01.プロローグ
駅前へ続く大通りを、亜錬は走っていた。
晩秋の夕方。
オレンジ色の冷たい空気が、町を染めている。
亜錬の吐く息は薄っすら白くなっていた。
進学塾を適当な理由で早退した後ろめたさはあったが、
待望の新作RPGが買える嬉しさの方が勝っていた。
目指す家電量販店が見えてきた。
店の前には、人の列が見える。
(マジかよ、まだ列があるのか)
走りながら、亜錬はくそっと呟いた。
左腕のスマートウォッチは、17時5分と表示している。
(あと10分しかない・・・)
急ぐ亜錬は、赤信号に止められた。
ここを渡れば、量販店は目の前だ。
ハアハアと肩で息をしながら、信号が変わるのを待った。
(なにやってんだ、早く変われ!)
車道の信号が赤になり、車の流れが止まった。
(よし!)
飛び出した亜錬に、凄いスピードで右折してきた車が!
ギイイーー、ドーン、ガッシャーーン!
タイヤがアスファルトに削れる音がした直後、右折してきた車は急ハンドルでガードレールに激突し、信号待ちしている車に突っ込んで横倒しになった。
反射的に両手で頭をかかえた亜錬は、ゆっくり目をあけた。
横倒しになった車の部品が粉々に割れ、道路に散乱していた。
白い煙とエアバックが開いている運転席から、うーんとうなり声をあげて運転手の男が空に向けてドアを開けた。
その時、亜錬は何の音も聞こえなくなっていた。
男がシートベルトをはずし、ゆっくり車から這い出すその映像だけがスローで見えている。
頭から出血していた。
亜錬は急激な鼓動の高鳴りを感じた。
次の瞬間、亜錬は駆け出した。
どこへ向かって走ったのか、自分でも全く覚えていない。
夕闇の駅前を、無我夢中で走った。
ハアハア、
気がつくと反対側の駅裏の自販機の前にいた。
周りには人通りはなく、亜錬は肩で息をしながら自販機の前に座り込んだ。
心臓が爆発しそうだったが、時間とともに落ち着いてきた。
亜錬はコインを入れ、オレンジジュースを買った。
そして、一気に喉に流し込んだ。
喉はカラカラに渇いている。
いつしか、辺りは真っ暗になっていた。
亜錬はゆっくりと立ち上がり、大通りを避けて遠回りで家に向かった。
救急車のサイレンが微かに聞こえたが、首を横に振り何も聞こえないと自分に言い聞かせた。
塾から帰る時間に合わせるように、寄り道をしながら歩いて帰った亜錬は、自宅玄関の扉の前にいた。
ガチャ、ガチャ
鍵がかかっている。
(えっ?誰かいるはずだけど・・・)
ギャンガラ、ギャンガラ、ギャンガラ
「うわあぁ!」
亜錬の派手なスマホの着信音が鳴った。
ディスプレイを見ると、かけてきたのは父親だった。
「もっ、もしもし、」
「亜錬・・・今すぐ市民病院に来い」
「病院?」
「玲奈が・・・」
「玲奈?また倒れたの?」
「・・・死んだ・・・」
「えっ、」
死んだ?
亜錬は、全く理解できなかった。
妹は心臓が弱い。
倒れて救急車で運ばれたことは、これまでに何回かあった。
「亜錬、聞いているのか、亜錬!」
「しっ、死んだって・・・嘘だろ?」
「母さんも病院にいる。とにかく今すぐ市民病院に来るんだ、いいな!」
その言葉を最後に、電話は切れた。
心の整理がつかないまま、亜錬は通りでタクシーをつかまえ市民病院に向かった。
受付で妹の名前を伝えると、霊安室に案内された。
扉を開けると、白い布を顔に被されている妹がいた。
母親は動かない妹の手を握りながら、床に崩れるように泣いていた。
入ってきた亜錬をチラッと見て、父親は言った。
「いつもの心臓発作で救急車で運ばれたが、駅前通りの道路が事故か何かで渋滞してて・・・病院に着いたときには・・・もう・・・」
亜錬の心に稲妻が走った!
(じっ、事故で渋滞・・・まっ、まさか・・・)
「どうした?」
父親は、亜錬の引きつった顔が気になった。
「お前、何か知っているのか?」
父親は亜錬の肩を揺すった。
「亜錬!」
「あなた、やめて!この子は塾だったのよ!」
母親の言葉に、父親は手を止めた。
「そうか・・・塾か・・・」
「まだ小学2年生なのに・・・」
「ほんと、かわいそうにねー。もともと心臓が弱かったから」
「倒れて救急車で運ばれたけど、道路が渋滞で病院に行けなかったらしいわよ」
後ろの席で、親族と思われるおばさん達の会話が聞こえていた。
僧侶の読経が流れる中、小学校の制服を着た亜錬はパイプ椅子に座っていた。
正面には、白いユリの花に囲われて笑ってる幼い妹の写真があった。
亜錬は終始無言だった。
悲しさよりも、今のこの状態が信じられなかった。
あの父の電話から今この瞬間のことは全て夢であってほしい、
何度も何度も心の中で、亜錬はつぶやいていた。
父親の言葉が終わると、棺の蓋が開けられ最後の別れの時がきた。
亜錬は、その時初めて妹の死に顔をちゃんと見た。
そのまま目を開けてもおかしくない、生きているときそのままの顔だった。
お兄ちゃん・・・
棺に花を入れてようとした亜錬は、ビクっとなった。
ゆっくり後ろを向くと、壁際に玲奈が立っている。
「れっ、玲奈!」
亜錬の手から、花が床に落ちた。
お兄ちゃん、あたしを助けて・・・
玲奈は音も立てずに、空中を流れるように亜錬に近づいてきた。
思わず、後ずさりする亜錬。
お兄ちゃん・・・お兄ちゃん・・・
「玲奈ー!」




