冒険者に不向きな男
苦い酒亭にて。
広い店内に荒くれ者達の喧噪。
そんな中、俺達は重苦しい空気を纏ってテーブル席についていた。
「……サトシ、お前はもうダンジョンに潜るの止めろ」
宣告は無慈悲だった。
「お前じゃダンジョン攻略には力不足だ。今までご苦労だったな」
パーティリーダー赤髭の仏頂面。
「え……? それはつまり……俺はこのパーティからお払い箱って事か?」
「このパーティからだけじゃない。他の奴らと組んでダンジョンに潜るのも止めろ。お前に付き合ってたら誰かしら命を落とす」
俺は何とか食い下がろうとする。
「いや、待ってくれ……。俺はまだ探さないといけないんだ。ダンジョン探索から抜けるわけには……」
「だったら、あんた一人で潜んなさいよ! あたし達を巻き込ないで!」
灰色のローブを纏った魔術師クモが喚いた。頭に巻かれた血止めの布が痛々しい。
その傷口に向けて手をかざしている僧侶ナナツメも呟く。
「……邪悪な敵を前にして、奴らに剣を向けるのを躊躇うような者は善とは言い難いのではないでしょうかね……」
端正な顔立ちのそのハーフエルフはダンジョンから戻って以来、一度たりとも俺と目を合わせようとしなかった。
「あんたがちゃんと殺さないからあたしはこんな目に遭ってるんだよ! 前衛が盾になって守ってくれないんじゃ、もう一緒に潜れない」
「今回はたまたま逃げられた」
赤髭がぎょろ目を俺に向けてくる。
「だが、盾役がこれからも敵の息の根を止めずに見逃し続けるなら、次は誰かが死ぬだろう」
「あれは……もう傷ついて戦う意志はなかったようにみえたんだ。武器を捨て、血だらけで……命乞いをしていた」
「ゴブリンの命乞いを信じたの!? あんた一体、その歳になるまでどうやって生きてきたの!? 頭の中、お姫様かなにかなわけ!?」
「クモ、あまり興奮すると血止めの奇跡が効きません。少し落ち着いて……」
「ねえ、ナナツメ? あたしの傷、治る? 治るよね?」
「……私の起こせる奇跡は血を止め、傷を塞ぐことしかできません。痕は残るし障害も残るでしょう……」
「ウソでしょ!? あたし……左目が……!」
俺はなんといって良いかわからない。クモはいつも威勢が良く、可愛らしい少女だった。なんでもできるという自信に満ち溢れた少女。その左顔面に醜い刀傷が一生残るのだ。
「クモ……その……すまなかった」
「……うるさい! バカ! あんたみたいな間抜け、見たことない! 殺さないで済まそうとするなんてどれだけ甘ったれてるの!?」
赤髭の声は沈んでいた。
「お前の異常なタフさなら盾役としてうってつけだと思って仲間に加えてみたが……俺の完全な見込み違いだった」
「なあ、もう一度チャンスをくれ。俺はどうしても妹を助け出してやりたいんだ。パーティに置いておいてくれ」
「ダメだ。基本的にお前は向いてない。殺すのを躊躇うような奴は論外だ」
「だって、相手は普通に喋るんだぞ。話ができる相手を、降伏した相手を問答無用で殺すなんて……」
「怪物達の言葉に耳を貸す。それがお前が向いていない理由だよ。俺達は皆、息を吸うように奴らを殺せなきゃいけない。そんなこともできないお前は、この世界じゃクズだ。いかに高い能力を持っていようと、子供以下だ」
「殺さなくて済むなら殺さない方が良いじゃないか。人を殺すのは良くないことだろう」
「人じゃない、怪物共だ。汚らしい、邪悪な化け物だ」
「話せばわかるかも知れないのに……」
「お前のいた異世界ではそれで良かったのかもしれん。俺には随分とおかしな世界に思えるが……敵は殺さない、殺してはいけない、とな。だが、ここじゃ違う。いつまで元の世界の気分でいるつもりだ? 殺せない奴は使えない奴だ」
「わかった、次はどんな相手だろうとちゃんととどめを刺す。だから……」
「もう終わった話だ、サトシ。お前はもう俺達の仲間じゃない。他のパーティに潜り込もうとするんじゃないぞ。これはお前のために言ってるんだ。もうダンジョンに関わるな。そうでないと、お前、死ぬぞ」
「そうよ、この街から出て行きなさいよ! この疫病神!」
クモは喚き、赤髭は溜息を吐く。
ナナツメのよそよそしい視線を浴びつつ、俺は項垂れた。
ここを追い出されても何の当てもない。
突然、この世界へと迷い込んだ俺に頼れるものなどあるはずがなかった。
「……今日は厄日だな。こんな形でメンバーを失うことになるとは。俺達ももう潮時かもしれん。どこかのパーティに入れてもらわにゃならん」
「何言ってるの、赤髭? 役立たずの前衛が抜けただけじゃない。今度はちゃんとした戦士を見つけて声をかければ……」
「いや、今日失ったメンバーは二人だよ、クモ。半分失ったんだ。もうウチはおしまいだ」
「……え?」
「お前も今までご苦労だったな。その怪我じゃもうダンジョンに潜るのは無理だ。田舎に帰って養生するといい」