04.消失
駅へと向かう道を、亜錬は一人で歩いていた。
大祐はコンピュータ部に入ったが、亜錬は剣道同好会への入会届を持ったままだ。
(竹刀を持ち歩いているのに、剣道部じゃないなんて・・・どうかしてるよな・・・)
亜錬は、入会届をポケットにねじ込んだ。
駅へ近づくにつれ、賑やかになってきた。
商売人の声と買い物客で、夕暮れの商店街は活気があった。
朝の騒動の後、大祐と女生徒の協力で、亜錬は1-Aの27名のリストをスマホに入力した。
1人いないというのも亜錬の感覚的な話しで、クラスの誰に聞いても27名だった。具体的に誰がいなくなったのかと聞かれても、クラス全員の顔と名前を覚えてない亜錬は答えることができなかった。
足取りは重く、駅までの道が遠かった。
亜錬はゲームセンターの前にあるベンチに座ると、リュックを足元に投げて大きく息を吐いた。
すると中から、若い男の怒鳴り声が聞こえた。
「くそ!また負けちまった!こんなの絶対インチキだ!」
男はそう言って、ゲーム機をバンバンと両手で叩いた。
よく見ると、騒いでいるその男は亜錬と同じ制服だ。
(俺と同じ学校かよ・・・)
亜錬は更に驚いた。その男をどこかで見たことがあったのだ。
その男は、ゲーム機の上に積んである100円を入れて麻雀ゲームを続けた。
(あいつは・・・)
亜錬は思い出した。その男が自分のクラスメートであることを。
(矢沢!そう、確か矢沢だ!)
亜錬はスマホを取り出し、1-Aリストを見た。
出席番号26 矢沢翔太
(こいつだ、間違いない)
亜錬は顔を上げて矢沢を見た。
彼は、一心不乱に麻雀ゲームをしている。
(あいつも下校部だったのか)
「よっしゃー、きたああぁーー!リいいーーチ!!」
外まで聞こえるデカイ声で、矢沢は叫んだ。
(大丈夫か、あいつ。インテリっぽい感じなのに、ガチ麻雀ゲーマーだったとはね・・・)
次の瞬間、あり得ない事が起こった。
亜錬の目の前で、矢沢が消えた。
まるで寒い朝に吐く白い息が、空気中に瞬時に溶け込むように、すーっと矢沢は消えた。
手からスマホが落ちそうになった。
亜錬は、ふらつきながらベンチから立ち上がった。
(やっ、矢沢・・・)
そして、追い討ちをかけるような出来事が起こった。
さっきまで矢沢が座っていたゲーム機に、2人組の男が何事もなく平然と座ったのだ。
亜錬は、ゆっくりと二人組みに近づいた。
「あのー・・・」
声を掛けられた二人組みの男は顔を上げた。
「ん?」
「何?なんか用?」
「さっきまでここでゲームしてた高校生いたでしょ?」
「高校生?」
「ここに座って、ゲームしてましたよね?」
「おまえ見たか?」
「いやー」
二人組みの男の片方が、そう答えながら首を横に振った。
男達の答えに、亜錬は言葉を失った。
「ここ誰も座ってなかったぜ」
「お前の見間違いじゃないの?」
「じゃ、この金は?」
アレンはゲームの上に積まれた100円を指さした。
「おぉ、金だ!」
「ラッキー、ただでゲームできるじゃん」
亜錬は男の肩をつかんだ。
「その金は、さっきまでここにいた高校生が積んでたもんだよ」
「お前しつけーな、そんな奴知らねえって言ってんだろが!ここには誰もいなかったんだよ!」
「うせろ!」
これ以上は喧嘩になりそうだったので、亜錬は追及をやめた。
ふと見ると、こちらを見ている従業員がいる。
「すみません。さっきまでそこの麻雀ゲームでゲームしてた高校生いたでしょ?」
店員は、亜錬が指差す方向のゲーム機をチラッっと見た。
「11時から開店したけど、あそこはあの二人組が初めての客だよ」
亜錬は戸惑いを隠せなかった。
店員は亜錬を怪訝そうに見て、再び手を動かして掃除を始めた。しかし、亜錬は食い下がった。
「あのー、ほら、俺と同じ制服の高校生が、怒鳴りながら、こうやってゲーム機を叩いてましたよね?」
亜錬は両手でゲーム機を叩くマネをした。
店員は亜錬の服を見て、
「ここはね、いつも夕方から客が入る店でね。それまではほとんど客こないから。サボリの学生もたまにくるけど、それはそれで目立つから、絶対覚えてるよ」
「・・・」
「それにさー、大声出して機械叩いてたら注意してるよ」
絶句している亜錬によそに、店員は去っていった。
「そうだ、」
亜錬はポケットからスマホを出し、作成した1-Aのリストに矢沢の名前を探した。
(消えてる・・・さっきまであったのに・・・)
そこには矢沢の名前は無く、リストの最終ナンバーは26だった。
亜錬はゲームセンターを出てすぐに学校に電話をかけ、クラス担任を呼び出した。
「どうしたんだ北川」
「先生、矢沢が消えたんだよ、俺の目の前で」
「矢沢が消えた?北川、お前何言ってる・・・大丈夫か?」
「矢沢だよ、1-Aの矢沢!先生、担任なんだから知ってるだろ、」
「そんな奴うちのクラスにいないぞ」
「・・・」
「北川、本当に大丈夫か?朝も机の数が減ってるって騒いでたそうじゃないか。お前ちょっと精神的に不安定に」
ブチ
亜錬は電話を切った。
以前、職員室の前を通りがかったとき、担任が矢沢と話していた。
体操服が誰かに破られたことを相談してたようだが、担任が全く取り合わない感じで、矢沢が切れて大声を出していたのをのを亜錬は覚えていた。
(矢沢・・・)
亜錬はスマホをズボンのポケットに入れ、リュックを背負い夕暮れの駅へ向かった。