第10話 女たち
「策など必要ありません。彼は、私の恩人の孫です」
「爺ちゃんを、知ってるの?」
ジローデンのその言葉に、真っ先に反応したのはガランであった。祖父を知っている男、もしかしたらドワーフ族の同胞をも知っているかもしれない。そう希望を抱いた。ロランの銘板を仕舞った胸当てに、手のひらを押し当ててしまう。
「名乗りが遅れましたね、ガラン。私はジローデンと申します」
「ジローデン……さん」
ジローデンの名をつぶやきながら、その目を見つめる。ガランの視線はまるで、早く続きを話せ、と急かしているかのようだ。
「私が知っているロランとあなたの祖父、ロランさんが同じ人物だとは、まだ断言できません」
ジローデンは申し訳無さそうに首を小さく左右に振る。書かれた名だけで異国の個人を特定するのは難しいからだ。
「ですが、ガラン。あなたが先程お話してくれたことを含めて、もっと詳しく聞かせて頂けたら、それがわかるかもしれません」
祖父とは違うかもしれないのかと、気を落としそうになったガランだが、続くジローデンの言葉に、微かな希望の火が見えた気がした。ジローデンに向け、何度も頷きながら答える。
「話す、話すよ。知ってること、話す」
二人のやり取りを見守っていたレンフィールドが、ジローデンに確認する。
「つまり正面突破、ということですね。ジローデン?」
「そうです。いずれにせよ、もっと詳しい情報が必要なはずです」
「俺も賛成だ」
クラックスも同意を示した。レンフィールドはジローデン、クラックスの順で視線を合わせるとひとつ息を吐き、頷いた。
「わかりました。私も覚悟を決めましょう。でもすぐに場は用意できない。それまで、その子の身の寄せ先が必要です。――マクレン」
成り行きを黙って見ていたマクレンに声を掛ける。
「は、はい」
「ケビンに伝達して。リリアンとロビンを……アッシュもね、三人を連れてここに来るように、と。なるべく急ぐようにとも。合流したらマクレン、あなたも一緒に戻ってきて」
「了解です。ケビンに家族四人、急いで来るよう伝えます」
マクレンは里に向け走り出した。
ジローデンはマクレンの背を見送り、レンフィールドに問いかける。
「リリアン、ですか?」
「ええ。偶然とはいえ、ケビンとアッシュ。家族二人がこの件に関わってしまいました。ならばいっそ、家長であるリリアンも巻き込んだほうが収まりが良いでしょう? それに……アッシュが大人しくしてるとは思えません」
レンフィールドは己の考えをジローデン伝えると、ガランに話しかけた。
「それとガラン。あなた、やっぱり肉が好きですか?」
胸に手を当て考え込んでいたガランは、肉という単語に反応する。昨日から碌に食べてなかったガランの腹が鳴った。
「肉、大好き、です!」
途端にレンフィールドが笑い出す。
「アハハハ! やっぱりドワーフですね。――クラックス」
「はい」
「大きくなくてもいいわ。鳥を二羽、調達できるかしら?」
「ええ、すぐにでも」
クラックスは自身の弓を軽く持ち上げて見せる。
レンフィールドは満足そうに頷き、クラックスに伝える。
「ではお願い。無理はしなくても構わないわ。その時は氷室から出しましょう」
「はい。では早速」
クラックスは音もなく森へと消えていく。
そのやり取りを聞き、ジローデンは頷いた。
「なるほど。手土産ですか」
「急に巻き込むのですから、それくらいはしてあげなければね。ガラン、あとからクラックスに礼を言ってあげて」
「はい! ッ! ……痛たた。クラックスさん、ですね」
ガランは元気よく頷き、傷に障ったのか、顔を歪めながらもクラックスの名を覚えようと声に出す。
「あまり無理はしないように。あと、こちらが我がエルフ族の族長、レンフィールドです」
ジローデンはガランを気遣い、レンフィールドを紹介した。
「はい、レンフィードルさん」
「レンフィールド、です」
すぐさまジローデンが訂正したが、当のレンフィールドはガランの邪気のなさに、思わず吹き出してしまう。
「フフッ、なぜ私の名だけ間違う……。フッ、アハッ、アハハハ。アハハハハハハ。やはり少し長いか。フッ、ハハハハハ。やはり子供は良いな、ジローデン」
「ええ。本当に」
問われたジローデンもまた、微笑みを浮かべる。
「ご、ごめんなさい。レンフィールドさん」
ガランは間違ってしまったことを恥ずかしく思い、耳の先を赤くした。右手も勝手に右へ左へと踊りだしてしまう。そのガランにレンフィールドが語りかける。
「しかしその傷。ガラン、あなたとても運が良いわね」
「運が、良い……です、か?」
「そう、とても」
「死ななかったから、ですか?」
「違うわ」
レンフィールドはそういって少し屈み、優しげな眼差しでガランの目を見つめる。
「あなたがもし、違う道順を辿って、怪我もなくこの森に来たとしたら。クラックスは元気そうなあなたを見て、森から出ていけと言って、追い出したかもしれない。そして私に会うこともなく、草原を辿って東に向かう羽目になったでしょう」
レンフィールドはそういって森の奥、東側に視線を向ける。つられてガランも森の奥に目を向けた。
「怪我があったからこそ、あなたはここに運ばれ、私と出会った。そしてその怪我は、決して命を落とすほどのものではないわ。かといって自由に動けるほどでもない。あなたの怪我が、我々に刃向かえる程度だったとしたら、争うことになったかもしれない」
レンフィールドはガランの左肩に指先で優しく触れた。ガランに痛みはない。
「我々にとってもそう。我々も運が良かった。ガラン、あなたが先程話してくれたことは、とても、とてもとても大事な話の可能性が高い。きっと精霊や、あなたの亡くなった祖父が引き合わせてくれたのだと、私は思いますよ」
ガランは母を知らない。母どころか、女性に会うのはレンフィールドが初めてであった。祖父や爺さん達とは明らかに違う語り口に、ガランの心は少し揺れる。何かが芽生えたのだが、それが言葉にできない。ただレンフィールドを見つめることしか出来なかった。
「来たようですよ」
ジローデンの言葉でガランは我に返った。レンフィールドも姿勢を戻し、北門の方へ目を向ける。
「お待たせしました、レンフィールド族長」
一団を代表するようにリリアンが挨拶をする。リリアンを先頭に後にロビンとアッシュが続き、ケビンとマクレンも周囲を警戒しつつ横に並ぶ。
「急に呼び出して申し訳ないわね、リリアン、ロビン。それからアッシュも」
レンフィールドはリリアンに挨拶を返し、ゆっくりと身体をずらして皆にガランの姿を見せた。
リリアンたちは、傍らの幹に背を預ける他種族の少年を見て驚く。ケビンは伝達で聞いてはいたが、アッシュとロビンは初めて見る他種族に驚きを隠せない。
「怪我してる! 大丈夫? 痛くない?」
アッシュは戸惑いつつも、思わずガランに声を掛けた。
「痛いけど平気、だよ。心配、してくれてありがと」
ガランはアッシュの顔を見ながら感謝を口にする。
リリアンは、族長の許可を得ず話しかけてしまって大丈夫なのかとレンフィールドに視線を送る。それを受けたレンフィールドは静かに頷く。
「そっか、良かった」
アッシュが頷いたところへ、二羽の鳥の首を両手で掴んだクラックスが戻って来た。
「戻りました」
そう言いながら獲物を少し掲げて見せる。長い尾羽を持つ、ホッポウキジである。恐らく翼を射て捕らえたのだろう。二羽ともまだ生きており、翼ごと蔓でぐるぐるに巻かれた下肢をくねらせている。
「さすがっすね」
ケビンがその狩りの腕前に感嘆の声を上げた。
全員が揃ったところでレンフィールドが皆に伝える。
「さて、詳しく話してあげたいところですが。――リリアン、そして皆も」
「はい」
全員がレンフィールドの言葉を待つ。
「この子の名はガラン、ドワーフ族です。詳しい話をする前に顔合わせだけでもと思い、皆を呼びました。この子を保護します」
「そうですか……。わかりました」
「「ドワーフ族……」」
アッシュとロビンのつぶやきが重なる。ケビンはかろうじて言葉を飲み込む。リリアンは動じない。ガランは不安そうにしながらも俯かず、皆に顔をしっかりと見せた。
「来てもらって早々ですが、皆で里まで戻ります。リリアン、詳しい話は着いてから。ジローデン、ガランを起こしてあげて。ケビンとマクレンは荷を持ってやるように」
「わかりました」
「「はい」」
三人がそれぞれ動き出す。
「ケビン、俺が細かいのとか全部持つから、運びやすそうなそいつ担げよ」
マクレンは素知らぬ顔でケビンに背負子を勧め、雑嚢やピッケルを集めると、そそくさと雑嚢の肩掛けに首を通す。
「お、悪ーなマクレン。屁の詫びか?」
何も知らぬケビンは腰を落とし、背負子の肩紐に両腕を通す。
ジローデンに手を引かれ、立ち上がったガランはピッケルを杖代わりに、自身で歩くと決めた。甘えてばかりはいられなかったのだ。そして荷を運んでくれる二人にも礼を言う。
「あ、ありがと、ございます。じ、自分で歩く、です。背負子も、持ってもらって、あ、ありがとです」
「どうってこと無ーよ。……って、重っ!」
ケビンは思わずマクレンを見るが、マクレンは目を合わせない。
「では戻りますよ」
ジローデンのその合図でレンフィールドを先頭に、ガランとリリアンが、その後ろにアッシュとロビンが並んで続く。その両脇をケビン、マクレンが固め、最後尾をクラックスとジローデンが進む。
アッシュは自身より頭ひとつ分ほど低いがエルフ族よりがっしりとした身体付きのガランが気になって仕方がない。ローブから覗く腕の太さも、ピッケルを握る手のひらの厚みも、自分達とはまるで違うのだ。足も大きい。ロビンはそんなアッシュに苦笑いしながら、アッシュの後襟を摘んで手綱代わりとしている。
すぐに北門が見え、奥に建物も見え始める。
レンフィールドが先に通過した門をガランがくぐった時、ガランの足が止まった。レンフィールドもそれに気付き立ち止まると、他の皆もそれに応じるかのように足を止める。
ガランの視界には里で暮らす人々の姿が映る。
皆美しく、金髪や銀髪の淡い髪色を持ったエルフ族の人々。スリムな身体でその身長は高く、皆長い髪を垂らしている。
道を歩く者。
家から出て何処かに向かう者。
奥の作業場や作業所で働く人々。
ガランは、知らず知らず目で追う。
道を歩く人の中にいるのではないか。
家々の扉の向こうにいるのではないか。
一緒に作業をしているのではないか。
見つからない。
よく探せばいるのではないか。
そんな気持ちでもう一度探す。
扉の向こうを。建物の影を。
どこにもいない。
いるのはエルフの人々。
自分とは体格も、髪の色も明らかに違う人々。
あぁ、そうかとガランは気付く。
ここはエルフの里。
エルフしかいないのだと気付いてしまう。
自分以外は。
ガランはクシャリと顔を歪めた。ぎゅっと目を閉じて、堪える。もう見たくないとばかりに里に背を向けたその瞬間。リリアンがガランの頭を抱き、その胸元へ引き寄せ、告げた。
「うちにいらっしゃい」
ほぼ同時に、レンフィールドが横から二人の背に腕を回す。
そしてアッシュ。レンフィールドに遅れることなく駆け寄ったアッシュが、ガランの右手を両手でしっかりと握りながら伝える。
「泣くな、泣くなよ! ボクが、ボクが友達になるよ!」
少し遅れてロビンも続く。
「そうね。私もお姉さんになるわ」
レンフィールド以外、まだ何も聞かされていない女性たちが行動し、言葉をかける。
ケビン、マクレンは動けない。動けなかった。
ジローデンはそんな二人の肩を叩いてそっと告げる。
「女性は強いですね。負けてしまいそうです。でも、護らなければ、ね」
ケビンとマクレンはお互い視線を合わせ、強く頷きあう。
地区の人々もガラン達に気付き始め、何事かと注意を向け始める。
「さて、私の仕事ですね」
ジローデンはそうつぶやき、少し声を張り、地区の皆に伝える。
「皆さんお騒がせしてすみません。私の古い友人の子が訪ねてきたのですが、道に迷って北まで遠回りしてしまったようです。ご覧の通り、族長にも確認していただいてますのでどうぞご安心を。詳しくはまた改めてお伝えします」
ソウジュの里に、秋を知らせる風が静かに吹いた。




