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ガランとアッシュの旅路  作者: 玲 枌九郎
第一章 国境を越えて —大ウルラス山脈編—
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第9話 遭遇(後編)―宣言―

 東方面の索敵を終え、クラックスが森の入口まで帰還した。

 そこには既に怪我を追った少年(ガラン)が幹を背もたれにして、目を閉じていた。少年の傍らにジローデン、少し離れてマクレンと族長レンフィールドも控えていた。


「帰還した。報告してもいいかい?」


 クラックスがジローデン、次にレンフィールドに視線を合わせ問いかける。両名同時に頷く。

 この全員を風の囁き(ウィスパー)の範囲内に収めて報告してもいいのだが、ジローデンが少年(ガラン)の近くにいる。失神が手の込んだ偽装であれば、報告内容は結局漏れると判断。手の内は明かさず、直接自身の声で報告することにしたのだ。


「追跡の結果、北の山崖に滑落の痕跡を発見。崖に刺さったコレと崖下に濡れた布、この二つが残されていた。毒の仕掛けはないと思うが布には触れてない」


 クラックスは回収したピッケルと、剣先に巻き付けた手ぬぐいを指差すと石突きを地面に刺し、手を離した。

 ジローデンは視線と頷きで続きを促す。


「痕跡は可能な限り消去。険しい山肌の西側より、多少降りやすい東側の索敵が先決と判断し、周囲を索敵警戒しながら東側を捜索。不自然な点、異変も発見できず帰還した」


 レンフィールドがクラックスに労いの言葉を掛けた。


「クラックス、ご苦労でした。――さてジローデン、その子を起こして。答え合わせといきましょう」


 レンフィールドの指示にジローデンは頷き、ガランの身体に触れると精霊魔法《浸透する水(ペネトン)》を発動した。


 ――浸透する水(ペネトン)――

 流れる水を察知、操作・増幅する精霊魔法。流れている水であればその流れを察知、流れを操作できる。主に水源の発見に利用するが、熟練者であれば人体に発動させ、血流操作もできる。

 ただし、直接触れなければ流れの操作は困難であり、増幅はさらに至難を極める。人体に発動し、血流を整えたとしても破壊された細胞の復元の効果はない。せいぜいがマッサージ効果である。


 ジローデンは浸透する水(ペネトン)の効果で打撲痛を和らげ、覚醒後の少年(ガラン)への聴取を容易にさせる腹積もりだった。


「しばらくは痛みが和らぐでしょう。では起こします」


 ジローデンはガランの右手を握り、左手で肩を叩きなが呼びかける。


「起きてください。さぁ目を覚まして。起きてください」


「う……ん。――だ、誰……? オレは……一体……」


(報告通り、北方訛りですね)


 ジローデンは事前情報とすり合わせしつつ、さらに問いかける。狩人たちは周囲を警戒しつつ静かに聞く。レンフィールドは無表情で思考を読ませない。


「私の言葉、わかりますか? あなたの名前と種族名、住んでいる国の名前を教えてください」


「ゆっくりなら言葉、わかる、です。名前はガラン。ドワーフ、です」


(やはりドワーフ!)


「ドワーフ族……」


 マクレンは初めて見る他種族に驚きを口にしてしまう。おそらく他種族だ、と想像していてもなお、実際に聞くと現実感が増したのだ。クラックスも驚愕していたが、表情には出さず警戒を続行する。レンフィールドは無表情のままだ。

 ジローデンは質問を続ける。


「どこの国から来たのですか? 理由も教えてください」


「国は、セミュエン、です。同族、ドワーフに、会うためにきました」


(やはりセミュエンからですか)


「セミュエンは遠い国ですね。どうやってここまで来たのですか?」


「山を越えて、ウルラスを越えて、きました。あ! オ、オレの背負子がない! ……痛っ!」


 ガランはここでようやく、自身が背負子を背負ってないことに気づき、身を起こそうとした。


「大丈夫ですよ。荷はあります。ほら、こちらに」


 ジローデンは身体をずらしてガランに背負子を見せる。


「よかった……。あの、水、飲んでもいいですか? ザックに入れてあるんです」


「もちろん構いませんよ。この中ですか? 私が取ってあげますね」


「はい」


(見られて困るものはない、ってことですね)


 ジローデンはガランのザックを開け、中に視線を走らせる。水袋、肉の匂いがする樽、食器類、いくつかの布類。ジローデンは水袋を取り出し、ガランに手渡すとレンフィールドに視線を向ける。レンフィールドは頷き、顎先でガランを差す。続けろ、ということだ。


「怪我をしてるようですが、どうしたのですか? 他の人と、はぐれたのでしょうか?」


 ジローデンは疑惑のひとつを問う。


「油断して、崖から落ちました。みんなは……みんなは、死んじゃい、ました」


 ガランの言葉に、狩人達が敏感に反応する。


「そう、油断してですか。どんな油断でしょう。皆さんはどこで亡くなったんですか?」


「みんなは集落で……。オレ独りになったら、爺ちゃん……えっと、オレの爺さんが、『霊樹が枯れて竜脈も枯れるから山を越えろ』って――」


 その言葉で、今度こそ全員に緊張が走る。レンフィールドとて例外ではない。僅かではあるが顔が険しくなる。


「山の尾根から森の煙が見えて……。誰かいるかもって慌てちゃって。注意してたのに……滑って崖に落ちて、ピッケルがなくなっちゃって……」


「ピッケルてのは、これか?」


 クラックスが声をかけ、地面に突き立てたピッケルに向けて顎をしゃくる。


「あ、弓の人! 持ってきてくれたんだ……。ありがとう!」


「いや、ついでだよ。ついで」


 礼を言われてクラックスも悪い気はしない。自身でもガランへの警戒が一段下がったことを自覚した。


「じゃあ最後にもうひとつだけ。どうして山を越えろって言われたんですか? セミュエンの、町や村のほうが近いでしょう?」


 ジローデンは最後の疑問を問う。


「オ、オレが見たわけじゃないけど、爺ちゃん達はセミュエンは滅ぶって……。魔物がいっぱい、何回も湧いて、近くの村も無くなって……。オレが生まれた町も、もうないって……。だから山を越えて同族を探せって、爺ちゃん達が背負子とか準備してくれてて……」


 ガランは時折うつむきそうになるのを堪え、ジローデンに応える。狩人達の警戒待機が、まるで自分を守ってくれているように思えて信頼していいと思ったのだ。


「あの大国が……滅ぶと言われたのですか。話を聞く限りですが、町や村がなくなるほどの魔物の多さ……ですか」


 ジローデンは思わずつぶやき、レンフィールドに視線を合わせる。レンフィールドは視線を外すことなくしばし思案し、顎を自身の背後を差すように振る。


「ガランといいましたか、お話をありがとうございました。疲れてるでしょうからもう少し休んでてください。——マクレン」


 ジローデンはガランの右肩を優しく叩き、マクレンを呼ぶ。


「はい」


「この子にヒマワリの種でも差し上げてください」


 ジローデンはそう言って立ち上がり、己がいた場所をマクレンに譲る。


「はい。――ガランって言ったか。これ食べろよ。ヒマワリって知ってるか?」


「ありがとう! えっとマクレン……さん? 男の人、で合ってるよね?」


 そんな会話を始めたガランとマクレンを視界の片隅に起きながら、ジローデンはクラックスに視線を送り、呼び寄せる。

 二人でレンフィールドの元に近付き、風の囁き(ウィスパー)で会話する。


『クラックス、どう思いますか?』


『話に矛盾は感じない。嘘を吐いてるとも思えない』


 クラックスはそう言ってジローデン、レンフィールドに視線を合わせる。


『族長はどうでしょう?』


 レンフィールドは一瞬だけガランに目を向け、視線をジローデンに戻す。


『セミュエンの話も気になりますけど、それよりも霊樹の話です。ドワーフ族も確か、我らと同じく霊樹周辺を聖域と呼んだはず。それが枯れたとは信じたくないわ』


 ジローデンはレンフィールドの言葉に頷き、己の考えを話す。


『私の予想ですが、恐らくあの子は聖域に避難、またはそれに近い行動を取らされたのでしょう。ドワーフも我らと同じく子が生まれにくいと聞きます』


『これはすぐに判断できません。時間が欲しい。長老達の知恵も借りたい。問題はあの子。里に入れるにしても説得する理由がいります。ジローデン、何か策は?』


『策ですか』


 ジローデンは腕を組み、思考を巡らせた。思案した後、ガランに近付いて声を掛ける。


「すみません、ガラン」


「はい」


 ガランはマクレンに貰ったヒマワリの種を食べる手を止め、ジローデンを見上げる。


「あなた、身元がわかるものをお持ちですか?」


「みも……と? あ、名前ですか?」


「そうですね。名前でもいいです。何か持ってないでしょうか?」


「えっと、爺ちゃんのならあります。けど……これは取り上げられたら、困る、です」


 本当に困るものなのだろう。ガランの眉尻が極端に下る。


「もちろん取り上げたりなどしません。約束します。必ずすぐに返します」


 ジローデンは胸に手を当て、約束を明言する。胸に手を当てる仕草は、アーシア北方での一般的な誓いの合図である。


「じゃあ……」


 ガランはそう言って、自身のベストの胸当てから一枚の板を取り出す。手のひら程のその板は、金属製だった。

 取り出した板をじっと見つめ、指先でなぞる。やがて決心して顔を上げ、両手でジローデンへと差し出した。


「これ、です」


 ジローデンはガランのその仕草から、よほど大事なものなのだと判断し、同じく両手で優しく受け取る。


「少し見せていただきますね」


 ジローデンはそこに刻まれた名を確かめる。


「ローランド……。お爺さんの名前ですか?」


 ガランは慌てて訂正する。


「違う、違います。ロラン。爺ちゃんの名前はロランです」


「それはすみません。ロランさん、ですね」


 ジローデンは板を裏返し、そこに書かれた文字を読んで動きが止まる。


「裏っかわには、友達とお弟子さん? の名前が書いてあるって。呑み友達だって、言ってました」


「……そうでしたか。それは大事なものですね。お返ししますね」


 ジローデンは板の文字を、奇しくもガランと同じように指でなぞり、両手で丁寧にガランに返した。


「大事なものを見せてくれて、ありがとうございました」


 ジローデンはガランに微笑みを見せると、レンフィールドの元に戻る。


『何かわかったのね。策はあるかしら?』


 レンフィールドが風の囁き(ウィスパー)で語りかける。


「策など必要ありません」


 ジローデンはレンフィールドを見つめ、地声でそう伝えると、さらにこう宣言する。


「彼は、私の恩人の孫です」

お読みいただいてありがとうございます。

食用ヒマワリの種、意外と美味しいんですよね。

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― 新着の感想 ―
ガランくんがすごく素直に嘘偽りなくエルフたちからの聞き取りに応じていて、おじいさん達から大切に育てられたんだと感じました。その素直さがエルフさん達の警戒心をといていくんじゃないかなと思ったら、まさかの…
魔法がとても便利ですね! 生活魔法は夢があって設定見てるだけでも私は好きだったりします。攻撃魔法などの火の玉ドーンも嫌いではないですが、生活に根差して共にある魔法っていいなぁと感じます。 ガラン君が…
魔法の設定も凝ってますね。 ただの攻撃魔法ではなく、 汎用性の高い魔法なのが良いですね。 ガランも何とか助かりそうですね。 そしてガランの祖父と……という関係には驚きました。
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