【短編】クラスの姫を痴漢から助けたら、今度は俺が毎朝痴漢されることになった。一体誰が犯人なんだ……?
満員電車。それは地獄だ。
汗と香水の混ざった匂い。梅雨よりもジメっとした湿気。そして何より、四方八方から押し寄せてくる人の壁。
俺、里見翔太は毎朝恒例となった満員電車による洗礼を受けながら、激しい後悔に襲われていた。
──都内の高校を選んだのは失敗だった! 偏差値が高いから進学したが、毎朝こんな思いをするぐらいなら地元の高校にしておくべきだった。ふと、平日でもガラガラだった地元の私鉄を思い出してしまって思わずウルっときた。
が、今更そんな後悔をしてももう遅い。この山手線が高校につくまでの10分間、心を無にして耐えるしかない。
俺が虚ろな目でつり革を見つめていると……
「……っ」
俺の目の前にいる中年の男性。その向こう側──そこに、俺と同じ制服を着た少女が見えた。
140cmもない低身長に、栗色のロングヘア。小動物のような愛らしい見た目が特徴の、クラスメイトの西宮沙織だ。
その愛らしい外見と丁寧な物腰から、クラスの皆から「姫」と呼ばれている。実際、どこかの王族と言われても不思議じゃないぐらい美少女なのだ。
むろん俺も健全な男子高校生なので、彼女のことは嫌いじゃない。
しかし、なにやら彼女の様子がおかしい。よく見なければわからないレベルだが、小さく体が震えている。
「っ……」
彼女と目が合った。その瞳は潤んでいて、頬も紅潮している。
痴漢だ。
状況を理解した俺は、目の前の中年の男の腕を掴む──前に、ポケットからスマホを取り出し、中年の顔を撮影した。
「な、なんだよキミは!」
写真を撮られたことに驚いた男が俺を見る。俺はその腕を掴み、西宮から遠ざける。
「痴漢ですよね、見てましたよ。次の駅で降りましょう。逃げたらあなたの顔写真をSNSにアップします」
「ぐ……」
逃げられないと悟ったのか、男は素直にホームへ降りた。駅員には「冤罪だ!」と喚き散らしていたが、周りの人間の証言もあり、無事にお縄となった。
「里見くん、ですよね? 同じクラスの」
「そうだよ、西宮さん」
「その……ありがとうございましたっ。あの男の人、凄い怖くて……触られてから、こえもあげられなくて。あなたがいなかったら、私──」
西宮さんが感極まった声で感謝の言葉を伝えてくる。それだけ俺に恩を感じているらしい。でも、それは俺も同じだ。
「いや、お礼を言いたいのはこっちだよ」
「え?」
「西宮さんのお陰で、満員電車から抜け出せたからね」
通勤ラッシュからズレたお陰で、電車はガラガラだ。快適快適。
そんな俺の答えに彼女は目を丸くし……
「なんですかそれ。ふふっ」
頬をゆるめ、楽しそうに笑った。
その笑顔に思わずドキっとしたが、いけないいけない。俺みたいなモブが彼女に惚れても振られるだけだ。
翌日。またも満員電車。
また西宮さんに会えたらいいな、なんて淡い期待を抱きながら、俺は死んだ目で満員電車に揺られていた。
ふと、臀部に違和感。誰かの腕が当たったのか。そう思った瞬間──
──さわさわさわさわさわっ!
「ッ……!」
くそっ……事故で5サワもするわけない。明らかに、明確な意思を持って誰かが俺のケツを触っている。痴漢だ。
おいおい。待てよ。俺は男だ。別に髪を伸ばしているわけでも、中性的な顔立ちをしているわけでもない。俺みたいな男子高生を狙う痴漢とか、どんな変態だよ。
ぞわぞわと鳥肌が立つ。同時に怒りを感じた。早くこの変態をとっ捕まえて警察に突き出そう。
そう思って、俺は頭だけで背後を振り向く。そこには──
「おはようございます。里見くん」
西宮さんがいた。
え、まさか西宮さんが痴漢を……いや、常識的に考えてそんなわけないな。クラスの姫が俺を痴漢するわけない。
そうだ。俺は痴漢が後ろにいると決めつけていたが、満員電車なら横や前からでも尻を触れるのだ。実際、昨日の痴漢は前から西宮さんを触っていた。後ろにいる彼女を犯人と決めつけるのは早計だ。
今も変わらず、俺の尻は誰かに触られている。仕方ない。痴漢の腕を掴んで犯人を明らかに──いや、待てよ?
クラスメイトの女子の前で「僕、痴漢されているんです」なんてカミングアウトするのか?
それはなんというか……あまりに恰好がつかない。というか、この話が広まれば絶対ネタにされる。そんなの、あまりに嫌すぎる。
せめて犯人の顔だけでも見ておきたいが、ここまですし詰め状態の満員電車だと、俺の尻を触る腕を見ることすら出来ない。
「今日も凄い満員電車ですね……」
「そ、そうだね」
「朝からこうだと、気が滅入ってしまいます」
「わ、わかるわー」
西宮さんは俺の窮地なぞ知らず、世間話を振ってくる。怪しまれるわけにはいかないので、俺は普通に受け答えをするが……
──さわさわさわっ!
ひぃっ! いまめっちゃ触った!
「ふふ、どうしたんですか里見くん。耳が真っ赤ですよ」
「えぁっ? いや、ほら、満員電車って暑いじゃん?」
「それもそうですね。ふふっ……」
西宮さんが微笑む。思わずドキッとする。そして痴漢が俺の尻を触る。思わずゾワっとする。
意中の相手と喋りながらエロい事されるだなんて。エロ同人誌でよく見るシチュじゃないか。まさか自分がエロい事される側になるなんて夢にも思わなかったけどな。
翌日。またも満員電車。
昨日のアレは最悪だった。まぁでも、一回ぐらいなら人生経験として悪くはなかった。将来、飲み会とかでネタにできそうだし。そうポジティブシンキングをしていたのだが……
──さわさわさわっ!
「ひぃっ!?」
出た! 出たよ痴漢。
驚いた。しかし、それ以上に恐怖だった。この触り方……間違いなく昨日と同一人物だ。まさか2日連続なんて。明らかに俺をターゲットにしてる。
しかし、今日は昨日とは違う。すぐさま捕まえて警察に……
「おはようございます、里見くん」
「に、西宮さん……!?」
俺の真横に西宮さんが立っていた。くそ、これじゃ痴漢を捕まえられない。
「ひぁっ!?」
「ふふっ。どうしたんですか里見くん」
「べ、別に? ──ぐぅっ!」
こうして俺は昨日と同じエロ同人シチュを経験することとなった。
翌日。
昨日のアレがトラウマになったので、今日は時間をずらして別の電車に乗った。こうすれば流石に3日連続で痴漢されることはないだろう。しかし……
──さわさわさわっ!
な、なんで!?
恐怖だった。3日連続、それも時間を変えたのに痴漢してくるだなんて……。警察に突き出すつもりだったが、俺は完全に固まってしまった。背中に嫌な汗が流れる。
怖い。
俺の乗る電車を知っていたということは、ホームから俺を見ていたということだ。それだけ執念深いやつを刺激したら、どうなるかわからない。もし痴漢を捕まえたとしても、逆恨みで殺されるなんてこともあるかもしれない。
耐えるしかないのか。安全を考えるならそうするしかない。けど……これから通学する度、毎朝痴漢されるなんて。俺に耐えられるのか?
また、真横に西宮さんが立っていた。
「おはようございます。里見くん」
「に、西宮さん……?」
おかしい。どうして時間を変えたのに西宮さんが同じ電車に乗っているんだ。
思えば、昨日も一昨日も西宮さんは俺の近くにいた。
ひょっとして、こいつが犯人なんじゃないか……?
「里見くん、いつもと時間が違いますね」
「……西宮さんこそ」
「今日は少し寝坊をしてしまったんです。昨日、ドラマを見ていたら寝るのが遅くなってしまって……ふぁ」
西宮さんは小さくあくびをした。それを見られたのが恥ずかしかったのか、顔を赤くして俯いた。
「さ、里見くんも寝坊ですか」
「ま、まぁそんなところかな」
「……大丈夫、ですか? 顔色が悪いように見えますが」
「大丈夫だよ」
「本当に?」さわさわ
「……」
「里見くん……最近、無理してるんじゃないですか? 昨日も様子がおかしかったですし」さわさわ
「そ、それは……」
「里見くんは優しい人です。でも、何か辛いことがあったら頼って欲しいです……私は一度、あなたに助けてもらったのですから」さわさわ
「西宮さん……」
……こんな性格のいい女の子を疑っていたなんて、俺はなんてクズなんだ。
ケツをまさぐられながら、俺は激しく後悔した。
「ごめん西宮さん。でも、平気だから」
「そうですか……」
「……けど、一つだけ頼んでもいいかな?」
「はい」
「これから毎朝、一緒に登校しない? 電車通学は暇だからさ」
「……はい! こちらこそよろしくお願いしますっ」
それから俺は毎朝痴漢され続けた。来る日も来る日もケツを触られ、キンタマを掴まれた。でも、辛くはなかった。西宮さんがいてくれたから。
そうして1か月が経過した、ある日のこと。
「なぁ西宮さん。放課後空いてる?」
「はい。どうしたんですか」
「少し話したいことがあるんだ」
俺は西宮さんを校舎の屋上に呼び出した。
「どうしたんですか、里見くん」
「その……西宮さんに伝えたいことがあるんだ」
「えっ……」
西宮さんが顔を強張らせる。緊張しているようだ。
その反応を見て、止めようかとも思ったが、今更後には引けない。
「俺──西宮さんが好きなんだ!」
「ごめんなさいっ──って、え?」
「や、やっぱりダメか……?」
「あ、いや、今の『ごめんなさい』はそういう意味じゃなくて……」
?
少し釈然としないが、どうやら振られたわけではないらしい。
とりあえず、俺は話を続ける。
「あのさ、俺、西宮さんに隠してたことがあるんだ」
「実は俺、この前から変質者に付きまとわれててさ。……捕まえたくても、逆恨みが怖くてできなかったんだ」
「毎朝現れる変質者に怯えて生活するのは、本当に辛かった」
「でも、西宮さんが一緒にいてくれたから俺は耐えられたんだ」
「俺は西宮さんが好きだ。付き合ってください」
彼女は呆気に取られたようで、その大きな瞳には驚愕の色が満ちていた。そして……
「よ、よろしくお願いします」
小さな声だったが、確かにそう言った。
その後、俺たちは屋上から夕焼けに染まる街を眺めていた。
「その……いいの? 俺なんかで」
「俺なんか、なんて言わないでください。里見くんだからいいんです」
「ははっ、ありがとう。でも、本当に付き合えるだなんて……変質者のお陰だな。お礼を言わないと」
「そ、そんな必要ないですよ! まったく……それにしても、毎朝お尻を触ってくるだなんて、最低の変態ですね。許せません」
リスのように頬を膨らませて怒る西宮さん。
……俺は。
その、破滅的な一言を聞き逃さなかった。
「……ねぇ、西宮さん」
「なんですか?」
「俺、尻を触られたとは一言も言ってないよね」
「え……」
それから5分後。
俺の目の前には、屋上で土下座する西宮がいた。
「出来心だったんです……」
膝をついた痴女は語り始めた。
どうやら西宮は、痴漢から救ってくれた俺のことが気になっていたらしい。
俺と仲良くなりたい。けど、話しかける勇気が出ない。
そんな時、目の前に俺のケツがあった。
思わず触ってしまったらしい。
「めっちゃ興奮しました……!」
めっちゃ興奮したらしい。
いけないこととは分かっていても誘惑に抗えなかった西宮は、それからも俺のケツを触り続けた。
「ちんちんも触りました」
ちんちんも触ったらしい。
「な、なんてこと言わせるんですか! 恥ずかしい……」
うるさいな痴女。早く捕まれよ。
また、彼女は池袋駅で山手線に乗り換える。俺と同じだ。だから俺が電車の時間を変えても、ホームで待っていた彼女は俺を見つけることが出来たらしい。
そして今日に至る。
なるほど。なるほどね。
俺は小さくため息をついた。
「……やっぱ告白なかったことにしていい?」
「え、えぇ!? どうしてですか!?」
「いや、告白した相手が痴漢狂いの痴女とか……無理じゃん」
「だ、ダメです! 1度告白したじゃないですかっ……!」
なんか泣きそうになってるけど、泣きたいのはこっちなんだよなぁ……。
「里見くんがいけないんです……そんないい体で誘ってくるから……うぅ……」
「流石にガチの犯罪者と付き合うのは抵抗あるからさ。明日からは他人同士ってことで……」
「そんなぁ!」
うるうると瞳を潤ませる西宮は、まるで小動物みたいだ。けど、俺はそんな涙に騙されない。こいつは痴女で変態で犯罪者だ。例え100万円を渡されても、そんなおかしな人とは付き合いたくない。俺の固い意志を舐めるんじゃない。
「どうすれば付き合ってくれるんですか……?」
「どうもこうもないよ。西宮が日本の法律に従って自分の罪を償ってくれたら考えるかな」
「罪を……償う……」
噛みしめるようにその言葉を口にした西宮。そして赤く頬を染め、彼女は言った。
「さ、触っていいです」
「え?」
「さ、里見くんも……私の体、好きにしていいですから。だから、付き合ってくれませんか……?」
……。
あー……。
……まぁほら。こっちだけ痴漢されたままっていうのもアレだし。
「……よ、よろしくお願いします」
「はいっ!」
別に体に釣られた訳ではない。断じて。
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隣の席の橋本さんが僕にだけ聞こえる声で「好きな性癖」を呟いてくるんだけど、どう対応したらいいんだろう
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