寺院にて2
俺は聞き返す。
「依頼? 何をしろって言うんだ?」
「徳を積んでもらいたいのです」
「うん? どういうことだ」
「人助けですよ、人助け。この街の中心であるダンジョン。冒険者なら誰もが足を踏み入れたことがあるであろうその場所で、一体どれほどの人が亡くなっていると思います?」
「……そりゃあ、新米から伝説級まで数多くの冒険者が挑んで道半ばで倒れていったんだろうな」
「私どもアバン寺院はその数を少しでも減らしたい。有能な冒険者、将来世界を救いうる冒険者達を、あたら死の女神の元に帰らせるべきではない、そう考えるのです」
「なんだ? ダンジョンは危険だから封鎖しろとでも言うのか?」
「いえ、そういうわけではなく、単に冒険者達の生還率を上げたいという話です。ダンジョン内で傷つき動けなくなった冒険者達は大抵そのまま放置され、怪物達にとどめを刺されるか傷口から腐って死んでしまいます。手当さえすれば十分助かる命なのに、です。ですから、そんな倒れた冒険者達を見つけ出し、手遅れになる前にこの寺院まで連れてこられれば、きっと悲しい思いをする者は減るでしょう」
「手遅れになる前に連れてくれば、そいつを助ける奇跡を授けてやるっていうのか? でも、その金は? お布施が必要なんだろ?」
「手当が早ければ早いほど、必要な癒やしの奇跡は簡易なもので済むのです。冒険者の遺体を持ち込まれて成功率の低い蘇生の奇跡を試みさせられるより、死ぬ前に傷を清め、癒やす方がずっと手間も費用もかかりません。有能な冒険者達を失わずに費用も抑えるには、迅速に癒やしの奇跡を授けることが肝要、そう私は思っているのです」
「……そうやって助けた奴が貧乏人だったら? 簡単な奇跡に見合うだけのお布施すら払えないような冒険者だったらどうする? 寺院まで連れてきたはいいが結局見殺しか?」
「どうも私達アバン神の信徒を誤解されているようですね。我々は負傷者を見殺しになどしません。命を繋ぐのに必要な奇跡は授けますとも。傷ついた人々を癒やすのは我等僧侶の勤めですから。まあ、必要最低限な奇跡にはなりますし代価として何らかの仕事や苦役をこなして貰うかもしれませんが……死ぬよりはマシでしょう?」
「……結局、お布施というか金で全てが決まるってことか」
「そうだとしても、これはあなた方にとって利のある取引になると思いますよ」
「取引?」
「先程申し上げたでしょう? 一つ依頼を受けていただきたい、と。その私どもの依頼というのは、ダンジョン内で行き倒れた冒険者を連れ帰ってくること。そうすれば、そちらの方の目を治しましょう」
「先に直してはくれないのか?」
「直しただけで約束を守っていただけるか心許ないですからね」
「信用できないって事か。まあ、そういうこと言い始めたら、俺達がそこら辺で転んで頭を打って唸っている奴を、ダンジョンから連れ戻してきた、と偽る怖れもあるわけだが……」
「さすがに、ダンジョン内で自力で動けないような傷を負った者と街中で怪我をした者の程度の違いはわかりますからご心配なく」
「……しかし、ダンジョンから行き倒れを助けて連れ帰れ、と口で言うのは簡単だが相当危ない仕事だろう。怪物達が徘徊し、罠もある。ダンジョンで身動きできなくなったってことはその原因が近くにいるわけで……助けに行ったはずが逆に怪物達の餌になるまである」
「ええ、危険です。そして、尊い行いでもあります。危険を冒して人を助ける。それはアバン神の御心に添う善行でしょう」
「……善行……」
「もちろん、この依頼を断っても構いませんよ」
「……誰か行き倒れを見つけて、連れ帰るだけでいいんだな? 怪物達と戦って殺したり殺されたりしなくていいんだな?」
「ええ、そうです。戦う必要はありません。隠れて逃げ回ってでも、結果として傷ついた人を救えるならその行いは神の覚え高きものとなるでしょう」
「……なるほど。わかった。なら、その依頼、受けさせて貰おう」
「ちょっと待って、サトシ。あたしはまだ何もやるもやらないも言って……」
「クモ、お前はここで待っていろ。俺が勝手に引き受けたことだ」
「……はあ? なに? どういうこと?」
「ダンジョンへは俺が行き、誰か傷ついて動けないでいる冒険者を見つけて連れてくる。そうすれば、お前の目は治してもらえて、俺はヘマの埋め合わせをできる。……それでもう貸し借りなしだ」
「一人で行く? あんた正気なの?」
「戦わないでダンジョンに潜るだけなら、むしろ一人の方が見つかりにくくていいだろ」
「あんたが行く必要ないじゃない! なんであんたがあたしの左目のために……!」
「お前の目がそうなったのは俺の所為なんだから、その落とし前をつける。それだけだ。なに、戦わないでもいいんだから、危なくなったら逃げて、また挑戦していればいつか……」
「……戦わない、つまり怪物達を殺さないでもいいから引き受けたってわけ?」
「いや、戦ったら俺の方が殺されるから戦わないだけだが」
「……結局、あんたは殺せない奴なんだね。殺さないで済む理由を見つけて、それでもダンジョンに潜りたい……。本当に冒険者には向いていない、風上にも置けない奴なんだから……あたし達が必死になって生き残ろうと殺し合いをしている中、あんただけは手を汚したくなくてごちゃごちゃ言ってる」
「……ああ、そうかもしれないな。俺は冒険者として役立たずのクズなんだろう。お前や赤髭、ナナツメから見たらムカついて当然だ。でも……」
俺はアバン神の僧侶に目をやった。
「……戦わなくても、殺さなくても、役に立てることはあるらしい」
「……あたしも行く。いや、ホントならあたし一人で行かなきゃいけないんだろうけど……片目のあたしだけじゃどうしようもないだろうから、あんたに一緒に来て欲しい」
「うん? 俺と一緒にダンジョンに潜るって……いいのか?」
「……ホントのこと言うと、あんたとはもう絶対に組みたくない。でも、これはあたしの目の問題なんだ。だから、一緒に行くよ。あんたにだけ行かせて、あたしが手を汚さないでいるなんて、まるであたしが大嫌いなあんたみたいになっちゃうから」
クモは痛み消しの奇跡だけを受けた。
それから俺達は町の中央にぽっかりと口を開けるダンジョンへと向かう。