聖域にて
「爺ちゃん……」
燃える炎を直視することができず、ドワーフの少年ガランは横に立つ祖父を見上げた。五人の男性も炎を囲んで見守っている。ガラン以外は皆年老いたドワーフだ。
祖父はガランに顔を向け、その頭に一度ポンと手を置いた。分厚く大きな手。そしてその手がガランの肩を引き寄せる。
祖父は視線を炎に戻すと静かにガランに語りかける。
「そんな顔をするな、ガラン」
ガランは祖父の、その静かな声を俯いて聞く。
「年寄りから先に逝く、当たり前のことよ。ワシと共にこの聖地に来て――もう十五年、か」
祖父はガランの肩を軽く叩き、静かに言葉を続ける。
「ガランよ。血の繋がりは無くとも、奴はお前の成長を見られて……最期も皆に見守られて逝った。奴は幸せだったに違いなかろう?」
燃える炎。
それが包んでいるのは、ひとつの棺。
「――先に逝った爺共と同じく、な」
祖父の声に応えるように炎の中で一本の薪がパキリと爆ぜた。その音に励まされたようにガランも顔を上げ、炎を見つめる。
「オレ……上手く髭、仕上げてあげられたかな? 喜んでくれたかな?」
「もちろんじゃ。贈られた細工道具、あれも使ってやらにゃな。そうすれば奴はもっと喜ぶじゃろ」
「――うん」
ガランは頷く。そして炎のその先、枝を広げた大きな樹を見て祖父に問う。
「爺ちゃん。霊樹はまだ――まだ枯れないよね?」
「……あぁ。まだ枯れぬよ。霊樹はまだ、な」
祖父は視線を上げ、火の粉舞う炎に照らされた霊樹を見る。しかし残酷にもその霊樹の葉が一枚、ひらりと風に舞い山へと消えていく。それを見て眉根を寄せてしまったが、ガランに悟られぬ内に表情を戻せた。
祖父は炎を囲む爺さんたちを見渡す。五人の爺さんたちも二人を見ている。思いは同じはず。すでにもう何度も話し合ったのだ。
『竜脈は枯れた。霊樹も我らの命もあと五年は持つまい』と。
『ならば少しでも遺してやらねば』とも。
祖父を含め、爺さんたちに与えられた時間がもう残り僅かな事。それはまだガランには伏せられていた。これから残りの時間で伝えられることを伝え、話すべきことを話さねばならない。
「――ガラン、お前も明日から鍛冶場じゃ。死んだ爺たちへの餞に、お前の初打ちも奉じてやろうぞ」
ガランは炎から目を離さず大きく頷く。何度も何度も――。
それからおよそ六年。ガランは祖父たちと濃密な時を過ごし、ついにその日を迎えた。