうと思います!」
ジローデンに相談し決心がついたアッシュは、明るい表情をしていた。
「どういたしまして、アッシュ。――ガラン。帰る前にこれを」
ジローデンはガランにひと抱え程ある木箱を渡す。
「これ?」
「族長からです。先程あなたを、正式に『客』として迎えると使いがありました。とりあえず三日分の食料だそうです。リリアンに渡してあげてください」
「ありがと、ございます!」
「やったねガラン! じゃあジローデン先生、また明日も乾燥小屋の続き、やります!」
「お願いします。ではまた明日、ガランも一緒に来るといいでしょう」
「はい! また明日! です!」
アッシュはジローデンに手を振り別れを告げる。家に帰れば洗濯物の取り込みと水汲みが待ってる。
家に着くと、二人は勝手口から入って荷を置き、アッシュは洗濯物の取り込みを、ガランは水汲みを終わらせた。食堂の椅子に座って工房見学の話をしてるところに、リリアンとロビンも帰宅した。
「ただいま」
「お姉様達、おかえり、です!」
「おば……お姉様、おかえり。ロビンも!」
ガランが何も知らないのを此れ幸いと、リリアンは自分をお姉様と呼ぶよう刷り込み、アッシュ、ロビンが呆れる中、ついにお姉様呼びを獲得していた。アッシュもガランに合わせる形で、なし崩し的に巻き添えを食っていた。ロビンだけが辛くも逃れた。世は無常である。
「あら、この箱は何かしら?」
「あ、オ、オレちゃんと『客』になったって、言われて、族長さんから三日分貰えたって、ジローデンさんに、聞いて、持って帰った、です!」
「そう。良かったわね、ガラン」
リリアンが嬉しげに微笑む。
「はい!」
「じゃあ早速ご飯ね。皆、一緒に手を洗いに行きましょう。お手伝いお願い」
「「はい」」
「じゃあ二人は食堂で。アッシュはこれ、ヒマワリの殻剥いて。ガランはこのクルミを頼むわ。殻を割って、薄皮も剥いてね」
「はい!」
「ロビンはピタ生地を捏ねて」
「はーい」
そう言ってリリアンはキャベツを細く刻む。トントンというキャベツを刻むリズミカルな音に、バキバキとクルミを砕き割る音が重なる。
「終わった、です!」
「さすが、力持ちね。じゃあガラン、かまどに火を着けてもらえるかしら。アッシュは終わったらヒマワリもクルミもこれで刻んでくれる?」
キャベツを刻み終えたリリアンは、まな板と包丁ナイフをアッシュに渡す。
「「任せて!」」
ガランはいつもの焚き火セットでかまどに火を入れる。その火起こしを見て、ロビンがリリアンに問いかけた。
「……母さん、火ってこんなに簡単に着いたっけ?」
「普段使ってる打ち金はコツがいるわ。狙ったところに火種が落ちないもの。でも前後に擦りつけるだけで火種ができるなんて。ああ、でも自然の火事も摩擦で起きるって聞いたから、それを思えば普通なのかしら?」
「今度、ロビン姉様に、教える、です!」
「ん〜……ガラン。やっぱ私のことはロビンって呼んで。姉様はいらないわ。私もイタく見えちゃう」
「ロビン、正解だと思うよ」
ロビンは早々に気付く聡明さがあった。アッシュも同意だ。
「あ、そうだ。リンゴ貰ったんだった! おば姉様、アレにしようよ!」
「アッシュ、混じってるわ。でもアレか、いいわね」
――そして。皆でワイワイと賑やかに作った夕飯が出来上がった。メニューはプレーンとナッツ入りの二種のピタパン、鹿肉の塩焼きとハーブ焼き、山盛りキャベツ、蒸したイモと人参。リリアン特製バジルソースと、乾燥ハーブ粉入りの岩塩も添えてあった。
そして『アレ』とは、厚めに剥いたリンゴの皮と芯を煮出したリンゴ茶だった。蜂蜜を入れて甘めになってる。リリアンのものだけは蜂蜜酒が足されていた。リンゴの実の部分も賽の目に切られ、皿に入れられている。
ガランはテーブルの料理に目が釘付けだ。
「美味しそう!」
「じゃあ祈りから。祈りを……」
リリアンが声をかけ、全員が目を閉じ祈る。
「では召し上がれ」
「「ありがとうございます」」
ガランは鹿肉にフォークを刺し、口に運ぼうと口を開ける。
「待ってガラン」
「え?」
「このパンにさ、キャベツとか肉を乗っけて食べると美味いんだよ〜。はい、こんな感じ。その肉も乗っけて」
アッシュがパンにキャベツを適量と肉数枚を乗せ、バジルソースを塗ってガランに渡す。
ガランも言われた通りフォークに刺した肉もパンに乗せる。
「そしたら半分に折って、ガブッと!」
そう言ってアッシュも自分の分を作り、かぶりつく。
「んーーーーーー!」
身悶えするアッシュ。いよいよガランの番だ。
まず香りを嗅ぐ。鼻を抜けるバジルの爽やかな香りとローストした鹿肉の脂の匂い。堪らずがぶりと喰らいつく。
噛みつくと、少し塩気を含んだ焼けた麦の味が舌に、パンの僅かな抵抗が歯に伝わる。薄いパンを通過して次に来るのはキャベツだ。ざくりとした新たな歯ごたえ。そのまま噛みしめればスライスされた鹿肉の野性味が舌に届く。噛めば噛むほどざくざくした食感と、濃い味付けの鹿肉の旨味が混じり合う。野性味が強い鹿肉の脂と塩気がバジルを伴って深みを増し、味の形を変える。そして肉の旨味をパンが逃すまいと混然一体となり、味のまとまりを保ちつつも、最後は何故かわずかに甘みも感じる。
美味い。
かぶりつくたびにキャベツのみずみずしさが舌を洗い流し、また新鮮に味わえるのがとてもいい。
ガランは無言のままアッシュら三人と視線を合わせ、何度も何度も頷きながら食べ進める。
「このお塩を付けて、蒸したイモを食べるのも美味しいわよ」
トン、と小さな皿で差し出されるハーブソルト。
なんと魅力的な提案か。
早速イモに付け食べる。
うん、間違いない。
このしょっぱさが次のパンをさらに美味くする。
ガランは確信する。無限に喰える、と。
しかし残念ながら胃袋は有限。
四枚のパンを平らげ、余韻に浸りながらリンゴ茶を口に含む。甘い。リンゴの酸味と蜂蜜のまろやかで優しい甘みが心地良い。鼻をくすぐる仄かなリンゴの香りもまた、満足感を向上させていく。隣を見れば、賽の目に切ったリンゴを自分のカップに入れ、実をスプーンで潰しながらリンゴ茶を飲むアッシュと目が合う。
これも真似せねば。
今日の夕飯もまた、大満足なガランであった。
ドワーフが酒好きで大食漢なのは、食べることを楽しんでるからだ、と感じていただければ幸いです。
ここまでお読みいただいてありがとうございます。




