第11話 思い出(前編) —心の有り様—
ガランの訛りを読点で表現しています。
「あのお肉、美味しかったよねぇ〜」
アッシュが足踏みしながらつぶやく。
「美味かった」
隣でガランがハンドルを回しながら頷く。
「噛むとじゅわっとしてさぁ〜」
「じゅわっとした」
「ホロッホロでさぁ〜」
「ホロホロだった」
「また食べたいよねぇ〜」
「食べたい」
二人は並んで共同井戸の洗い場で、そんな話をしながら洗濯をしていた。アッシュは家族の洗濯物を、ガランは山越えで使った自分の衣類を。そして今、ガランはアッシュのお下がりを着ている。七部丈が八部丈になっているのはご愛嬌。
ガランが里に来て、今日で四日目。二人が話してるのは着いた初日の夕飯の話である。クラックスが獲ってきたキジを、リリアンが丸鳥の蒸し焼きと串焼きに仕上げたのだ。新鮮な内臓や鳥皮、手羽も無駄なく調理され、脂身と鳥ガラを香草とともに煮込んだスープも作られた。その一部はレンフィールドとジローデンにも届けられ、クラックスやマクレン、ケビンらが住む狩人小屋にも自家製蜂蜜酒と共に差し入れされていた。
「今日のスープも、すっごい美味しかった!」
ガランが、脱水した手ぬぐいの皺を伸ばしながら言う。
「ボクも好きなんだぁ〜」
アッシュがそれを受け取り、干しながら答える。
「豆が、ざらっとしない!」
「溶けるよねぇ〜」
「イモも、ホロって崩れる!」
「溶けるよねぇ〜」
「ネギも、トロっとしてて!」
「溶けるよねぇ〜」
「返事、適当じゃない?」
「溶けるよ――そんなことないよ?」
そして二人で笑い合う。随分と仲良くなったものである。
「よし、じゃあジローデン先生のとこ行こっか」
「わかった」
洗濯物を干し終え、二人は火の工房へと向かう。途中アッシュはいつも通り、見知った人に右手を上げて挨拶を送る。
「右手、どんな意味?」
ガランはふと気になってアッシュに問う。集落では遠くにいる相手を呼ぶ時に、右手を上げていたのだ。
「えっとね、挨拶かな。ほら、手だと他の人と話してても挙げられるしね」
「そっか、なるほど」
ガランは納得してうんうんと頷き、アッシュの表情を見る。いつもの様に、にこやかな顔をしているが、ガランはアッシュの目がいつもと違うと感じた。どんなときの目だったか、と頭の中で爺さん達の目と比べてみる。思い当たったガランは、素直にそれを口に出し、アッシュに問う。
「アッシュ。目が、悲しいになったよ。なぜ?」
ガランが真剣な顔でアッシュに伝える。ガランはここ数日で会話中の表情をよく見るようになっていた。ドワーフと違い、髭がないエルフ達の表情に見惚れることもある。中でもアッシュは表情が豊かであり、ある意味、言葉よりわかりやすい。
問われたアッシュは驚いてしまう。誰かに気持ちを読まれるとは思わなかったのだ。いつものように隠せている、と。
「いや、だってボク……。ほら。『ボク』って言っちゃうからさ。手を上げる方が楽だなって、ね」
「ボク、だめなの? オレ、『オレ』っていうよ? 爺ちゃんは『ワシ』だった」
「……まぁ、色々だよ」
「ふーん」
「あ、見えてきた! あの煙突のとこが火の工房だよ!」
話を切り上げ、アッシュが煙突を指差す。
「山から見えた煙はこれかぁ……」
ガランは思わず立ち止まり、そう高くはない煙突から登る煙を見つめる。
「族長との話が終わったら、中も見せてもらえるかもね!」
先を歩くアッシュが振り向き、ガランに手招きして先を促す。
「こんにちは。ジローデン先生」
「こ、こんにちはジローデンさん……先生、かな……?」
「こんにちはアッシュ、ガラン。今はどちらでも構いませんよ、ガラン。呼びやすい方で呼んでください。怪我の具合はいかがですか?」
ジローデンが微笑みと共に二人を出迎え、ガランに問いかける。
「はい! ジローデンさん。昨日、から起き上がれるようになった、です」
ガランが元気よく答えると、ジローデンも満足気に頷いた。
「アッシュも案内ありがとうございました。今日は薪の乾燥小屋の整理の手伝いでしたね。族長との話が終わったら声をかけますから、気を付けてお願いしますね」
「はい!」
アッシュは返事と共に工房裏、南向きで並ぶ乾燥小屋へと向かいかけ、途中で何か思い出したのかのように、ジローデンの元へ戻ってきた。
「どうしました?」
「えっと……ジローデン先生、後で少し話せますか?」
ジローデンは、アッシュの様子がいつもとは違うように思えたが、訝しむ思いを顔に出さず頷いた。
「ええ、もちろん構いませんよ」
「オ、オレも、後で中、見てみたい」
鍛冶場が気になるのか、ガランも首を伸ばして工房内を覗き込んでいる。
「じゃあそうしましょう。では我々は族長のところに参りましょうか」
「はい!」
アッシュは二人に手を振り、今度こそ乾燥小屋へと急ぐ。ガランもそれを真似てアッシュに手を振り、ジローデンと共に歩き出す。
族長の屋敷へと向かいながら、ガランはジローデンに尋ねる。
「あの、ジローデンさん」
「なんでしょう?」
ロランの件か、と当たりを付けたジローデンであったが、予想は覆される。
「ドワーフの、オ、オレが……エルフ族と、友達になって、良いんですか?」
ジローデンは一瞬で理解し、合点がいった。ガランはわかっているのだ。時に幻影のように惑わせ、時に執着させ、人の歩みを止めさせてしまう死者への想い出。ガランはそれだけに囚われてはいないと。
ガランはジローデンをじっと見つめる。それに応じるようにジローデンも答える。
「もちろんですとも、ガラン。エルフもドワーフも関係ありません。あなたが友になりたいと思ったのなら、誰だって友とすれば良いのです」
ジローデンは微笑み、今はこれで良いと判断を下す。人を選ばねばいつか痛い目を見る、などと水を差す真似はしない。
ガランは何度も頷きながら、前を向いて歩く。やがて族長の屋敷に到着した。
コンコンコン
「失礼します。ジローデン、ガランを連れて参りました」
ジローデンが挨拶するとしばらくして扉が開く。中から現れたのはクラックスだ。
「団長、中で族長がお待ちです。私はこれで。――ガランもまた今度ゆっくりな」
「クラックスさん! また!」
クラックスは二人を招き入れ、入れ違いで出ていくと扉は締められた。
ホールには普段無いはずのテーブルが置いてあり、奥にレンフィールドが椅子に座って手招きをしている。
ジローデンはガランに進むよう背中を軽く押し、手前側の椅子に座らせると、自身もその横に座る。
「族長、お待たせしました」
「こ、こんにちは、レンフィールド族長」
「うむ。我が前なれど畏まらずともよい。よう来た、ガラン。楽に致せ」
ガランはレンフィールドの『長老言葉』がわからず、ジローデンとレンフィールドをあたふたと交互に見てしまう。
「あの、あ、えっと、あの、えーと」
「族長、ガランには少々難しいようです。言葉を崩して頂けたらと考えますが、いかがでしょうか」
「ふふ、そうね。ガラン、傷の具合はどうですか?」
レンフィールドはガランが聞き取りやすいよう、ややゆっくりと語りかける。
「はい! 昨日から、起きれるようになって、今日は洗濯も、しました!」
ガランはホッとしながらレンフィールドに元気をアピールする。
ジローデンは正面のドアを見つめている。
「じゃあ、今回はもう少し詳しくお話を聞くわね」
レンフィールドのその発言を皮切りに質問が始まった。拙い言葉ながら、ガランもしっかりと応じていく。
聞き取りは数時間に及んだ。
「……なるほどね。時系列も概ね把握できました。やはり霊樹が枯れたのは間違いないようね」
「朽ちる前にウルラスに入った、というところでしょうか。枯れたのは竜脈が先だったのか、霊樹が先だったのか。ですが相互関係にあると見て間違いはないかと」
「そうね。ありがとうガラン。セミュエンのこと、霊樹のこと。色々と詳しく聞けて助かりました」
ジローデンが意見を口にし、レンフィールドが話を締めくくる。
「いえ、リンゴ、美味しかった、です!」
ガランは途中で腹を鳴らしてしまい、レンフィールドにリンゴを貰っていたのだ。ドワーフらしいと言える。
「ふふっ、それは良かった。またいらっしゃいガラン」
「はい! 思い出したこと、があったら、また話します!」
「では、我々も失礼いたします。ガラン、戻りましょう」
二人は立ち上がり、玄関の扉を開けるとガランは少し悩み、レンフィールドに小さく手を振って扉をくぐった。
ジローデンはレンフィールドに視線を合わせ、もう一度奥のドアを見てから玄関を出て、扉を締めた。
レンフィールドはひとつ息を吐き、声を上げた。
「――聞いていた通りです。知恵を貸していただきたい」
◇ ◇ ◇
「ご苦労さまでしたガラン。さぁ工房内を見せてあげましょう」
「やった!」
ジローデンの開放宣言を聞き、喜びを隠せないガランである。
「ガラン。わかってると思いますが、走ってはなりませんよ? 職人の邪魔をしたりしないように。モノも勝手に触らないようにしてくださいね」
「はい!」
ガランは興味深く、あちこちと見学に向かう。
ジローデンは皆に帰還を告げ、裏の乾燥小屋へ回り込んだ。普段であれば木屑や樹皮、枯れ葉などが落ちている通路や床も、綺麗に掃除されていた。アッシュの几帳面な仕事振りは皆が評価している。
「アッシュ。いつもながら丁寧な仕事ですね」
薪を詰めていたアッシュは手をはたき、ジローデンに駆け寄る。
「おかえりなさい、ジローデン先生。ガランは……」
「ガランなら工房見学に行きましたよ。アッシュもひと息入れましょう。はい、これを」
ジローデンはそういってアッシュにリンゴを手渡す。レンフィールドからの土産だ。
「やった! ありがとう!」
「族長からです。ガランの看病をした褒美だそうですよ。ここなら人はいませんし、休みながらお話を伺いましょうか」
アッシュはジローデンから視線を外し、リンゴを持つ手に視線を落とした。ジローデンは逡巡するアッシュが口を開くまで待った。アッシュは深い呼吸を数度繰り返し、ようやく重い口を開く。
「北門で——」
アッシュのその切り出しに、ジローデンは自身の早合点ではなかったと確信したか、ゆっくりと頷いた。
「北門でガランに友達になるって言った、けど。……エルフがドワーフと、友達になっていいんでしょうか……」
アッシュは自信無さ気にジローデンに問う。
「アッシュ。友とは、自分自身の心が決めるものですよ。北門であなたがガランに伝えたこと、あれはあなたの心がそう言わせたのではないですか?」
ジローデンはガランの時と同じことは言わない。なぜなら、発したアッシュと受け取ったガランとでは、心の有り様が違うからだ。
「自分の心……」
「ええ、心です。あなたはあの時、腹の中で何を感じていましたか?」
アッシュは悩む。あの時何を感じ、何を考えていたのか。ひとりだけ違う種族のガランに憐れみを感じたのか。いや、違う。ならば泣き出しそうなガランを慰めようとしたのか。これも違う。
リンゴ持った右手を左手で包み、じっと見つめながらアッシュは考える。
「あの時……。あの時ボクは……」
一筋の風がそよいだ。
葉の影が手に持つリンゴの上で揺れる。
そして気付いた。
「……! ボクはガランに、ボク自身を重ねた……!」
そう気付いてジローデンを見上げた。
「そうでしたかアッシュ。自分を重ねましたか」
ジローデンは静かに微笑んだ。
「ならばアッシュ。友でいいではありませんか。エルフとかドワーフとかで悩む必要などありません。あなたが発した言葉は、あなた自身へ発した言葉なのですから」
ジローデンはまたも今はこれで良いと判断した。
ガランに己を重ねて発したということは、アッシュも孤独な何かを持ち、それをアッシュ自身でも感じ、理解者を欲しているということだ。幼児語が抜けないのは、そこが影響しているのかもしれない。そう、感じていた。




