16.カエルラ・カエルム
3人は現場で簡単な事情聴取を終え、富士見丘駅で上り電車を待っていた。
「田所さん、もしもですけど、日本の政府が2台目のフリードを作ったらどうします?」
「それは無理だ」
「えっ、無理?作れないってことですか?」
「お前は、別のスーパーコンピューターを用意すれば可能だと思ってるかも知れないが、重要な事を忘れてるぞ」
「重要な事?」
「DNAデータベースは、まだ地下のスーパーコンピューターが握ったままだ」
「それって、どういうことです?」
「DNAデータベースは、各都道府県の役所にあるコンピューターと密接に絡んでいる。別のフリードを作ることは、別のDNAデータベースを用意することと同義。それには、日本全国でコンピューターを捨てて紙の運用に戻し、そこから新たなコンピューターシステムを構築する必要がある。役所だけでなく民間企業も絡んでいるから、その影響は計り知れない」
「なるほどー、」
「コンピューターの無い世界に無理やり戻したら、どうなるか」
「日本は大混乱ですね」
「つまり、事実上不可能。2台目のフリードを作ることは無理ってわけだ」
大祐が深く頷いたところで、上り電車のアナウンスが流れた。
「ねえ拓真、私達の本国からデリーターが来るのって、いつ?」
「30年後だ」
「あら、随分先ね」
「この星は辺境探索で、たまたま見つかった想定外の星だからな。本国も後回しにしてるんだろ」
「そっかー、」
「デリーターが到着するまで、新たなフリードのマスターになれる人間が出ないか。その監視を続けるのが、俺達の今後の任務になる」
「この国は生まれると、すぐDNAも登録してくれるから監視も楽ですよね」
「全くだ」
3人は人目をはばかることなく、大声で笑った。
チャイム音と共に、電車接近のアナウンスが流れた。
「しかし、よくフリードなんて我らの邪魔をするシステムを作れたもんですねー。敵ながら感心しますよ」
「実は、そこが最後まで謎のままなんだ」
拓真は、メガネをクイっと指で上げた。
「この国のレベルでは、フリードを作れても設計は出来ない。ゆえに、どこかからデザイン提供があったはずなんだが・・・」
「それって、分からなかったの?」
拓真は首を横に振った。
「政府関係の電子メールやグループアプリを隅から隅まで調べたが、発見出来なかった。絶対あるはずなんだがな、」
「田所さんが探しても見つからないってことは、やっぱり無いんじゃないですか?」
「いや、絶対ある。どう見積もっても、この国のテクノロジーじゃ、フリードは作れない」
舞の髪を揺らしながら、電車がホームに入ってきた。
「あと、政府がマスターになぜ亜錬を選んだのか。不作為なのか、意図的なのか。ここも謎だ」
「剣道の腕が立つ以外は、これといって特徴の無い奴ですけどね」
「今の総理が、剣道好きって聞いたことあるわよ」
「それだと、この国の未来を背負うには、あまりにも短絡過ぎないか?」
「誰でもよかったんじゃない?」
「かもな。でも、まあいいさ。フリードは止まったし、今後マスターになれる奴は、現れ次第抹殺する。フリードが目覚めることは、二度とない」
「ですよね!」
「青森のジジイと熊本のガキは、政府の奴らが気づく前に適当に殺せばいい」
「で、残るは、」
舞はニヤリとしながら拓真の顔を見た。
「後は最後の仕上げで、奴の妹を殺すのみだ。わずかな可能性も排除するためにな」
線香の香の中、僧侶の読経が暗闇の夜に流れていた。
白いユリと菊に囲まれた写真は、二枚並んでいた。
亜錬の父と母は、ただ座っているだけの放心状態だった。
「亜錬君、警察に撃たれたそうよ。なんでも警官の拳銃を奪ったとかで、撃ち合いになったみたい」
「恐ろしいわねー。でも、絶対そんな事する子じゃないのに」
「一体何があったんだか・・」
「埼玉の潰れた工場で撃たれたらしいけど、どうしてそんな所に行ったのかね」
「でも、玲奈ちゃんは、どうして亡くなったの?」
「お兄ちゃんが拳銃で撃たれて死んだって聞いて、その場で倒れたそうよ。すぐ救急車で運ばれたけど・・・間に合わなかったの」
「玲奈ちゃん・・・もともと・・・心臓が弱かったから・・・」
「よほどショックだったんだろうね」
「二人とも・・・まだ・・・子供なのにね・・・」
通夜の公民館の入り口で立ち話をしていたおばさん達は、ハンカチで涙を拭いていた。
焼香を済ませた玲奈の担任は突然の悲報に泣き崩れ、近くの男性に抱えられるようにしてその場を後にした。
大祐は、通夜が営まれている公民館の横の公園から拓真に電話した。
「もしもし、田所さん」
「どうした、何かあったのか?」
「それが、大変な事になってます」
「大変な事?」
「亜錬の妹も死んじゃったみたいです」
「なんだと!」
「亜錬の死を聞いたショックで倒れて、そのまま死んだようです」
「本当か、それは」
「ええ。二人合同の通夜になってますよ」
拓真は少し考えた。
「田所さん、これは殺す手間が省けましたね」
「西田、お前はそこでもう少し情報を探ってくれ」
「わかりました」
拓真は電話を切った。
「舞、亜錬の妹がショックで死んだそうだ」
「ええ、本当!?ラッキーじゃない、殺す手間が省けたわ」
拓真は腕組みをしながら、大きな窓から夜のオフィス街を見た。
「どうしたの?嬉しそうじゃないわね」
「なにか引っかかるな。二人とも同じ日に死ぬなんて、ちょっと出来すぎじゃないか?」
「心臓弱かったんでしょ?お兄ちゃんが拳銃で撃たれて死んだっていきなり聞けば、そうなっても不思議じゃないわよ」
「それは、そうだが・・・」
拓真は、クルリと後ろにいる舞の方を向いた。
「舞、告別式にはお前も出てくれ」
「いいけど、何かするの?」
「亜錬の妹が本当に死んでいるのか、死体を確認してほしい」
「ええ?まさか、」
「頼んだぞ」
「用心深いわね」
「念のためさ」
舞は、窓辺の拓真に近づいた。
「ねえ、ちょっと気になってたんだけど、もしかしてあいつ、最初から自分が殺されることを知ってたんじゃないかな、」
「どうした、なぜそう思う?」
「拓真に撃たれる間際のあいつ、なんとなく笑ってたような気がしたの」
「俺は正面から奴を見ていたが、そんな事ないと思うぞ」
「顔じゃなくて、心のどこかで私達を笑ってたような・・・あの時、なんかそんな気がした」
「考え過ぎだろ。それに、殺されると気付いたら駅には来ないさ。どこかへ逃げるのが普通だろ?」
「・・・そうね」
次の日の午前、同じ公民館で告別式は行われた。
参列した舞は、最後のお別れの時に玲奈の棺に花を入れると同時に、遺体の首の脈を確認した。
すぐ公民館を後にし、近くの交差点で拓真に電話した。
「どうだった?」
「脈はなし。肌も冷たかったし、首に触れても反射反応がない。間違いなく死んでるわ」
「わかった。事務所に戻ってくれ」
「りょーかい」
拓真は電話切ると、すぐ大祐にかけた。
「西田、俺だ」
「あ、はい、田所さん、なんでしょう」
「お前、まだ告別式の会場にいるな?」
「はい、まだいます」
「どうにかして、火葬場行きのバスに乗れ。そして、奴の妹の骨を確認するんだ」
「えっ、そこまでします?」
「念のためだよ」
「・・・はぁ、わかりました」
北川家の親族の男に上手く取り入った大祐は、火葬場行のマイクロバスに乗った。
火葬場でバスを降りた大祐は、自販機で缶コーヒーを買い、駐車場から火葬場の煙突を眺めていた。
しばらくして、煙突から煙が上がった。
「ついに、あいつも煙になったか」
親族が静かに骨上げをする中、大祐が後ろから見た2つのそれには、骨と灰しかなかった。
大祐は電話をかけた。
「あ、田所さん、間違いなく二人とも骨になりましたよ」
「そうか、ご苦労。事務所に戻ってくれ」
「これで我々の作戦も、やっと終わりましたね」
「ああ。奴の妹の死は想定外だったが、後はシナリオ通りだった」
「残るは監視任務だけか。楽な仕事だけど、早く本来の姿に戻りたいですよ」
「そう言うな。利用できるうちは、利用させてもらうさ。ゆっくり人間ライフを楽しめばいいんだよ」
「まあ、そうですよね。これで、この地球とかいう星も、我々の食糧庫になりましたし」
「本国からのデリーターは、800年かけて我々が捕食可能な種類を、この星の全人口の90%まで増やす計画らしいぞ」
「あー、じゃ、ほとんど捕食できる日本人にするってことですね」
「そうだ。食えない人間は、どんどん消していく。デリーターと共にやってくる本国からの第2チームは、日本政府を乗っ取り世界戦争を起こす計画らしい」
「800年後が楽しみですね」
「今日は3人で祝杯をあげよう」
「おお、いいですね!それじゃ、これから戻ります」
ー16年後ー
旭川空港から羽田へ到着した便は、定刻から20分遅れた。
キャリーバックを引く急ぎ足の女性は、もう片方の手で幼い男の子の手をつないでいた。
「すみません、飛行機遅れちゃって」
「いえいえ、お待ちしてました」
「ママ、どこへ行くの?」
女性は立ち止まり、子供と同じ高さになった。
「とても大切なところよ」
「だから、どこ?」
「それよりセシル、ママが昨日言った事、ちゃんと覚えてる?」
セシルと呼ばれた子供は、不安げに首を縦に振った。
「よし、いい子ね」
女性は子供と共に、白手袋をした男が開けたドアから、黒塗りの車に乗り込んだ。
「では、出発します」
「お願いします」
その日、東京の空は雲ひとつない晴天だった。
女性は高速を走る車の窓から、真っ青に晴れた空を見上げていた。
「ママ、お空になにかあるの?」
「ここはね、ママが子供の頃、お兄ちゃんと見上げた空よ」
「お兄ちゃん?」
「そうよ、あなたのおじさん。この雲が無い真っ青な空はね、『カエルラ・カエルム』って言うの」
「えっ、なにそれ」
「ときめきのスカイブルーってことよ」
子供は不思議そうな顔をして、青い空を見た。
(そうよね、お兄ちゃん・・・)




