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ライル視点からはじまります。
「おう、嬢ちゃんじゃますんぞ」
聞き慣れた父の声と力加減というものを全く考えない戸の開けられた音で意識が自然と自室のドアに向く。
ドスドスという大きな足音が一直線にこの部屋を目指してるようだ。
こういうときは大概何か戦力を必要としているときだとわかる。
父は案の定俺の部屋のドアも力任せに施錠ごと引きちぎった。
「おう、ライル久しぶりだな元気してっか?ちっとばかし、散歩にでも出ねぇか?」
というなり俺の後ろ首を掴んで引き摺り出した。
久しぶりすぎてびっくりして反応することができなかったが、引きちぎられ、開け放たれた部屋の出入り口の外から黒い髪が見え隠れしている。まずい!
「ユイさんみないでください!入っちゃダメ!」
「ライル、まだ嬢ちゃんと顔合わせしてねぇのか?ならちょうどいい、今顔合わせしたらどうだ?仲良くやってけてんだろ?」
「父さんには関係ないだろ!出ていってくれよ!」
お互いが最大出力で組み合ってるせいで床や壁がメキメキと音を立ててヒビが入っていく。
バランスを取るために一歩踏み込んだら壁と窓が吹き飛んだ。ヤバイと思ったら案の定、至近距離で母さんが拳骨を振りかぶっていた。
◇◆◇
「ユイちゃん、ごめんなさいね。
とりあえずこれでちょっと目隠ししててもらってもいいかしら」
そこからは母さんの独壇場。
スタンピードでゴブリンが大量発生し、キングやジェネラルなどなかなかの脅威が迫っていて、ククルの谷に誘導しているから大魔法で殲滅しろという事で、魔力枯渇の対策としてユイを連れていくとのことだった。
「待ってくれ、それじゃあユイさんに触れないといけないじゃないか!またあんな目で見られるなんて耐えられないんだ!」
「あんなぁ、ライル、ユイの顔見たか?人間だからだと思うがお前に似てるぞ?耳も鼻も小ちぇくて背も俺より大きい」
父の目配せの先、母の手拭いで目隠しされたユイが所在なげに立っていた。
目は隠れているが、父の言う通り耳も鼻も小さく、自分のはとても醜く思うが、ユイのそれはなんだか可愛らしく写った。
期待をするな。もともとダメなもんはダメ。拒絶されるのが当たり前…なら、せめて自分を見せなければいいのでは。
結局意識を刈るのも袋詰めも却下され、目隠しでの同行となった。しかもタンデム。二人乗りなのだ。馬に乗せるのに父では身長が足りないからお前がやれと促され、無言で脇に手を入れ持ち上げた。
「ひゃぁ!」と、可愛い悲鳴が上がり、あまりの可愛らしさに胸にまたキリキリとした痛みが走った。怯えてビクついていて落ちるんじゃないかと心配ですぐに自分も後ろに乗り込んだ。
持ち上げたときも感じたが、今自分の胸にくっつくユイの柔らかな感触がたまらなく胸を締め付けて声かけも敵への警戒も忘れ、ただひたすらククルの谷を目指して馬首を向けた。
ククルの谷につき、フルフルと震えているユイを馬から下ろしてやった。もちろんあの可愛い悲鳴が聞きたかったから無言で下ろしたわけじゃない。つい、ただたんにそこまで俺の脳みそが仕事をしなかっただけだ。
おろしてやったユイはどうも腰を抜かしているようで俺の腕にもたれている。
なんだ、俺、死んじゃうのかな…。
俺よりは頭ひとつくらい小さなユイが俺の腕に……
その時、父の無情な声かけで俺の幸せは去って行った。
「嬢ちゃん大丈夫か?おら、こっちにちょうどいい岩があっからこっちに座っとけ」
俺の腕からユイの手を取り、俺を見てニヤニヤしながらユイを連れていった。
「おい、ライルどうだ?こっからやれるか?久しぶりすぎて鈍ってねぇか?」
「…全体の規模がどのくらいかわからないからなんとも言えないけど、この谷の深さなら大丈夫だと思う。ただ、俺の魔力だけだと心許ないからユイさんの魔力も借りれたらな話だけど…。」
魔力ドレインは対象者と皮膚接触が必要だ。ここまで一緒に馬に乗り、さっきは俺に縋ってくれていた(過大評価)。
ふわふわする思考のまま俺はユイに懇願した。もう一度あなたに触れたい。俺を見て欲しくないくせに俺だけ触りたいなんて都合の良すぎる最低野郎だと自分でも思うが、どうかユイを近くで見る機会が欲しかった。触りたかった。そう思っていたら勝手に口が早回りで動き出していた…。
「ユ、ユイさん、お、僕に魔力を貸してもらえませんか!ええ、借りるときは手を繋がなくてはいけないし、ドレインで魔力を吸い上げるからきっと不快感もあると思うし、こんな醜い僕に触れられるなんて我慢ならないのは百も承知です!でも、でも、ユイさんの力が必要なんです!
お願いします!この作戦が終わったらどんな罰も受けます!」
…恥ずかしい。穴があったら入りたいってこういう時なんだろうな。
「おいおい、おめぇ「え、いいですよ。そんなお願いされるまでもなく協力する気満々で来ましたから今更ですよ」」
「「……」」
今なんて言った?いいの?手にさわっちゃうんだぞ?密着じゃないが、接近するんだぞ?むしろ、攻撃されたら避けるために抱えちゃったりもしちゃうかもしれないんだぞ?えっ抱きしめていいの?
目隠ししてるから平気なのか?目隠し最強?
「い、いいんですか?手に触るんですよ?」
「握り潰されるわけでもないでしょ?」
「ドレインで吸い上げるんですよ?」
「それはどんな感じかやってみないとわからないけど、やらないと魔物に食べられちゃうならやっちまってください」
なんだ?やっちまってくださいってなんなんだ?可愛いかよ。
「ほんとにほんとにいいんですか?」
何度も何度も確認しても俺にはGOサインにしか聴こえない。
え、ほんと?いいの?…と、思っていたらおもむろにしゃがんでいた俺の肩をユイがサワサワと撫でてきた。気づいた時には頬を両手で包まれ、親指で顎から唇、鼻、耳と、順に確認するように辿られていた。
突然のことにからだが固まり、ヒュッと喉がなる音がやけに大きく感じた。
「あれ?お鼻がふつう?」
「嬢ちゃん、目隠ししてるからってずいぶん積極的だなぁ」
「えっ、これ、目隠し取ってもいいですか?」
目隠しを取る?目隠し?それはダメだ!
「そ、それはダメです!」
「と、とにかく、魔力の補助お願いします!僕は攻撃地点を確認しに行ってきます!」
ユイの手から離れがたくも逃れ言い捨てるように逃げた。そう、逃げたのだ。