03.教室の違和感
ー2023年5月ー
「よ、亜錬。元気か?」
「なんで、お前が同じ高校なんだよ」
「何度も同じこと言ってんじゃねえよ、俺達親友だろ?」
「中3で同じクラスだっただけだろ。それも2学期からお前が転校してからじゃねえか」
「まあ、そう言うなって。仲良くしようぜ、3年間同じガッコなんだからよ」
午前8時25分。正門は登校する生徒でピークを迎えていた。
中学を卒業した亜錬は、ディアマンテ学院に進学した。宗教系の私立校で、家から電車で2駅と近かった。そして、創立して5年目という綺麗な校舎と最新の設備が魅力だった。
クラブは創立間もないということで中心となるところがなく、少人数で顧問不在の同好会が多かった。部として成立してそうなものは、サッカー部、野球部、吹奏楽部で、剣道部はまだ同好会だった。
「大祐、お前おふくろにしゃべったな」
「・・・」
「やっぱりか、」
「わりい、ちょっと口がすべっちまったぜ」
亜錬は、肩にかけていた竹刀袋から竹刀を抜いた。
「お、おい・・・冗談だろ」
「お前との付き合いもこれまでだな」
「勘弁してくれよ、今度飯おごるからさ」
亜錬は素早い動作で、竹刀を大祐の顔面に突きつけた。そして、大上段に構える。
「ちょ、待て!早まるな!話せばわかる!」
「問答無用だ」
「やめろって!」
「ふんっ!」
亜錬は、躊躇なく竹刀を振り下ろした!
パシッ
しかし竹刀は、大祐の後ろから素早く現れた女生徒に片手で受けられた。
女生徒は、眉間にシワを寄せ亜錬を睨みつけている。
亜錬は、思わず竹刀を引いた。
「あんた達何やってんの、こんなとこで。バカじゃない」
栗色の長い髪をひるがえし、女生徒は正門へ消えていった。
「誰?」
「・・・さあ」
亜錬は、竹刀を竹刀袋に戻した。
「お前の知り合いじゃないのか?」
「俺も知らねえよ。俺達このガッコ来てまだ1か月だぜ?知らねえ奴の方が多いだろ」
「・・・まあ、それもそうだな」
「それより、急がねえと遅刻だぜ」
始業まで残り少ない時間に追われた二人は、校舎の階段を駆け上がり、1-Aと書かれたプレートのある教室のドアを開けた。
「ふぅ、ギリギリセーフだな」
亜錬は教室内に入り、伏せていた目線を上げた。
その時、
(んっ?)
亜錬は急に動けなくなった。
突然止まった亜錬の背中に、大祐はぶつかった。
「おっ、おい、どうしたんだよ」
異様、異変、いや、違う。心臓がバクバク鳴り始めた。
この動揺を説明できる言葉は・・・
違和感・・・違和感に恐怖感が混ざったような・・・
「聞いてんのか、亜錬」
「おーい、お前ら!何ドアの前で突っ立ってんだよ!」
亜錬達が邪魔で、教室に入れない抗議の声が後ろから聞こえた。
それでも動かない亜錬に業を煮やしたのか、後ろから来た生徒は、二人の間に強引に割り込んできた。
「邪魔なんだよ、てめえら」
背中を押された亜錬は、バランスを崩して前のめりになり、思わず教室の床に両手をついた。
「亜錬、大丈夫か!」
大祐に腕を引っ張られ、亜錬は立ち上がった。
「どうしたんだよ、急に。身体の具合でも悪いのか?」
「大祐、おまえは感じないのか?」
「感じる?何を?」
亜錬は、改めて教室を見渡した。
「机だ・・・」
「机がどうした?」
「机が減ってるんだよ」
「はぁ?」
亜錬は、教室内の机を数え始めた。
「27しかないぞ」
「そう、27だよ」
「えっ?」
「えって、元々このクラスは全員で27人だぜ」
「お前マジで言ってんのか?28人だろ、1-Aは」
「はっ?」
大祐はキョトンとした顔で、亜錬を見ていた。
「亜錬、他のクラスと間違えてんじゃないの?」
その時、開けっ放しの教室のドアから女教師が姿を現した。
「ちょっと、何やってるのあなた達!とっくに始業のチャイムは鳴っているのよ」
亜錬は、女教師が脇に挟んでいるタブレットに目が止まった。
素早くそれを奪い取り、電源を入れ出席簿1-Aのアイコンをタップした。
「あっ、なにするの!」
「ちょっと見るだけだから」
画面には、名前順に1番から番号が表示されていた。
そして、1-A最終ナンバーは、
「27・・・」
女教師は、亜錬からタブレットを取り上げた。
「個人情報なんだから、勝手に見ないで!さ、二人とも早く席に着きなさい!」
女教師のヒステリックな声に返事もせず、亜錬は夢遊病患者のようにフラフラしながら、ひとつ残った席に着いた。
「まったく、なんなのよ一体・・・」
ブツブツ文句を言いながら、女教師はタブレットの電源を入れ直した。
「ねぇ、北川君どうしちゃったの?」
隣の席の女生徒の問いに、大祐は両手を広げてため息混じりに答えた。
「さあね、俺にもさっぱりだよ」