11.フェーズ2
(なにか起きるのか・・・なにも感じないけど・・・)
亜錬は周りを見てみたが、何も変化はない。
しかし、しばらくして見ていたブルー時間の秒カウントがゆっくりになり、やがて45で止まった。
(とっ、止まった・・・時間が止まったのか?・・・)
そして、44,43、42と戻り始めた!
あっという間に凄い速さで時間が戻っていった。ブルーの時間は、早過ぎてもう数字が見えない。
目の高さにあったグリーンとブルーの数字は、少しずつ上へと上がっていく。
(俺の背が縮んでいるのか?・・・)
それは、いつしか見上げる高さになっていた。
(うぐ・・・いっ、意識が・・・遠くなって・・・いく・・・)
緑と青の数字が霞んでいき、亜錬の視界全体が真っ白になった。同時に押しつぶされるような、凄い重圧が身体全体にかかってきた。
(・・・ぜっ、全身が痛い・・・・・・おっ、俺は・・・このまま・・・死ぬのか・・・くっ、くそー・・・)
亜錬は、重圧を跳ね返すように身体全体にチカラをこめた!
(負けて・・・負けてたまるか・・・俺は行くんだ・・・あの時に・・・ぜっ、絶対に・・・・・・絶対にいいぃーーー!)
はっ!
車道の信号が赤になり、車の流れが止まった。
自分の身体が横断歩道に向けて、今飛び出そうとしている!
(やばいっ!)
亜錬は自分自身を止めた!
その反動で足が地面から浮き、歩道に尻餅をついた。
ギャギャギャギャーーー、
真っ黒いタイヤ痕を残して、転んだ亜錬の目の前を車が走り去った。
亜錬は、尻餅をついたまま走り去る車を目で追った。
(あの車だ・・・間違いない)
一瞬の間があったが、信号待ちで止まっていた車が動き始めた。
(・・・やった・・・ぎりぎりで間に合った・・・)
「おい、坊や、大丈夫か?」
亜錬のすぐ後ろで、カバンを持ったサラリーマン風の男が声をかけてきた。
その声を聴いた亜錬は、素早く起き上がり、何も言わずに駅裏へ向けて走った。
「ハア、ハア」
後ろを向き、追いかけてくる者は誰もいないことを確認した。
心臓が爆発しそうだったが、時間とともに落ち着いてきた。
大きく見える自販機にコインを入れ、オレンジジュースを買った。
(へっ・・・よく考えりゃ、なにも5時にすることなかったんだよな・・・4時くらいにしときゃ、こんな焦ることもなかったのに・・・)
亜錬は乾いた喉に、オレンジジュースを一気に流し込んだ。
(やっぱ、俺はバカだな・・・)
苦笑いを浮かべて、亜錬は自販機の横に座り込んだ。
(さて、息も落ち着いてきたし・・・前と同じように、遠回りをして帰るか・・・)
立ち上がり、時間をかけて自宅に戻った。辺りは、もう真っ暗だ。
玄関のドアノブに手をかけた。やはり鍵がかかっている。
塾のカバンから、携帯を取り出した。
そして、息の飲んで携帯のディスプレイを見つめた。
ギャンガラ、ギャンガラ、ギャンガラ
「もっ、もしもし、」
「亜錬か・・・今から市民病院に来れるか」
「れっ、玲奈は、玲奈は無事なのか」
「無事に決まってるだろ。また、いつもの発作だ。救急車で、だいぶ前に病院に着いたから大丈夫だ」
「よかった・・・」
亜錬は地面に座り込んだ。
「お前、よく玲奈だとわかったな。母さんが入院したかも知れないのに」
「えっ、なっ、何言ってんだよ。母さんは丈夫だろ?」
「なんか急に高校生みたいな言い方だな。頭でも打ったのか?」
「バ、バカなこと言うなよ、打つわけねえだろ・・・タクシーで行くから、病院で待っててよ」
「・・・そうか。お前が着いたら、母さんと3人で晩飯でも食おう」
「わかった。じゃ、後で」
亜錬は電話を切った。そして、ふうーっと一息吐いた。
見上げた夜空には、まばらな星と月が浮かんでいた。
(これでいい・・・そう、これでいいんだ・・・)
「あっ、拓真」
改札を出る手前で、舞が外にいる拓真に手を振った。
「もう着てたのね、」
「俺より遅いって、どういうことだ?」
「ごめん、ちょっと寄り道してた」
「2分遅刻だぞ」
「大祐は?」
「今来たよ」
舞が振り返ると、大祐が改札を出て走ってきた。
「あ、舞さん、同じ電車だったんですね」
「あんた、拓真より遅いってどういうことよ」
「もしかして必要になるかもって、暗証ロック解除の機械借りてきたんですよ」
「暗証番号なら、ここに入ってるぞ」
拓真は、自分の頭を指で差した。
「えー、なんだ、早く言ってくださいよ。これ結構重かったんですから」
「まあ、どっちにしろ必要無いさ」
改札の柱にある時計を見ると、10時3分だった。
「あいつ、来ないですかね」
「100%来ないね」
大祐は、背負っていたリュックを床に置いた。
「ちょっとベンチに座らないか。長いこと立ってて腰が痛くなってきたよ」
「まだ若いのに、おじいさんみたいよ」
3人は、構内の大きな窓の下にあるベンチに座った。
夏の太陽の日差しが、容赦なく差し込んでいる。
「亜錬は、妹が死んだ日に転送時間を変えたはずだ」
「おお、やっぱりそうですか。シナリオ通りですね」
「へぇー、そうなんだ」
「あれ、舞さん、ミッションのシナリオ読んでないんですか?」
「読んだわよ、あたしが関係してるとこだけね。他はどうでもいいでしょ?」
「なんか大雑把ですねー、」
「あんた、あたしに喧嘩売る気?」
「あいつは妹の死後、性格が180度変わった」
二人の会話を切るように、拓真がつぶやいた。
「亜錬の母親に聞いたら、幼稚園や小学校の頃は活発で外交的だったらしいですよ」
「でも、妹が死んだのだから、それは仕方ないんじゃない?」
「それはそうだが、まあ1年、遅くとも3年くらい経過すれば、概ね元の性格に戻るはずだ。しかし、亜錬の場合はそれがない」
「妹の死因ってなに?」
「生まれた時から心臓が弱くて、時々発作を起こしてたそうですよ」
「ふーん、心臓か、」
端に座った拓真は、横にいる2人の顔を覗き込むようにして言った。
「亜錬は他人には言えない闇の部分を持ってる。それは救急車で運ばれ死亡した妹の死と、何か関係があると俺はにらんだ」
「そう言えば、あいつがちゃんと笑ったとこ、俺一度も見たことないですよ」
「当時の救急搬送の記録を調べたんだが、要請の入電が17時10分。救急車の現着が17時21分。そこから、いつも診ているドクターがいる病院へ向かったが、搬送途中で渋滞に巻き込まれ、前にも後ろにも進めなくなったらしい」
「病院には行けなかったの?」
「到着したが、救急車の中で息絶えたようだ。救急車が病院に到着したのは、18時42分」
「それじゃ、死んじゃうわね、」
「あー!田所さん、もしかして・・・」
「ビンゴ」
「えっ、なに?どういうこと?」
そうだったのかという表情を浮かべている大祐と、ニンマリしている拓真を見ながら、舞は一人取り残された感を味わった。
「ちょっと拓真、説明してよ」
「大渋滞の原因を作ったのが、他でもない亜錬なんだよ」
「ええーっ!まじで?それじゃ、自分の手で妹を殺したようなもんじゃない」
「だから、奴は妹を助けるために、いや自分のミスを取り返すために、妹が死んだ日に戻ったってわけだ」
「でも、拓真。なんで亜錬が渋滞を起こしたって知ってるわけ?」
「実際に見たからだよ」
「えっ、見た?」
「あ、じゃ田所さん、過去に行ってたんですね」
「タイムマシンは、5機あったんだよ。俺は亜錬の妹が死んだ日に行き、奴の行動を監視した。あいつは塾を途中で抜け出し、なぜか駅前に向かって走り出した」
「あれ?亜錬には、本体の実施例が無いって言ってなかった?」
「無いと言った方が、その場のリアリティが増すんだよ。あると言ったら、あいつは逆に俺達を疑うだろう」
「ふーん、そんなもんかなー、」
「奴は見るからに急いでいた。駅前の交差点の信号が変わってすぐに横断歩道を渡ろうと飛び出したとき、信号無視の右折車と接触しそうになった。車は亜錬を避けようと急ハンドルを切ってスリップ、回転しながら信号待ちの車列に突っ込んだってわけだ」
「それが原因で渋滞になったのね」
「そうだ」
「でも、過去に戻って妹を助けられたのなら、ここへ来てもおかしくないんじゃない?」
拓真は前を向き、ベンチに深く腰を掛け足を組んだ。
「奴の性格分析からすると、自分を犠牲にして家族ではない他人を助けるという自己犠牲が乏しい。乏しいというより、無いと言い切った方がいいかもな」
「なんだ。じゃ、最初からデリーターを止める気なんて無かったってことね」
「でもそれは、こちらも予め分かっていたことだ」
「だったら、頭に銃でも突き付けて脅せば良かったじゃない?」
「舞さん、それはちょっと過激っすよ」
「なに、なんか文句あんの?」
「ないです、」
「舞の意見は、まんざら間違っちゃいない。それも、ひとつのシナリオだろう。だが、お前達に言いたいのは、これは絶対に失敗が許されないミッションだということだ」
「・・・そうね、忘れてた」
「拳銃を突き付けて脅せば、99%成功するかもしれないが、残りの1%の失敗する可能性がある。99%じゃダメなんだよ」
「拓真は、今のシナリオが100%成功するって思ってるのね」
横にいる舞に顔を向け、拓真はニヤリと笑った。
「ああ、100%成功する。時間と労力をかけて、作り込んだシナリオだ。こんな回りくどい事をしてるのも、そのためさ。そして、ここまで100%シナリオ通りだ」
拓真はベンチから立ち上がり、うーんっと背伸びをした。
「だいぶ腰も落ち着いてきたな。よし、」
舞と大祐も、ベンチから立った。
「さて、舞、西田。フェーズ2といこうか、」
「りょーかい!」




