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いよいよ遠くから地響きのような僅かな振動とドドドドとでもいうような足音であろう音が響いてきた。
ここはククルの谷の上。ククルの谷は今は乾季で川がほぼ干上がっている。その川底を今回の魔物たちが進んでくるようだ。川の側面は雨季には流れの早い川らしく登れるようにはできていない。だが、ここより先、分岐点があり、そこへ辿り着かれてしまうと谷の側面を登ることができて混戦になってしまう。
チャンスは1回。ここで食い止めなくてはいけない。
「絶対にここを通しません!ユイさん、力を貸してください!」
そう言って私の手を握った。
ふんわりと優しく包むようにではなく、しっかりとまるで離さないとでもいうような力強さで。
「はい。もちろんです。頑張ってくださいね」
力強く握られた手に勇気をもらったように、地響きのような音も緊張も全て霧散した。ただあるのはこの手の暖かさだけのようで、そんな場合ではないとは分かっていても幸せを感じずにはいられなくてついつい頬が緩んでしまう。
時間がとってもゆっくりスローモーションに感じて当たり前のように握られた手を私からも強く握り返した。
そこからは目隠しをされているため、戦況が全くわからないが、時々飛ばされるゴベ爺さんの気合い?の声とたまに至近距離での破裂音からの何かに衝突するような音。
正直、普段の私ならパニックを起こしてるだろう状況。しかも今の私は目隠しをしていて視覚を完全に塞いでいる。それなのにこんなにリラックスできているのはきっとライルさんの呟くように紡がれる魔法の詠唱があまりにも心地いいからだ。思わず繋いだ手を絡めて密着してしまっても、反対の手で抱き止めて力強く支えてくれていて、まるで心配はない安全地帯にいるような安心感がある。
ついこの暖かな体温と安心感からうとうとして微睡み始めてしまった。
「嬢ちゃんびびって気絶でもしちまったか?」
「どうも寝てるみたいだ。…父さん、ユイは人間だよな?なんでこの大陸にいるんだ?」
「詳しいことはよくわからねぇがいきなりエデナの森に飛ばされたらしい。転移魔法なんてもんはここ数百年扱える奴ぁいねぇし、嬢ちゃんのいた場所の名前にも聞き覚えのねぇ名前だった。大きな声じゃ言えねぇが伝承の導き人かも知れねえってカミさんと話してたとこだ」
「なぁ、ユイは俺の姿を受け入れてくれるかなぁ?」
父にこんな相談をしたのは初めてだ。案の定、目を丸くしてポカンとしてる。しかしすぐいつもより真剣な顔になった。
「当ったりめぇだろ!今まで面と向かってあってなくても一緒に暮らしてただろ?嬢ちゃんは相手の面で対応変えるようなケチなヤツか?ちげぇだろ?外でもそうだ。村一番の色男のテリーもたまに醜男と言われてるゲッテンにもおんなじ対応してんぞ!お前もうじうじ何年引きずってんだ!どうせゴブリーの娘が好きだったとかじゃあるめぇし、しっかり前向いて進みやがれ!」
あまりの喝に寝ているユイが眉間に皺を寄せ身じろいだ。が、バランスを取ろうとライルが支えたらそのままライルの胸当てのベルトを掴みさらに密着し、へらりと幸せそうな寝顔を晒した。
「……」
「もぉいいんじゃねえか?そのまま目隠しも取ってやれよ」
◇◆◇
村へ帰り、戦場後の処理を自警団に丸投げし、眠るユイをベッドに寝かせた。ベッドの横に椅子を持ってきてしばらく寝顔を眺めていると黒いまつ毛がフルフルと震えた。起きると思ったら緊張でこっちが震えてきた。
本当にユイは俺を受け入れてくれるのか?ユイのまだ見ぬ瞳が恐怖の色に染まることはないのか?自問自答が目まぐるしく過ぎっていく。
「「……」」
ユイの目が少しずつ開き、黒いキラキラした瞳が見えた。多分俺を視界に捉えたんだろう。目が丸くなっていく。
「「……」」
…?恐怖の感じではない?
「…ユイ、おはようございます。体調はいかがですか?」
「ら、ライルさん?」
「…はい。」
「「……」」
「え、まって、ほんと?本物のライルさん?引きこもりのライルさん?」
「えぇ、えー、そうですね。本物です。こうやって姿を見せるのは初めてですね。びっくりさせてしまいましたか?お加減悪くなっていませんか?」
「びっくりしてます!こんなんないですよ!なんで隠してたんですか!」
「っ、す、すみません!悪気があった訳じゃないんです!ごめんなさい。も、もう、帰りますから」
「えっ!待って待って!なに?帰らないで!なんか噛み合ってなくない?
ねぇライルさん、ちょっと質問いいですか?
ライルさんはなんで引きこもりはじめたの?」
椅子から立ち上がった俺の手を掴み引っ張る。えー、かわいい。
「えっと…むかし集落の結団を強めるために隣の村長の娘と婚約する話が出て…その契約のために向かったら暴漢と間違われ、挙句村長の娘に汚い物を見るような目で吐かれた……から?」
情けない。こんな俺の地獄の記憶を晒すなんて辛すぎる。
「へ?やっぱりそうなの?ライルさんエルフみたいに美形なのに?ねぇねぇねぇじゃあさ、ここの人たちってどんな人がかっこいいって言われるの?」
「び!びけい⁉︎あ、魔法部隊のテリーは耳も鼻も大きくて多分みんなの理想の顔立ちだと思う…ユイもテリーをかっこいい、と…思うだろ?」
「テリーさん?いつも前髪いじってる人よね?全然。
それだったら切込隊長って言われてる自警団のゲッテンさんの方が断然かっこいいと思う。でも、ぶっちぎりでライルさんが一番イケメンだと思うけど。えー。何でこれ隠してたの?」
「い、いけめん……ユ、ユイは俺の顔、す、すき?」
「好き!」
「「……」」
条件反射のように好きと言ったユイはどんどん顔を朱に染めていく。
くぅっ、何でこんなかわいいの?え、俺、いってもいいのか?
◇◆◇
何で言っちゃったんだ私!もっとこう、伝え方があったでしょ!でも、やっとわかった!みんなが私を見る目も、その意味も。
コニー達も私の事かわいいって言ってくれるわりに私を見る目は純粋なかわいい物を見る目じゃなかったんだよね。
きっと私がコニー達をブサカワとか、失礼な例えで愛でてるのと一緒なんだ。
「ライルさん、ライルさんから見て私は耳も鼻も小さくてきっとブサイクだと思うの。でもね。私にとってライルさんは今まで見てきた人たちの中で一番外見がかっこいいと思うの。
その綺麗な銀髪もツヤツヤで綺麗だし、優しそうな翠の目も素敵。鼻筋も綺麗に通ってて羨ましいくらい。
でね、一緒に暮らしてまだ数ヶ月だし、決して長くはないけれど、今日の戦でさらに強く思ったんだけど、ライルさんの優しさと純粋なところとっても好き。
ライルさんといるととっても安心するの。触れてもらえたらとってもドキドキするの。
ねぇ、ライルさん、ライルさんを好きになってもいいですか?」
思わず掴んでいたライルさんの手を両手で握りしめてしまった。