神樹幻想秘話 蝕呪
あの人は、自分の事を呪術師と呼んでいた。
霊媒師でも、祈祷師でも、神主でも、陰陽師でも、拝みやでも無く、その他諸々、この世の理からズレてしまった方々の中でもとびっきり不吉な気配を纏ったままに、己の事を呪術師と呼んだのだ。
「え、じゃあ幽霊とか見えるの?」
「見えん」
「…匂いとか、音が聞こえるとか?」
「無理」
「……じゃあ、お仕事どうしてるの?」
「気配ぐらいならわかるから、後は、気合と物理」
死んだ魚の目で、皮肉気に嗤った彼は、むしろ―――と続ける。
「基本的に呪術師に、仕事なんざ無い。
霊と対話して成仏させるのは他の同業者の区分だし、俺らの仕事はそれらが消えた後、恨みつらみの残った場所をどうにかするのが本業だからな」
だから、異常なのだと。
彼自身が出張ることになったこの状況自体が、今こうして、誰もいないはずの場で、顔を突き合わせているこの現状こそが、と。
自嘲を重ねて笑う、嗤う。
紙垂のぶら下がった荒縄の結界の外と中。
中から彼を見上げる私と、外から見下ろす彼。
「お前、何に魅入られた?」
「……カミサマかな?」
頭を掻き毟るように、上げて下げて。
眼鏡を拭き取ろうとしたのか、外して、かけなおして。
手に持ってたペットボトルの水を一口、二口。
大きなため息を吐き出した。
「帰りてぇ」
「あ、職場放棄だ、お賃金もらってるのに、おうぼ~だ~」
「……貰ってねえよ」
「…え?」
―――俺みたいなのが来る場所は、すでに何もかも手遅れだからな。最後の、最後。
後始末だけするような化け物に、金払えるような依頼主も、払って済むような因果も存在しねぇ。
ギシリっと一歩。
あっけなく境界を越えたその姿は、どこまでも黒く、黒ずんでいるのにどこか神聖な雰囲気を纏って、まるで真っ黒な光沢のある蛇を思わせる。
―――世界の滅びなんざ、毎年毎年当たり前に起こってる。
いちいち、そんなことに金払ってたら、世界が滅ぶ前に国が破産すんじゃねぇか。ま、かといってバイト感覚で世界救った所で微妙な気分になるんだがよ。
何時しか、彼が話していないことに気が付いた。
いや、私の耳が聞こえないのか。
いや、見えないのか。
触れない、動かない、わからない、感じない、いやいやいや。
ただ、ぽんと。
頭の上に置かれたその手が、やけに暖かくて、私の意識は包み込むように闇へと堕ちていった。
大きなため息を吐く。
胃に、肺に、淀んだ気持ちと共に流れ出る気配。
「小さい子供は反則だろうがよ……」
風船が萎むように、気配が消え、痕跡が消え、そして、彼女は世界から消失した。
呪いの根源。
その核となった少女。名前も、すでに顔も、そして、願いも知らない。
『死者は生者を呪えない』
呪いとは願いであり願望であり。悲哀であり絶望。嫉妬であり欲望。それら、生けるものからしか生まれない大きく淀んだ心の発露である。
人は、誰しも誰かを呪う。
隣の芝が青いだけで、枯らすために呪うような生き物だ。
それでも、因果は廻り、いつか呪いは帰結する。結果はどうなるか知ったことではないが、呪いは未来に過去に現在において必ずどこかに帰結する。
そこに、何か別の因果を絡める事が無ければ。
今回は、少女。
ただ、病弱な少女の生を願った思いと。そして、カミサマと呼ばれた何かの理不尽が嚙み合ってしまった。
彼女は、生と死の狭間で揺蕩い続け、その身を生かした願いは、朽ちることの無い呪いとしてこの土地に刻まれた。
たった一人を生かすために、家を喰らい、村落を喰らい、町を喰らい。それでも、足りず、気まぐれにまたは好奇心を刺激して、訪れるもの引きずられたものそのこと如くを飲み込んで、彼女を無為に生かし続けた。
その魂が呪に喰らいつくされて消えるその時まで―――。
「―――おやすみ」
その言葉が正しいとは思わない。
「また、どこかで」
それでも、因果は廻るのだ。
未来に、過去に、そして現在に。
だからこそ―――。
「あれ、××どうかしたの?」
「いや、今の人、どっかで会ったことがある気がして」
「何々、運命にしちゃ、ちょっと雰囲気死に過ぎじゃないの」
「うん、でも、もしかしたらきっと前世とか」
「あは、なに。××を殺した殺人鬼とか?」
「かもね…、そうかも」
「え、なに、こわ、警察いく?」
「行かないって…、きっと、あの人も、やりたかったわけじゃない、だろうから。
そんな、気がするからーーー」
ーーー。
今を、どこかで生きていれば。
因果は巡る、それは時を越えて、人の生き死に程度に時は頓着せずに進み、戻り、巡っていく。
この身も、いつかは終わり、朽ちて、呪に戻るまで。