1「僕と契約して魔法少女みたいなやつになってよお!」
「僕と契約して魔法少女みたいなやつになってよお!」
「は!?」
鴨井キバルは、口をあんぐりと開けてすっとんきょうな声を出した。目の前の、子犬っぽい外見をした、見た目だけは超可愛い謎の生物。そいつが突然、どこぞの魔法少女アニメのゲスいキャラみたいなことを言い出したからからである。
思わず周囲をきょろきょろっとするキバル。しかし、ここはキバルが一人で借りているアパートの一室。当然、部屋の中にはキバル以外に人間はいない。つまり、この謎の子犬っぽい喋る生き物が語りかけた相手は、まごうことなく自分以外にあり得ないということである。
「あの」
とりあえず、キバルは正直な感想を漏らした。
言いたいことは山ほどある。犬っぽい生き物が喋ることも、そもそも鍵がかかったこの部屋にどうやって入ったのかもツッコみたいが、今はそれ以上に。
「お前、正気か?頭大丈夫かマジで」
魔法少女。それがどういうものなのかは、アニメやマンガで見ているので知っている。というか、キバルは子供の頃から漫画が大好きな人間だ。部屋にはずらずらっと少年漫画も少女マンガもエロ漫画も青年漫画もありとあらゆる漫画が揃っているほどである。
近年は場所を考えて電子書籍で購入することが増えたが、それでも漫画好きなことには変わりない。魔法少女、なるものが出てくる少女マンガもいくつか読んでいる。小学生や中学生くらいの、眼が大きくてキラキラした可愛らしい美少女が、フリフリの服に変身して悪と戦う物語――という認識で大体間違っていないはずだ。まあ最近は、変化球のものもいくつかあるし、ヤンキー娘が魔法少女になったとか男子高校生がスカウトされてしまったとかそういうのもあった気がするが、それはさておき。
鴨井キバル。年齢、四十二歳。そろそろ本格的におっさんに片足を突っ込み始めた年である。
無駄に背ばっかり高くて、体育教師をやっているだけでそこそこ筋肉もついている。でもって、自分でも悲しいくらい自覚しているが非常に目つきが悪い。中学時代から高校時代まで喧嘩をして明け暮れた最大の理由は、こっちが何もしてないのに“テメェガンつけてんじゃねーよ!”とヤンキーどもに絡まれて喧嘩を売られたからである。その結果、そっちの道に入る気もなかったのにキバルも長年教師たちにも生徒達にもヤンキー扱いされていた。なんとも理不尽な人生である。
まあ、何が言いたいかというと。
おっさん、元ヤン、ガタイがいい。この三拍子そろってて、一体何がどう間違って魔法少女に選ばれることになるのかさっぱりわからないということである。可愛い美少女、の“か”の字もないではないか。そういうのはもっと、フリフリの服を着ても違和感がないような女の子に頼むべきだろうに!
「俺、おっさんだぞ?目つき悪いぞ?体でけぇぞ?こんな俺が魔法少女のフリフリなドレス着てみろ、何が起きると思う?」
「視覚の暴力ってやつだね、知ってる!」
「わかってんじゃねぇか!下手したら変質者扱いで捕まるんだよざっけんな!!」
「僕だって嫌だよ、本当はもっとこう、ロリ顔できょぬーで太ももムッチムチの美少女を選びたかったんだよ!!」
「欲望に忠実すぎるだろお前!!」
やばい、ツッコミ追いつかない。柴犬っぽいくるんとしたシッポをフリフリしつつ、自らの願望をシャウトする謎生物。もしや、本当にやむをえない事情があって仕方なく俺に声をかけた、というやつなんだろうか。
いやだからって、人の住んでるアパートに不法侵入してくるんじゃねーよと言いたいところだが。
「僕だってね……僕だってね……おっさんの魔法少女とか嫌なんだよお」
犬もどきは、しくしくと泣きながら目元をこする。お前、中に人間入ってんじゃねぇの?と俺は心の中でさらに追いツッコミ。
「でも仕方ないんだよ。僕の魔力と適合できる人間、この地球広しと言えどほんとおおおおおおに数少ないんだから。百万人に一人の確率とかほんとナメてるとしか思えないよね?でもってそれでも候補者を五人も見つけた僕って超頑張ったと思わない?むしろめっちゃ褒めて欲しいんだけど?」
「じゃあ俺以外の四人に声かけろよ」
「アンタがいろんな意味で一番マシだったの察して!!」
「ええええ……」
四十二歳のオッサンが一番候補者の中でマシって、いったいどんな人選だったんだ。知りたいような、知るのも恐ろしいような。少なくともこいつの物言いからして、その面子の中に“可愛いロリ系美少女”が含まれていなかったのは確かである。
「とにかく!あんたには何が何でも、魔法少女になってもらうんだからね!拒否権ないの!!」
「ってぇ!?」
がつん、と額に何かがぶつかった。ごろんと畳の上に転がったのは、でかいピンクの星型の石がハマったチャームのようなものである。仮にもこれから魔法少女を依頼しようという人間の顔面に向かって、変身道具をブン投げるマスコットが一体どこにいるというのか。
「ドロイド・ボーンの脅威は、もうそこまで迫ってるんだから!」
犬モドキはぷんすこしながら、俺の前で仁王立ちした。いやお前、二足歩行できるんかーい!
「あんたしかいないの!他の四人に頼るとか嫌なの!それに触って“ホーリーパワー・ステージオン!”って叫べば変身できるんだからね!あんたがいくらおっさんでも!おっさんでも!目つき悪いおっさんでも!」
大事なことだから三回言ったんですねわかります。
キバルは額をさすりながら、やや涙目で思ったのだった。
***
あの柴犬っぽい見た目の生き物は、名前を“コアラ”と言うらしい。犬なのに何でコアラって名前なんだややこしすぎるだろ、とキバルは思う。何でも、彼が元々いる惑星では“コアラ”というのは“祝福の妖精”を表す名前であるというのだ。地球の、ただのんびりハッパ食べてるばっかりのお気楽な生き物と一緒にしないでほしい!と彼はぶんぶんシッポを振りながら言った。まあ一緒にはならないだろう、見た目はどう解釈しても柴犬、それも一歳未満の子犬にしか見えないのだから。もふもふ好きとしてはちょっとキュンと来る外見ではある。言ってることはめちゃくちゃだけれど。
そう、コアラは、いわゆる異星人というやつであるらしい。ナントカっていうやったらめったら長い名前の惑星(長すぎて覚えられなかった)からやってきた異星人であり、実は地球人が認識していないだけでしょっちゅうこの惑星に降り立って調査をしていたのだという。コアラを始め、彼らの惑星の住人はみんなこの惑星の何かしらの動物に酷似した外見をしている。そのため、こっそりもぐりこんで調査をするのには非常に適しているらしかった。
ちなみに、具体的にどんな仲間がいるのかと尋ねてみると。
『サルって名前の小鳥とか、ブタって名前の鼻の長い灰色の巨体の仲間とかがいるよ!』
『それ本当に偶然名前が被ってるだけか?ややこしいし悪質すぎね……?』
こんな具合である。特にブタって名前の象の姿の生き物って、いろんな意味で気の毒すぎやしないだろうか。本当にわざとじゃないのか?とツッコミたくもなろうというものだ。
で、そのコアラ達が地球を重点的に調査している最大の理由は。この地球の環境が、全宇宙の中でも生命が発展しやすい環境を備えており、多くの異星人たちが欲しがるような資源をたくさん備えているからだというのだ。彼らの惑星は、他の惑星の住人達がむやみやたらに異星侵略をしないよう監視する役目をも担っているらしい。地球を狙った悪い異星人が来訪していないかどうか、侵略行動を開始していないかどうか。それを常に確認して回っていたというのだ。
そして、その結果判明したのが――惑星国家“ドロイド・ボーン”の連中が、地球侵略の準備を始めているという情報である。
地球を守り、ひいては宇宙の平穏を守るため、コアラ達は行動を開始したのだそうだ。惑星間条約を破って侵略行動をする異星人が出た場合、コアラ達が狙われた惑星の住人に力を貸して、自衛するだけの能力を与えるのが規則となっているらしい。
で、その力というのが。いわゆる地球で“魔法少女”に該当するものだというのだ。
コアラ達の魔力と“型”が合う人間を探し出し、ドロイド・ボーンを倒すことができる能力を与え、地球人自らに異星人を討伐・追放させようというのである。まあ、地球人の魔力とコアラ達の魔力の適合率が異様に低かったせいで、本来ならば“適合しても候補から外されそうな”いかにもおっさんなキバルに声がかかってしまったというわけらしいが。
『……俺、魔法少女じゃなくて、魔法剣士みたいなのがいーんだけど。それならほら、ラノベの主人公みたいでカッコいいじゃねえかよ』
『残念ながら僕の権限ではコスチュームの変更ができません。潔く諦めてください』
『マジでか』
『マジです。ていうかできるならとっくにやってると思わない?誰がおっさんに魔法少女になって欲しいと本気で思うと思ってんの?』
『ああ、うん……』
お願いしてきている立場のはずなのに、何でこうも横柄なんだろうあの犬モドキは。キバルは呆れるしかなかったが、まあそもそも地球を守るために来てくれたというのだからあまり無下にできるものでもないのだろう。ちなみに、空間転移能力があるらしい彼らは、鍵がかかった部屋でも問題なく出入りすることができるとのこと。キバルのアパートに不法侵入していたのは、そういうわけだったのである。
ちなみに、しばらくは犬のふりしてキバルの部屋に居座ると宣言してきた。ペット禁止のアパートなのにどう誤魔化せばいいのか。本当に迷惑なヤツである。
――信じたくねぇけど、こうもいろいろ見せられちゃ……まったく信じないわけにもいかないんだよな。少なくとも、喋ってテレポートする犬がそこにいるのは間違いないわけで。
本当にどうしてくれよう。キバルは昨夜の出来事を思い返しながら、自分の職場の門をくぐった。
魔法少女とかそれ以前に、自分にはやるべきことがある。
|龍羅川市立龍羅川中学校――そこが、キバルが長年追い求めてきた“教師”という夢の場所だ。元々あまり勉強が得意ではなかったこともあって、結局勉強を教える教師ではなく体育を教える教師を目指すことになったのだけれど。
忙しいが、可愛い教え子達との充実した毎日がそこにはある。
今の自分にとっては、魔法少女なんてぶっとんだ話より、ずっと大切なことに違いなかった。




