06.デリーター
「なんだよ、宇宙人って!俺をバカにしてんのか!」
車は高速を降りて、一般道に入った。
微かに潮の香りがする。
憤る亜錬に対し、拓真は淡々と話しを続けた。
「2020年2月、国会議事堂の本会議議場のスピーカーから突如音声が流れた。そのときは重要法案審議の真っ最中で、多くの議員がその放送を耳にした」
「国会に音声?何の話しだよ」
「その時間、たまたま起きた立てこもり事件をテレビが急遽生放送したので、国会中継が無くなっていたが、ある議員が議場を録音していた。そのレコーダーを警察庁が借り受けたんだが、内容はこうだ」
・我々は宇宙座標M751H5ボーデ銀河から来た。
・調査の結果、この辺境の星、君達の言うチキュウに我々が捕食可能なニンゲンと呼ばれる生命体が存在することがわかった。
・対象はニホンという場所に生息するニンゲン、数にして今は約200万。この生命体を我々は捕食する。
・これは未来への通告であり、君達の返答を要求するものではない。
「捕食・・・捕食ってなんだよ・・・」
「スピーカーから流れるたどたどしい日本語の音声を聞いた古参議員が、『誰のいたずらだ!今すぐ調べて来い!』と怒鳴った」
「その一言で周りの議員は、悪質ないたずらか、どこかのお祭りハッカーの仕業だと思っちゃったのよねー、」
「ただ内容自体は日本全体への脅迫なので、警察庁預かりの案件となり、緘口令がしかれて一般には報道されてないのさ」
車は、とあるビルの地下駐車場に入り止まった。
「さあ亜錬、着いたぞ。続きは上で話そう」
スライドドアを開け、4人は車を降りた。
車のエンジンを止めた空間は、不気味なくらい何の音もしない。
「ここは、どこなんだ?」
「ノーコメント」
階段を上がり、ビルの1階へ向かった。まだ出来て間もないビルなのか、セメントの匂いが充満している。
1階は今上がってきた階段の金属ドア以外は全て薄いグレーの壁で、他の出入り口や窓がない。部屋の中央には、貧素なテーブルとパイプ椅子が4つあった。床にフロアーマットのようなものはなく、コンクリートがむき出しのままだ。
亜錬はリュックと竹刀袋を置き、パイプ椅子を引いた。
「国会の謎の放送があった次の日、日本の電子工学のトップ5と呼ばれる科学者5人が相次いで行方不明になった。そして、2年と半年後の2022年8月9日早朝、巡回中の警察官が5人の死体を発見した。場所は埼玉県富士見丘市。死体は折り重なるように死んでいたそうだ」
「死んだ?5人とも?」
「司法解剖の結果、死亡原因は不明。外傷もなければ、臓器の損傷もない。薬物の痕跡も無し。法医学者が言うには、全ての機能が同時に停止したような状態で、俗に言うショック死のような感じだそうだ。パソコンでいう、シャットダウンのようなものかもな」
「拓真、もっとマシな例えないの?」
「不思議な現象はまだある。ある地域で電波障害が発生した。その地域周辺でテレビが急に見れなくなったらしく、それは今でも続いているそうだ。市からの依頼で専門の業者が確認したところ、強力な妨害電波のようなものが、どこからか出ているらしい」
「それ、さっきのショック死となんか関係あんのか?」
「その電波障害が発生した地域は、埼玉県富士見丘市だ。そして、電波障害が発生した最初の日は、2022年8月10日」
「さっき車で言ってたSNSのオカルト現象、最初の書き込みは2022年の8月23日よ」
「亜錬、何か気付かないか?」
「2022年の8月に集中して起きていることと、埼玉県富士見丘市に何かあるってことか?」
「それと、これは後からわかったことなんだが、関東電力のモニタリングで富士見丘市のある地域で8月9日から2週間程、急激に電力消費量が上がったらしい」
「それも同じ場所か、」
「そうだ。電力会社は、すぐに職員を派遣したが、そこは一面雑草が生えた野原で、大量の電力が消費されそうなものは見当たらなかったそうだ」
「どういう事だ?」
「2週間後に電力消費が元通りになったので、電力会社は追及をやめたそうだが、」
「ちょっとコーヒーでも飲む?」
舞は立ち上がり、金属の扉を開けてしばらくするとコーヒーを乗せたトレイを両手で運んできた。
「砂糖は入れるか?」
拓真は舞が運んできたトレイから、亜錬にシュガーポットを渡した。フタを開け、亜錬はスプーン1杯の砂糖を入れた。
スプーンがカップにあたるカンカンという音が、無機質な空間に響く。
しばらく会話を止め、4人は熱いコーヒーを飲んだ。
「さて、話しを続けよう。我々はもうひとつ興味深い話しを入手した。2022年の8月22日、ある男が同じ富士見丘市の路上で血まみれで死んでいた。その男は某有名IT機器メーカーのプログラマで、死因は心臓を貫通されたことによる失血死」
「さっきとは違う殺され方だな。拳銃か何かで撃たれた?」
「いや違う。凶器はまだ見つかってないが、解剖の結果、直径5センチくらいの先端が尖った金属の棒状のもので心臓を突き破られたそうだ。溝がない太いドリルのイメージかな。胸から突かれて背中まで穴があいて、ほぼ即死だそうだ」
「ひでえ・・・」
「その男は警察に家族から捜索願いが出されていた。出された日は、2020年8月2日。国会の謎放送の約半年後だ」
拓真は一気にコーヒーを喉に流し込み、区切りをつけるようにガチャっという大きな音でカップを置いた。
「亜錬、これらの事実を元にした我々の推測はこうだ。5人の科学者は、コンピュータ装置を埼玉県富士見丘市の地下に設営した。その後、誘拐されたプログラマの男を含め、6人でソフトウエアを2年かけて開発した。そして、2022年8月9日にシステムが完成し、プログラマの男を残して5人は殺された」
「どうして一人残した?」
「おそらく最終的なテストのためだろう。そして8月23日、そのシステムは本格的に稼働を始めた」
「・・・まさか、そのシステムってのが・・・」
「そうさ。それこそが、人を消失させるシステム、」
「あたし達は、そのシステムを『デリーター』と呼ぶことにしたの」
「デリーター・・・」
拓真は、椅子から力強く立ち上がった。
パイプ椅子と床のコンクリートとの摩擦で、ジャリっという砂が擦れる音が響く。
「人や物、そして記憶までも消してしまう。こんなバカげたシステム、今の地球上のテクノロジーで到底作れるものじゃない」
「じゃあ・・・やっぱり宇宙人・・・なのか、」
「俺はそう思ってる。5人の科学者とプログラマを誘拐し、富士見丘市の地下に基地のようなベースを作り、そこに監禁してシステムを開発させ、完成後に全員殺した!」
「・・・」
「毎晩、焼酎飲んで浮かれてるメタボハゲ親父は、きっとこう言うだろう。『宇宙人の侵略なんて、漫画の世界で現実にあるわけない』、ってね」
「あたし達は一週間前、裏付け捜査のために政府のあるセクションに侵入したの」
「そこには、あるはずの物がキレイさっぱり無くなってたんだよ。亜錬、なんだと思う?」
「なんだよ、」
拓真は真っすぐ亜錬を見て言った。
「我が国が世界に誇るスーパーコンピュータ『天翔』18台さ」