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短編集(詩やSSなど含む)

望郷

初めての純文学的な作品なのでちょっと緊張しています。(^▽^;)



 朝陽が山を駆け上り、人々の町へと一日の始まりを告げる光を届け始める。

 実際に住まう人たちが本格的に動き出すのはもう少し先なのだが、新聞配達をする人たちが乗るバイクが、自分の住まう所の側まで来ると、ふと目が覚めてしまった。


 時計を見るとまだ五時少し前、窓の外もまだ薄暗く、そのまま二度寝をしようときめこみ、そのまま布団から出ずにまたまどろみの中へと消えゆく。


 

 外がやけにうるさくなってきたので再び目を覚ますと、窓の外にはこうこうと太陽の光が差し込んできていて、外では子供たちが「おはよう」などと、近所に住む「人たちに挨拶をしている。


――あぁ、もうそんな時間か……。

 ようやく布団から頭を出し、本格的に起きる事を心に決め、「えいや!!」という勢いでそれまで自分を温めていてくれた布団を放り出すかの如く、体の上からどかしてググっ!!と寝ていて固まった背中などを伸ばす。


「いてて……」

 不意に漏れる声は、固まった体を伸ばすときに走る痛みを感知したから。ゆっくりと布団から出た私はそのまま温かいコーヒーを入れる為、コーヒーメーカーの置いてある棚へと移動し、コーヒー豆をセット。

 そのままではもちろんコーヒーはできないので、コーヒーメーカーへ水を供給し、ようやくスイッチをオンにする。


 そのままコーヒーが入るまでの間の、ゆっくりと漂う匂いと共に、そのまま微睡む時間が好きだ。


 

「さて、今日の予定は……」

 慣れない手つきでスマホを確認。本日の予定と共に、最近為っている物を確認していく。この時に予定がなく、更にやる事が決まってない場合は、あいた時間で出来る限りの家事をする。

 生憎やもめ暮らしとなって早数年が経つが、未だに家事については上達したという様な感じを受けない。

 そもそもの話、私は子供の頃から料理的な物は一人でこなしてきたので、それなりに出来ると自負している。しかしそれ以外、洗濯や掃除などについては、大人になるまではそれまで一緒に住んでいた姉たちに一任していた。というか面倒くさいという思いもあって手伝うことなくそのまま任せっぱなしだったというのが正解かな?


 結婚して妻をめとることが出来た後も、結局は料理に関しては自分が主導でしてきたものの、掃除や洗濯は妻に任せっきりになってしまった。

 いや、手伝おうとはするが、私の妻だった女性(ひと)は掃除や洗濯をしている時に邪魔されたくないタイプの人だったので、下手に手伝おうとすると怒られるか、無言の視線の圧を受けるという事を繰り返し、そのままもう任せてしまえとなったのだ。


 もう一つ理由はあって、平日はもちろん仕事に出かけていた。製造業でそれも機械油などを扱う事が多く、匂いや汚れは取れにくいモノばかりになる。そうすると普通の衣類とは別にして洗濯しないと汚れが落ちるどころか、移ってしまって全く洗濯の意味をなさないときが有るので、私には分からないところが多々あって妻に任せていた。


 土曜日や日曜日になると、本格的にサッカーなどのスポーツをしていた私は、朝早く出掛け夜遅く土や埃まみれで帰宅することが多かった。

 時々妻も身に来てくれていたのだけど、時間が経つと妻も足を運ぶことが無くなり、私のしたいようにさせてくれていた。


 その時に出た洗濯物もまた、妻に任せる事になるんだけど、そういう時はお昼や夕飯は私が腕を振るう事にしていた。少しでも妻の負担を減らしてあげたかったからなのだが、そんな暮らしも歳を重ねるとなぁなぁになってしまう。


 思い切って何もない休日は妻を伴って遠出に出かけたり、一日妻が何もしなくても良いようにして休まる時間を作ったりした。


「こういう時もあるといいよね」

「だろ?」

 にこりと笑う妻と共に楽しい時間を過ごす。そして楽しんだ帰り道。私が住んでいる場所は県の北西部に位置しているのだけど、周りぐるりと山に囲まれている。つまりは盆地という事なのだけど、一言『遠出』と言ってしまう事でも、どこに向かうにしても山を越えないとどこにも行けないという事実。


 つまりはけっこうな時間を車の中で過ごす事になり、移動するだけでも割と疲れる。

 ただ何処に出かけても妻はいつも楽しそうにしていたので、その点は遠出したおかげともいえるのだが、その分住んでいる場所へ帰るときはかなり遅くなったりする。山を越えなければならないので、家に着くのは夜中になったりするのが当たり前で、それが嫌なときは無理に帰ったりせずに一泊してから家路についていた。


「あぁ、やっぱり落ち着くね」

「ん?」

 峠を越え、山を下り、自分達が住んでいる街が遠くに見え始めると、妻は何とも嬉しそうな顔をしながら言うのだ。

「何が嬉しいのさ」

「帰ってきたって感じするでしょ?」

「そうか?」

「そうよぉ」

 そんな他愛の無い話を毎回のようにすることになるのだけど、私は先述した通りスポーツをしていた関係で、自分が住んでいる土地ばかりで試合などをしているわけではなく、遠い時は関東圏に行ったり、東北の北の方まで行ったりすることもあるので、この自分の住む町に戻るという事は経験上多い。

 更に言うと、少しばかり関東圏で暮らしていたこともあるし、遠くは愛知県などにいた事もある。

 しかし妻はというと、一応は県外出身者なので、実家に行くときは遠出と言えるのだけど、普段の行動範囲は割と狭く、住んでいる土地周辺。遠くても二つ隣りの市に行くくらいしかない。

 

 だからこそ、住んでいる場所から離れ、帰ってきた時に見慣れた景色を見ると、妻曰く『帰ってきた』と心の底から感じ、安堵するらしい。


 そんな妻の言葉を私もそういうものかもなと思っていた。




 一度だけ、妻の親戚が暮らしている関東圏に旅行がてら数泊の予定で行った事が有る。たしか……スカイツリーが出来た年だったかな? その時、妻はあまり慣れない土地で不安だったようで、私の側から離れようとはしなかったけど、親戚の方が連れて行ってくれる場所へ行く度に楽しそうにしていた。ただそれも一日目や二日目までの事。


 三日目くらいから、かなりの疲労感を漂わせ、どこに行くにしても何を食べるにしても、あまり楽しそうな表情を見せる事は次第に無くなっていた。


「どうした? 体調悪いのか?」

「え? うぅ~ん……ねぇ」

「うん?」

「もう……帰らない?」

「え? いやでもついさっきホテル出たばかりだし、今は親戚の人が連れて行ってくれる場所に向かってるんだけど……」

「そうじゃなくて……」

「ん?」

「私たちの家に帰ろうよ」

 そう私に言う妻の瞳は少しだけ涙目になっていたのを今でも覚えている。




「うわぁ!! やっぱりいいよね!!」

「そうか?」

 妻の言葉を聞いた次の日、私達は親戚が立ててくれた予定を前倒しして、自分達の住んでいいる土地へ、慣れた家へと向かっていた。もちろんその時はいつものように峠を越えるのだけど、その時の妻は本当にうれしそうだった。


 後々聞いたことが有る。


「なぁ、関東圏で住むならどこがいい? やっぱり親戚がいる県がいいかな?」

「やだ……」

「違う県がいいの? もっと華やかな所の方?」

「ううん。そうじゃなくて、()()()に住むのがヤダ」

「そうなの? こんな田舎でいいの?」

「田舎だからいいんじゃない!!」

 妻の表情には一片の曇りも無かった。本当に心の底から今いる場所が自分のいる場所なんだと思っているのが良く分かった。




 そして月日が流れ、私はやもめ暮らしとなった。

 ケンカ別れしたとかそういう事じゃなく、お互いがお互いの事を良く考えて出した結論で円満な離別。元妻は実家のある隣りの県へと引っ越していった。



 今でも若かりし頃にスポーツを通してできた友達や、知り合いなどと一緒に県外へと出掛ける事が有る。


 当時はそう思ってなかったのだけど、今は自分が住むこの田舎の風景を、峠を越えて目にする度に思う。


「帰ってきたな……」

 そして帰ってこられた喜びを胸に抱きつつ、自分の住む家へと向かうのだ。



 都会に憧れを抱いていた時期もある。そこに住んで大成したいと、胸に秘めていたこともある。

 

 ほんの少しだけ住んでいた時でさえ、感じた事は無かったのだけど、私の心の奥底にはきっとあったのだろう『住んでいた場所への想い』が。

 そこで暮らしていた時にした経験も、そこで出会って過ごした人たちも、すべてを忘れてしまえる程、私には都会や繁華街に魅力を感じていなかったという事。



 望郷の念は、都会で暮らしているから大きくなるというのも理解できるが、そこに住んでいるからこそ大きくなるのではないか……。


 今も同じ土地で暮らしていて、代わり映えのない毎日を過ごしている私でも、きっとこの先もずっと、望郷の念は持ち続けると思う。



お読み頂いた皆様に感謝を!!


このお話に出てくる『私』はあくまでも私です。ご注意ください。(笑)


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[一言] 旅行も好きですが、やっぱり慣れ親しんだ最寄り駅に帰ってくるとほっとしますね。 作品中の奥さんが帰りたがる気持ち、わかります。 どんなにふかふかなホテルのベッドでも、やっぱり一番心休まるのはお…
[良い点] 望郷の念。 これは年を取るほどに強くなってゆくように思います、 若い頃は忙しくて、そんな心の余裕がなかったのか……それとも望郷というものは、故郷から離れている期間が長くなるほど強くなる………
[良い点] いつのまにか『帰ってきた』を実感し安堵するようになっているところに、時の緩やかな流れを感じてしまいますね。緩やかながら確実に経っている切なさも。 寝ぼけ眼ながら、コーヒーを淹れて、香りを…
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