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 現実逃避の睡眠だが、記憶にあるここ数年で最も深い眠りに落ちた。ぐっすりと9時間も寝て、ベッドから這い出した私が夢ではないという現実を受け入れてダンジョンの様子を確認した時、そこには昨日とは全く違う面影すら無い状況が広がっていた。


 まず一目見ただけで分かる。緑が増えている。水面にぷかぷかと浮かんでいる達磨草は間違いなく増えている。一体どうやって増えているのか? とにかく数株しかなかったはずの浮き草がもう既に水面の三割ほどを覆っている。

 これをただの水草だと判断した自分をひっぱたかなければならない。達磨草がここまで変わっている以上、ほかの二つもどうなっているのか予想もできない。そう思って水中を覗いたが、期待を超えてくることはなかった。

 一目見ただけでは何も変わらないように見えた。ただ知識がある人間が見れば、雄雌一匹ずつしかいないが、水草の影にはいくつもの卵がびっしりと張り付いているのが見えた。

 ここにある卵がかえれば一体何匹増えるのか……どうやら最初の三種類は繁殖力に特化したタイプだったらしい。

 最後の一種類のザリガニを探したが見つけることができなかった。戦力一覧というパソコン上の機能を用いて確認したところ、生存していることは間違いなかった。しかし水中を見渡しても見つけることはできなかった。


 間違いなく戦力は増し始めている。ここまで増えるのが早いならやりようがある。特に遮蔽性が高い達磨草を使ったトラップ主体のダンジョンという明確な形が見え始めている。これなら何とかなるかもしれない。一縷の希望が差し込んできていた。

 ポイントも僅か5Pではあったが増加している。おそらく召喚にかかったポイントの十分の一が毎日手に入り、死んだら0になるゲームの時代と同じシステムだろう。そうなるとこの収入と侵入者の撃退ボーナスのみが収入源になる。解放まではボーナスは手に入れられないが残り一ヶ月。何とかダンジョンを完成させるための道筋が見えていた。

 人間はどうしようも無い状況や、何をすれば良いのか分からない状況よりも、目の前のこと一つ一つをこなしているときの方が集中し、高いパフォーマンスを発揮できる。この時の私は自分が何故この部屋から出られないのか?出る方法はあるのか? という疑問から目をそらし、とにかく言われたとおりにコアを守るためのダンジョンを作ることに集中していた。




 3つの大陸と4つの大国、そこに付随するいくつかの小国で構成されているこの世界で、突然全世界で同時多発的に異変が起きていた。

 3つある大陸の内の一つ、ランセルス大陸は中央部に宙を支える神を宿しているといわれる山脈地帯の麓では、最近生活用水として使われていた河川の異常が見受けられていた。その緊急事態を受けて、モディヴァという街では会議が行なわれていた。


「今回集まってもらったのはほかでもない、我々の生命線でもあるベラル川についてじゃ」

 白く染まった髪の毛を後ろに流した老練な男性は鋭い目を出席者全員に向けた。しかし、その反応は想定通りではあったが、求めていた物とは違った。しらけたような無関心さに思わずため息をつきそうになるが、それを押し殺す。

 この街の支配者であるアラン・ディ・マルクにとっては頭を悩ませる見慣れた光景だった。商業部門、傭兵部門、魔術師部門、三つの部門のそれぞれのリーダーが強烈な影響力を持っているため、支配者であるアランですら彼らを無視することはできない。しかし、彼ら自身にその自覚が薄く、それぞれ金に武力に魔術と自分たちの興味を持っている物にしか関心を示さない。

「水質汚濁に新種の生物が発見されている。これらの調査を行なおうと思っているが皆の意見を聞きたい」

「興味ないねぇ、そっちで勝手にやってくんな」

 歴戦の戦士の風格を漂わせる男はあくびをかみ殺し、そっぽを向いた。傭兵部門のリーダーは我関せずの姿勢をその場にいる人間全員にわかりやすく見せた。

「こっちとしてはさっさと解決してもらいたいもんですねぇ、その辺もう検討ついてるんでしょ」

「魔術的な影響はほとんど見られない。我々は上流で環境の変化を引き起こしたと仮説を立てている」

 小太りの中年男性と表現されるような商業部門のリーダーが出した質問と、陰湿な印象を受ける若者の答えにアランは食いついた。

「もう既に見当がついているのか?」

「可能性が最も高いのがそれだと言うだけで、ただの推論に過ぎない。あなたが求めている解決策を出すには調査がいる」

「ならば私がその調査を正式に依頼する」

「無理だ。高価な実験器具を抱えて上流に向かい、最低でも数週間に及ぶキャンプをする必要がある。そうなると護衛兼労働力に傭兵を野党必要がある」

 魔術部門のリーダーの男はその視線で何よりも雄弁に語った。その視線の行く先には傭兵部門のリーダー。

「勘弁してくれ、これからかき入れ時なんだ。あんたも分かるだろ?春までは俺らの手も空かないよ」

 今の季節は秋、農業をしている人間が手を離せないこの季節は傭兵達にとってはかき入れ時だ。この時期に金を稼ぎ、一冬を超える。そのため彼らにとってこの時期の予定はずっと前から決まっている事が多い。この秋もその例に漏れることはなかった。


 調査は必要、だがそのための人では春まで手に入らない。この議論は堂々巡りに陥り、結局春に調査に出向くと言うことで結論を出した。悠長な決定だったが、アランは雨期の前に何らかの形で手を打てると言うことに胸をなで下ろしていた。その見通しの甘さが彼らの最大の失敗になった。


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 ダンジョンを解放してから数日。ベラル川上流、地図には描かれていない巨大な湖こそが下流に影響を与えていたダンジョンの正体だった。水深が平均して50センチほど、深いところで80センチのこの湖を見て、狭い自室でダンジョンマスターの男はその日の夕食を決めた。

「今日は魚だな」

 この部屋に閉じ込められてからおよそ一月、人間とは怖い物でこの環境に慣れ始めていた。ポイントを使うことで食材や水分を手に入れることができる事に気づいてから、そこに不安を感じることはなくなり、一日20P程を目安に食事をたしなむようになって居た。

 ポイントを使用し魚を購入する。するとこれまで押しても引いても開かなかったクローゼットが開くようになり、中には魚が一匹入っている。捌いて食事を楽しんだ後はゴミを蓋付きのゴミ箱に投げ入れれば良い。

 ゴミ箱がどこに繋がっているのか?注文した物はどこから来るのか?一切分からないが、こうして使用することが正しいのだろう。というよりも投げ入れた物が地面につく音も聞こえず、投げ入れたライトが一瞬で見えなくなったこのゴミ箱に関しても、魚が突然湧き出てくるクローゼットなど余り触れるべきものではないだろう。


 1日に約100ポイントの収入を手に入れられるようになってから、この食事だけを楽しみに生きていた。そんな唯一の娯楽を味わいながら見ていたダンジョンの映像では一つ異変が起こっていた。

 卵からかえって数日でみるみるうちに成長し、体長10センチ以上にまで成長していたメダカのうちの一匹が一瞬で頭を失っていた。力なくその体を地面に横たえたメダカの元に地面の中から巨大なザリガニが顔を出した。

 この狭い箱庭の中で完全に生態系の頂点に立った鋏海老は、無尽蔵に増えているメダカを食いながらどんどんと成長し、つい先日卵を産んだらしく腹にびっしりとつけていた。一匹しか召喚していないにもかかわらず卵を産んでいることから考えて、単性生殖が可能という環境省も真っ青な生物だった。


 体長50センチ程まで成長しているその体の中でも一際目立つ異様にデカイ右の鋏が持つ切れ味は凄まじく、例え挟む物が人間であっても骨ごと容易く切り裂くだろう。

 どんどんと巨大化していくモンスター達に合わせて、彼らがいるのはもともと大部屋を三つ繋げた状態になっていた湖。その水面を八割近く達磨草が覆っていた。


 メダカをむさぼっていた鋏海老は満足したのか、自分の巣に戻っていった。掘られた穴蔵の巣に戻った姿を確認して、周囲を泳いでいたメダカが鋏海老の食べ残しを一斉に食べに来た。

 普段は達磨草の影に隠れて、水中のプランクトンを食べているメダカだがとんでもない雑食で、鋏海老の食べ残しは彼らが綺麗さっぱりとかたづけてしまっていた。


 この偏った環境下に適応し、新しいタイプに変化している生物がいることに私はまだ気づいていなかった。


 地面に散乱したメダカの骨に糞、そこには多くの栄養が堆積している。池を覆いつくさんとばかりに広がり、密集している達磨草がそこに生活圏を求めたのも仕方ないことだった。落ちた欠片から根を張り、水中に漂う個体よりも強く大きく成長する達磨草はほかの生物たちに新しい環境を与え、その環境に適応し新しい個体が生まれていく。

 モンスター達の共通の特徴、それは異常な成長速度。世代を重ねることで少しずつ変わっていき、最適化していく彼らはまだ種族として生まれたて、言うなれば真っ白なキャンバス。この進化の速度も今だけ、このスピードについてこれない生物は死に絶えていく。それが自然の摂理なのだから……   


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