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19 受け入れられない理由



「スーリア、お父さんに話してくれるね?」


 帰りの馬車へと乗り込み一息ついたところで、父が口を開いた。

 遠くなっていく王城を見つめながら、スーリアはぽつりぽつりと話し出す。


「ロイ……アルド殿下とは、二カ月くらいまえに王城の庭園で出会ったの」


 彼との出会い、昼下がりの逢瀬、今までのロイアルドとの出来事を、包み隠さず話した。

 父は難しい顔をしながらも納得したようで、最後には表情を緩めて頷いてくれた。


「その髪留めも殿下から?」

「……はい」

「なるほど。ひまわりの、髪留めか……」


 スーリアが頷くと、父は考え込むようにして視線を落とした。

 何か気になることでもあったのだろうか。


 少しして父は顔を上げると、スーリアを見て言った。


「あの様子だと、殿下は相当おまえを気に入っているようだが、スーリアはどうなんだ?」


 確かにロイアルドの様子からして、スーリアへの想いは本当なのだろう。

 それは十分に伝わってきた。

 あれが演技だとは到底思えないし、スーリアを好きだという嘘をつく理由もない。


「ロイのこ――……ロイアルド殿下のことは、嫌いじゃないわ。でも――」


 彼と婚約をしたら、きっと仕事は続けられない。庭木の手入れをする王子妃など、聞いたことがない。

 庭師という職業は、やっと叶えられた幼い頃からの夢だ。

 自覚したばかりの恋心と天秤にかけるとなると、どちらを取るかは自ずと決まってくる。


 それに、スーリアでは彼につり合うはずがないのだ。


 地味な顔立ちに、女性らしさのかけらもない佇まい、おてんばで気の強いスーリアが、気高い王子である彼に見合うはずがない。

 王子妃となれば妃としての公務もあるだろう。そんなもの、務めあげる自信など全くなかった。


 彼がスーリアを選んだ理由がわからない。

 自分の何が良かったのだろうか……

 どんなに考えても、マイナスの部分しか思い浮かばなかった。


 スーリアが心情を話すと、父は苦笑しながら頷く。


「おまえらしいと言えば……そうだな。殿下を受け入れられない理由は分かった。彼の噂が原因じゃなくてよかったよ」


 第二王子の噂。

 それは彼の性格が、他人を寄せ付けない冷酷なものであるということ。


 だが、スーリアの知っている彼は、そんな噂とはほど遠い人物だ。優しくて、律儀で、他人を思いやる心を持っている。

 彼のどこをどう解釈したら、そのような噂が流れるのだろうか。


「スーリアが知っている通り、殿下は本当は心優しい青年だ。だが、特別な事情があって、表向きは冷酷な性格だということになっている」

「特別な事情……?」


 スーリアが聞き返すと、父は視線を伏せながら緩く首を横に振った。


「それは、今のおまえには話せない」


 今の、ということは、スーリアが彼を受け入れれば教えてもらえるのだろうか。

 しかしここまで聞いてしまった以上、逆に事情を知らずに受け入れるのも難しい。


 スーリアが考え込むように眉根を寄せると、父は続けて言った。


「私が昔騎士をしていたのは知っているね? 殿下と同じ近衛騎士団に所属していたんだ」

「え!?」


 それは初耳だ。

 父がまさか近衛騎士だったなんて。


 しかし、それならば王族と親しい間柄なのも納得できる。

 特別な事情とやらも、その関係で知っているのだろう。


「当時はロイアルド殿下付きの騎士だったんだが……まあいろいろあって、殿下はあまり他人と関わろうとしない。それが、結果的に冷たい印象を与えることになってしまったんだ」


 父はどこか切なく、そして寂しそうな顔で言った。

 その表情が、ロイアルドが抱えているものの大きさを表しているようだった。


「まあ、お父さんは賛成だ」

「え?」

「殿下との結婚だよ」

「どうして……」


 スーリアが不安げな表情で見つめると、父は小さく溜め息をつく。


「あの場で宣言してしまった以上、拒否することは難しい。どうしても無理なら、しばらく経ってから破談にするしかない。しかしそれをしたら、もうおまえの立場は落ちるところまで落ちることになる」


 王族から望まれた場合、あちら側からの申し入れがない限り普通は破談にできない。そうなると、ロイアルドに婚約破棄を突きつけてもらうしかないわけで。

 王子に婚約破棄された上にそれが二度目ともなると、もうどうやってもお先真っ暗である。


「まあ、おまえを手に入れるために、わざとあの場で言ったんだろうけどね」


 それはスーリアも察していた。

 あの様子では、こちらが頼んでも破談になどしてくれないだろう。

 そもそも、まだ正式に婚約を交わしてすらいないのに、世間的には二人はすでに婚約済みだと認知されてしまった。

 完全に逃げ道を塞がれたのだ。


 彼がそこまでしてスーリアを欲しがるのは何故なのか。考えても思い当たることはない。


 俯いて黙り込んでいると、父は表情を一変させて微笑む。


「私が賛成だと言った理由は他にもある。ロイアルド殿下ならば、おまえを大切にしてくれるはずだ。相手に好かれないつらさは、スーリアが一番知っているだろう?」


 確かに、想われないよりは想われている方がいい。

 ヒューゴのような相手はもううんざりだ。


「ヒューゴとの婚約は、悪いことをしたと思っている。今回はスーリアの意思を尊重するから、好きなようにして構わない。どういう結果になっても、支える覚悟はしておくよ」


 父は申し訳なさと、娘を思う気持ちがない混ぜになったような微笑を浮かべた。


「殿下のことが好きなんだろう?」

「っ!?」


 勢いよく顔を上げると、苦笑する父と目が合う。


「おまえは分かりやすいからな。迷っているのなら、まずは二人でよく話し合ってみなさい」


 スーリアの本心など全てお見通しのようだ。


「……はい」


 あの時、泣きそうに笑った彼の顔を思い出して、胸が締めつけられた。



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