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6「派手に死ねや、テメェはよ!」

 キバル的に色々と気になるところはたくさんあるが、ひとまずは馨を助けて脱出することが先決である。なんせ、この連中が大量に持ち込んだからなのかなんなのか、ボロボロのソファーやら棚やらが通路を塞いでいて、この部屋に到達するまでにかなり手間取ってしまったからだ。

 あくまで自分がノックアウトさせたのは、あの金髪男と取り巻き連中のみ。恐らくそいつらに憑いている“ドロイド・ボーン”はまだ無傷で存在しているのだろう。本当ならば魔法少女とやらに変身してそいつらをぶっ飛ばすべきなのだろうが――正直未だに、フリフリ衣装を着る覚悟ができたとは言えないわけで。しかも教え子の前であるわけで。

 ひとまずリーダーの男の両腕両足だけでも縛っておこう、と決める俺である。他の奴らも憑依されていたのかどうかわからないが、少なくとも身動き取れない状態でほったらかされている彼もお仲間が目覚めれば助けて貰えることだろう。あくまで自分は生徒を助けに来た教師だ(まあ暴力はふるってしまったが)、殺人につながりかねない行為がしたいわけではないのである。


「先生、俺……」

「ん」


 出口に向かって歩きながら、馨が俯いて言った。


「奥で、兄貴が捕まってるんです。助けて欲しい、です。他に仲間がいるかもしれないけど……」

「わかった。お前を外まで送ったらそうする。さっきの奴ら見ててわかっただろーが、なんか奴らやばい状態だったみたいだしな。化け物に取り憑かれてるような奴らに、真正面からぶつかるこたない。さっさと兄貴だけ助けてトンズラするに限る」

「……ですよね」


 何だろう、さっきから馨の顔は暗い。荷物も持っているし、結局お金も渡さずに済んだ。連中もひとまず気絶させたし、兄を助ける算段は一応とは言え立ったというのに。


「俺、足手まといってこと、ですよね」


 どうやら、外まで馨を送ってから、というのに引っかかってしまったらしい。兄貴はキバル一人で助ける――自分は必要ない、と。どうやらそう受け取ってしまったようだった。

 彼も一人で此処まで来た身だし、いっぱしの男である。本人なりのプライドもあったことだろう。


「ごめんなさい、弱くて」

「何言ってやがる」

「だって。……俺が兄貴を助けに来なきゃって。俺だけが助けられるんだってそう息巻いてて……結局、先生に助けられてる。いつもそうなんだ。俺、強い兄貴に助けられてばっかりで。蒼天山の幹部だからって白い眼で見る人もいるけど、俺には自慢の兄貴だったんだ。父さんと母さんがあんまり家にいない中で、いっつも兄貴が遊び相手になってくれたし、いじめられたら助けてくれたし……」


 じわ、と馨の眼に涙が浮かぶ。


「俺だって、変わりたかったんだ、新しい自分に。兄貴を助けられる強い男になりたかったんだ。でも、結局言われるままお金を持っていっただけだし、結局びびって震えてるだけで、先生が捕まえられた時も何もできなくて……」


 本当は、喧嘩でさっきの連中をブチのめせるくらいの強さが欲しかったのだろう。それができない自分が悔しくてたまらなかったのだろう。

 気持ちはわかる。だが、それはあまりにも無茶がすぎるというものだ。馨は身長140cm代の小柄な体である。中学生男子の平均身長よりも小さい。これから伸びるかもしれないが、そんな人間があんなガタイのいい不良どもを相手に大立ち回りなどできるはずがないのだ――それこそ格闘技をみっちり子供の頃から習っていれば話は別だったかもしれないが。

 きっとそんなことは、馨だって十分分かっているだろう。だからキバルは、全く別の言葉で励ますことにしたのだ。まごうことなき、今の自分の本心を。


「弱くなんかねぇよ。弱い奴が、一人で兄貴助けにこんな不良の巣窟なんかに来るもんか」


 障害物だらけの汚い通路を通り、積み上げられた荷物が崩れないように注意を払いつつ。キバルがぶっ壊したままになっている、裏口のドアへと向かう。


「此処まで一人で兄貴助けに来る勇気を持つ奴が、弱いわけねぇ。そもそも本当に弱い奴てのは、力がない奴のことじゃない。自分の弱さを認める勇気がねぇ奴のことを言うんだ。お前はそれがある。臆病者でもなんでもねぇよ」

「先生、でも……」

「そもそもお前が奴らのところに来てきっちり話長引かせてくれなきゃ、俺が突入してくるまでの時間稼ぎもできなかったかもしれねーんだぜ?何でもものは考えようだ。お前が欲しい強さとは違うかもしれないが……俺は、お前も立派な勇者だと思うぜ。よく頑張ったな」

「…………」


 馨は何も言わず、やがてこくんと頷いた。納得できないことがあっても、それを喚くでもなく自分の中で噛み砕いて糧にしようとする。やはりこの子は強い子だ。将来はでっかい人間になってくれることだろう。

 歪んで開きっぱなしになっているドアから彼を外に出すと、すぐに兄貴を連れてくるからな、と言い残して自分はさっきの部屋に戻った。ボーリングを遊ぶためのホールだった部屋だ。大して時間も過ぎていないし、まだ奴らは転がされたままだと思うのだが。


――そういや、いつの間にかいなくなってるけど、コアラの奴はどこに行ったんだ?まさかまだ中に残ってるのか?それともおっさんの魔法少女が見たくなくてどっか隠れてんのか?


 これでも道を覚えるのは得意な方だ。筋肉も身長もあるが比較的痩せているからだつきのせいで、狭い通路を通るのにもそう苦労はない。

 先ほどの部屋の奥にある部屋に、彼の兄貴は捕まっているらしい。そこまで考えて“あ”と小さくキバルは声を上げた。


――やべえ。俺、あいつの兄貴の顔知らねーぞ……。


 どうしよう、他の奴らと顔の区別がつかなかったら。わかりやすく“捕まってます”的な感じで縛られてくれていたらすぐ分かると思うのだけど、必ずしもそうとは限らないわけで。


――仕方ない。最悪連中の一人を殴って吐かせるかー。


 やや物騒なことを考えながらホールに戻ってきたキバルは、眼を見開くことになった。


「な!?」


 いない、のだ。あのダーク・エレメンツ化させられていたであろう、金髪ツンツン頭の男が。確かに座席の下に転がしておいたはずだし、他の取り巻き連中はその場で伸びたままになっているというのに。


――ど、何処行きやがった!?馨を外に送り届けてから、三分も過ぎてないはずだってのに……!


 嫌な予感がする。周囲を注意深く見回していた、その時だった。




 ずん。




「!?」


 腹の底に響くような、地響き。ぶわっと全身の毛が逆立つような感覚を覚える。

 実際に地震が起きているわけではない。これは、本能的な警鐘。何かとてつもなく“ヤバイ”ものが近くにいると、本能が察して自分に警告してきているのだ。


――な、何だ。何が起きたってんだ……!?


 まさかさっきの奴が。そう思った瞬間、ずるるる、と滑るような音が聞こえた。反射的に身を転がした瞬間、さっきまでキバルが立っていた場所をずるんっと数本の触手が滑るように通過していく。

 連なった青い椅子の下から、触手が伸びていた。そこに、さっきキバルがノックアウトしたばかりの男が、倒れた姿のままかっと血走った眼を開いてこちらを睨んできている。


「よくも、やりやがったなテメェ……痛かったじゃねえか」


 さっきまでの彼は、確かに“人間”だった。おっさんの触手プレイを想像してうっかり隙ができるあたり、憑依されていても本来の人格を完全に失っていたわけではないのだろう。いや、もしかしたらそれも取り憑いているドロイドの性格なのかもしれないが、それでも触手さえ出していなければ普通の人間となんら遜色がない様子であったように見えたのだ。見た目がどう、ではない。言動が、気配が、様相が――だ。

 それが、今の彼は。

 人間の姿は保っているものの、明らかに異質だった。ずる、ずる、とまるで蜘蛛のように地面から這い出してくる。その眼は充血し、瞳孔が開き、顔全体が異常なまでに紅潮している。ただ怒っているというだけではない、明らかに常軌を逸しているのだ。


「あーあーあー……こっちも騒ぎにするのは嫌だからよ。これでも穏便にハナシ済まそうとしてたんだけどよお。やめだやめだ。こうも地球人ごときにナメくさった真似されて黙ってたら、ドロイドの民の恥だっつーな?」

「お前っ……!」

「ギャラリーがいねぇのが寂しいが……まあいいや。派手に死ねや、テメェはよ!」


 瞬間、素早く立ち上がった男は両手を挙げた。そう、右手だけではない、左手も、だ。まさかと思った瞬間、両腕から同時に大量の触手が伸びてくる。それは鞭のようにしなり、キバルを殴打せんと襲い掛かってきた。


「うわっ!」


 反射的にボールリターン(ボウリングのボールが吐き出される機械のことだ)の影に隠れる。ズガン!と弾丸でも発射されるような凄まじい音がした。マジかよ、とキバルは唖然として呟く。機械の外装が歪み、破壊され、中の配線や骨組が一部むき出しになる。ばちばちと火花を散らせるそれを見てぞっとした。人間が殴られたら一瞬でトマトになれそうな勢いである。

 いや、一番の問題はそこではないだろう。

 かなり危険な賭けにはなるが、まだ眼で追えない速度ではないし、自分の足なら触手攻撃を避けることも不可能ではなさそうだ。問題は、さっきのように金髪男をノックアウトさせても、取り憑いているドロイド・ボーンをやっつけない限り何度でも蘇ってくるであろうということである。

 しかも、三分足らずで復活したともなれば。もう一度気絶させても、馨の兄貴を無事に連れ出して脱出できる隙ができるかは非常に怪しい。


――そもそも、相当ブチキレてるみてえだ。こいつを今どうにかしないと、最悪俺や狭霧兄弟に報復行動に出るかもしれねえ……!


 どうする、と自問自答する。

 本当のところ答えはわかりきっていた。このまま自分だけ逃げるのは簡単だ。けれどそれでは、大事なものを守れない。

 自分は、自分のままでは救えない。

 新しい自分にならなければ――変身しなければ。


――恥だなんだと、言ってる場合じゃねぇってか……!


「おらおらおら!隠れてばっかり、避けてばっかりじゃラチあかねえだろお!?仕掛けて来いよ、選ばれし者サンよお!」


 男は小悪党のテンプレートのようなことを喚きながら、触手を振り回している。やるしかない。今しか、チャンスはない。


――えええい、ままよ!


「“ホーリーパワー・ステージオン!”」


 ポケットに突っ込んだままのチャームを握って、叫んだ瞬間。キバルの体を、真っ白な光が包み込んだのだった。

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