死の罠の人命救助
地下迷宮への下り道。
俺はぼそりと呟いた。
「……どれだけ繰り返されてきたんだろうな」
「え? なに?」
聞きつけたクモが問いかけてくる。
「いや、俺達は今こうやってダンジョンの奥へ奥へと進んでいるだろう? でも、俺達以外にも沢山の冒険者達がいる」
「そりゃそうね」
「そいつらみんな、同じ事をしてきたわけだ。ダンジョンと呼ばれるこの大穴に潜り、怪物と戦い、宝物を手に入れ、時に死ぬ。それってどのくらい続いてきたんだ?」
「何十年もよ。この大地に空いた大穴が見つかってからずっと。大穴から湧いてくる怪物達を討伐し、探索する冒険者達が集まってきて……。それから、そいつら相手に商売する連中が穴の周りにへばりついて街を作りあげて……その間ずっと同じ事をしてきた。七王の戦いの最中でも、冬の混沌が顕現した時でも変わりなく、ここでは冒険者が死んでいく」
「詳しいんだな」
「少しは歴史を知っている。ただそれだけよ」
「……そして、今日の俺達もそれを繰り返すというわけだ」
「ちょっと違うのは、あたし達は今回、怪物とは戦わないで死にかけの冒険者を手に入れるって点ね。それであんたの言っていた、死にかけ冒険者がいそうな場所っていうのはどこ?」
「大きな空洞で広場のように開けた階層だ。ごつごつした岩場で、更に下へ向かう道が三本続いている。クモも知ってるんじゃないか?」
「ええ、心当たりはあるけど……そこって比較的浅い階層じゃない?」
「ああ、だからもうすぐ辿り着く」
「でも、なんでそこに死にかけの冒険者がいるって思うの? ギルドに遭難者の救助依頼でも出ていた?」
「聞いた話なんだが、最近、その辺りにミノタウロスが出没して何人もやられているんだそうだ」
「ミノタウロス? 中層程度に勢力を広げている牛頭達?」
「ああ、そいつははぐれ者なのか一体だけでうろついているらしい」
「そいつが今日も誰かそそっかしい冒険者を餌食にしてるかもしれないわけね。でも、さすがに一体だけならもうとっくに倒されてるんじゃない?」
「ところが、なんでもそいつはいくら突いても刺しても立ち上がってくる不死身のミノタウロスだって噂だ。鉄瓶ボッシュの一党がそいつにやられたって話もある」
「あの鉄鎧でガチガチに固めた戦士集団が? へえ……。でも、不死身の怪物なんてあんたにお似合いじゃない?」
「なにがだ?」
「殺さないで済むでしょ? だって、殺せない敵なんだから。殺すのが嫌なあんたは不死身の怪物にあったら安心するの? あたしは嫌だけど」
「俺だって嫌だよ」
「気が合うわね。嬉しくないけど。で、そんな不死身の怪物のいる場所にあたし達は向かってるわけ? ……バカじゃないの? そいつに出会ったらあたし達二人でどうしろっていうのよ?」
「……戦わないで、そいつがどこかに行くまで隠れて待とう」
「そんな都合良く、相手があたし達を見逃してくれたらありがたいわね」
「……無駄話は控えよう。そろそろ、目的の階層だ。ミノタウロスに聞きつけられたいなら別だが」
俺達は大穴を降る道から横穴へと入っていく。
発光するコケやキノコの薄ぼんやりした明かりの中、広い空間へと出た。
「……クモ、頼めるか?」
「魔法? 仕方ないわね」
「……どうだ? 何か感じるか?」
「……ここ周辺で助けを求める心の声は聞こえない」
「今使ってる魔法の範囲はどれくらいなんだ?」
「精神感応で読み取れる範囲ってこと? 視界が届く距離ってところ……片目分だけどね」
「ここの広場ならほとんど全域入りそうだな。でも、助けを求める者はいない、と……。もう少し奥の階層に潜らないとダメか」
「行き倒れて助けを求める冒険者なんて、闇雲に探しても見つかるものじゃないわね」
「……ミノタウロスに襲われて、逃げる途中で力尽きた奴がいるんじゃないかと思ったんだが……」
「かつがれたんじゃない?」
「不死身のミノタウロスは与太話だったってことか?」
「そう。例えば、この階層へ人を寄せ付けないように脅かそうとして作られた話。もしくは新米冒険者のびびる様子を酒の肴にしたくてでっち上げられた虚像」
「……だとしたら、当てが外れたな。ミノタウロスの犠牲者じゃなくて、普通に行き倒れている奴がここら辺にいないか……?」
「ここみたいに浅い階層だと普通危険も少ないし、ミノタウロスの噂がデタラメだったとしたら、倒れてるのは余程の新人でしょうね」
「! ……しっ!」
「……やめてよ」
「……何かいる……」
「……冗談でしょ……」
「……ほら、あそこ……ミノタウロスか?」
「……ああ、もう……今のあたし達で生き残れるわけない……」
クモは吐き出すように呻いた。