08.勇者
「過去に行ける?タイムマシンでもあるってのか?それこそ、アニメじゃねえか、」
失笑する亜錬をチラリと見て、拓真は舞の方を向き顎をクイっと上げた。
舞は持ってきた荷物の中から、1枚の書類とペンを取り出し亜錬の前に置いた。
紙には「契約書」と書かれてある。
「なんだよ、これは」
「見ての通り契約書だ。お前を今から一時的にシスのメンバーにする。そこにサインしろ」
「なんで俺が警察のメンバーになるんだよ」
拓真は、真剣な表情で腕組みした。
「これから言う話しは国家機密の中でも最高レベルだ。当然一般人には言えない」
「拓真、あんた今まで警察内部の情報を結構ベラベラしゃべってたわよ」
「今から言う話しは、レベルが違うよ」
亜錬は書類を突き返した。
「俺はサインなんかしないぜ。国家機密かなんだか知らねえが、俺に言ってくれなくて結構」
「お前、さっきデリーターが許せないって言ってなかったか?」
「それは警察の仕事だろ?あんたこそ、民間人を参加させられないって言ってたよな」
「そうさ。だからお前をシスのメンバーにする。そうすれば、お前も警察の一員ってわけだ」
亜錬は、顔を拓真に近づけて言った。
「どうしてそんなに俺を巻き込むんだ?あんたら警察だけでやりゃいいじゃねえか。俺の記憶が消されないってのは必要ないんだろ?」
「いいだろう。その理由を教えてやろう」
「聞かせてくれ」
「それは、お前にしかデリーターを止められないからだ」
「だから、なんで警察じゃなくて俺なんだよ!」
拓真は胸ポケットからメガネを取り出し、ハンカチでレンズを拭いた。
そして、舞の方に顔を向け、
「悪いが、コーヒーのお代わりを入れてくれないか?」
「わかった」
「亜錬、お前はどうする?」
「・・・俺は水でいい」
「舞さん、俺もコーヒーのお代わりをお願いします」
「あら、先輩を使う気?随分偉くなったわねー」
「あ、すいません、自分でいれます」
「いいのよ、気にしないで。その代り、高くつくけど」
舞は笑いながら立ち上がり、扉へと消えた。
「俺にしかデリーターを止められないって、どういうことだよ」
「一人残されたプログラマがいたろ?」
「心臓を突かれて殺された奴か?それと、デリーターを止められない話しと、どう関係があんだよ」
「まあ、聞けよ。彼は富士見丘の駅近くの公衆電話から、自分の家に連絡していた。日時は去年の8月9日午前8時頃だ」
「なんだよ、じゃ逃げれたんじゃねえのか?」
「逃げようとしたけど見つかって連れ戻された、ってとこだろ」
「どうしてそう言えるんだ?」
「奥さんが電話に出たんだが、2,3秒で切れたらしい。逃げられたのなら、もっと長く話すはずだろ」
「・・・んで、男は何も言わなかったのか?」
「こう言ったらしい。『パソコンの電源』」
「パソコンの電源?」
「奥さんは、自分がどこにいるかを先に言わないのを不審に思ったが、電話が切れた後、男が自宅で使っていたパソコンの電源を入れたそうだ」
「パソコン・・・一体何のために」
「男の住所を突き止めた警察は、証拠物件として部屋にあったパソコンを押収した。その時電源は切れていたらしい」
「何かわかったのか?」
拓真は拭き終わったメガネを、また胸ポケットへ入れた。
「驚愕の事実さ」
舞がコーヒーと水を持ってきた。
大祐は、申し訳なさそうに頭を下げた。
亜錬は目の前に置かれた水を一気に飲み、空のコップをテーブルに置いた。
「驚愕の事実って?」
「男はパソコンに記憶を消すメカニズムの詳細を残していた。パソコン内部に残されたファイルの日付は8月9日から始まり、最後は8月21日だった。おそらくデリーターの最終テストをする傍ら、隙を見て自分のパソコンを遠隔で操作していたんだろう。そして、デリーターのハード構成も、概要程度だが情報を残していた。その情報の中に、ひとつ恐ろしいものがあったよ」
「なんだよ、恐ろしいってのは」
「電源」
「電源?」
「デリーターは、自前の発電装置を備えている」
「発電って、あの夜店でよくみるガソリンか軽油かでエンジン回して発電する、あれか?」
「そんな小さな話じゃない、核融合の熱を利用した発電らしい」
「かっ、核融合!?」
「早い話、極小サイズの太陽だよ。スーツケースくらいの大きさの特殊な金属に中に閉じ込めてるらしい。たぶん重力の遮断じゃないか」
「なんだよ、それ・・・」
「一度発電を開始すると、超長期間メンテナンス不要で発電するようで、当然、宇宙人の設計によるものだ。外部から遮断されることを想定して、デリーターを動かす電力を事前に確保したってことだろうな」
「なんて奴らだ・・・じゃ、もう直接乗り込んで、電源を切るするしかないのか」
「男の資料によると、内部には侵入者を排除するレーザーの攻撃装置もあるようだ」
「レッ、レーザー!おいおいおい、そんなの絶対無理じゃねえか!」
「そう、無理だ。レーザーなんて言われたら、現代の兵器や防具なんかじゃとても太刀打ちできない」
「なんだよ、結局無理なんだったら、長々と話しする必要なかったじゃねえか」
「だが、」
「またそのパターンか、」
「突破できる手段はひとつだけある」
「今度はなんだよ、」
「デリーターにマスターとして認められることだ。正確には、デリーターの中のAI、人工知能にだがな。そうすれば、おそらくレーザーは発射されない」
「おそらくねぇ・・・んで、マスターってなに?」
「デリーターには、電源ON、OFFのようなスイッチはないようだ。一度通電すれば物理操作によるシステム停止は不可能。だから殺された男は、デリーターにAIを組み込み、システムをスリープ状態に出来る権限を付与した」
「難しい話しになってきたが、要するにデリーターを止められるってことだな」
「AIには命令できるマスターが必要だ。男は、システム内部に保持していたDNA情報から1つを選んでマスターとして登録した」
「それが俺?」
「いや、違う」
「ちっ、だったら止めれねえじゃねえか」
「幅を持たせたんだよ、DNA情報に」
「幅?」
「100%だと一人のみだが、男はDNAパターンが96.5%以上マッチすれば、マスターとして認められるように人口知能のソースコードを改造したんだよ」
「それって認められる人間の数が増えるってことだよな?だったら96.5なんて半端なことせずに、10%くらいにしときゃ誰でもマスターになれてハッピーだったんじゃねえの?」
「亜錬、マスターってのは基本的に一人だ。誰でもなれるんだったら、それはもはやマスターじゃない。元のAIのソースが一人しか認めないようになっていたんだろう。それを男が96.5%まで頑張って改造して下げたってことだ」
「・・・よくわかんねえけど、それで、俺がマスターになってるってことか?」
拓真は頷いた。
「男がパソコンに残したマスターDNAのパターンに100%マッチする人物は、強度のアルツハイマーで特別養護老人ホームにいる男性で、もう人の言葉を理解できない状態らしい」
「なんで、そんな奴を選んだのかねえ、」
「DNA情報に名前や年齢がリンクしてなくて、無作為に選ばざるを得なかったんじゃないか」
「ツイてなかったってことか、」
「そして、マッチ度が96.5%以上の日本人は、警察庁が内部のコンピューターを使って調べた結果3人のみ。一人は青森の80歳の男性、もう一人は熊本の2歳の男の子。そして3人目は亜錬、お前だ」
「・・・全員男か」
「そうだ。マスターDNAが男性だからな」
「で、その青森の80歳の、」
「死んだよ」
「えっ?」
「3か月前に老衰で死んだ」
「・・・」
「2歳の男の子になんて、到底無理だよな」
拓真は、鋭い眼光で亜錬をにらんだ。
「いないんだよ、お前しか。デリーターを止められるのは」
「・・・まじか、」
「亜錬、お前は神に選ばれた人間だ」
「何が神だ。勝手なこと言うなよ」
「お前が今すぐこの紙にサインして、富士見丘の廃工場へ行き、デリーターを止めてくれれば、それで日本が救われるんだぞ」
「俺一人でだろ?」
「そうだ。記憶消去のシステムが稼働している状態では、地下階段を誰も降りれない。行けるのは、お前だけだ。お前は日本、いや世界の希望を背負った勇者なんだよ」
3人は亜錬に注目した。
「どうだ、行く気になったか?」
「断る」