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竜の守り人  作者: 姫野 釉月
1章
8/13




 意識が浮上する。目を開けたら翼の向こうに金の竜が佇んでいるのが見えた。軽い昼寝で済んだようで空はまだ明るい。だが、時期にあの陽は夕日に変わるだろう。

 “彼”のぬくもりが背中から伝わってくる。わざわざ翼をたたまずにいたようで、この姿勢で休めただろうか、と少々気にかかる。

 身を起こすと“彼”も気づいたようで目を開け、ゆっくりと顔を上げた。


「おはよう、“エル”。休めた?」


 ――――ギュゥクルクル


 機嫌の良さそうな声を上げて返事をする様子に一つ安堵する。人間のように気を遣って大丈夫、と言わないことはもうわかっている。これだけ上機嫌なのだから体調もひとまず安心していいようだ。

 “彼”が身を起こすのを待ってから、金の竜の方へ向かう。


「あなたは探しに来てくれたのかな? 勝手にあなたの主人のところから離れてしまってごめんなさい。それと、起きるのを待ってくれてありがとう」


 ―――クルクル


 穏やかな声で返してくれたことで気分を害していないことはよくわかった。眼差しも警戒の色がない。“彼”も金の竜に対しては友好的な様子が見られる。


「ところで、どうして“君”はわざわざこの森の中に入ったのかな」


 私を咥えてまで―――…。

 喉元まで出かかった小言をそっと呑み込み、水を飲んでいた“彼”に問いかけてみる。

 この場にきてから水を飲む姿を見るのは二回目だ。やはり喉は乾いていたのだろうな、と思いながら“彼”の返答を待つ。


 ―――グゥッグ、ギュウギュ


 何やら誇らしげに鳴いている。正直、何を言っているのかわからないし、こんな時は予想がつかない。


「あぁ、うん…? 何か、嬉しいことにつながってるようだね。でも、ちょっと話があるんだ。そのまま座って」


 律儀にこちらに直って座る“彼”に言うことを整理してから口を開く。


「あのね、正直に言うとこの状況は非常に良くない。お世話になる人たちに無断で席を外すのは失礼にあたるんだ」


 ―――ギュウ


「治療をしてくれて、おいしい食事と綺麗な服も用意してくれた。あのご婦人も“君”への配慮を考えてくれていた。“君”を中心に物事を考えてくれていることはとてもありがたいことなんだ。あっちの国ではなかったからね」


 前面にわからない、という表情をしているのがわかるが、真摯に聞いてくれているので先を続ける。


「そうだね…。例えば、“君”が大好きな果物を誰かに分けてあげようとする。それをいきなり“君”の分まで全部勝手に食べて去られたらどう思う?」


 ―――グルルルルル


「(食の恨みってすごいな…)怒りたくもなるよね。今、私たちがしているのはそういうことにだいぶ近い。だから、早く戻って謝らないと…」


 私の言わんとしたことがわかったような様子を見つけたが、“彼”は不意に視線を外した。

 金の竜と視線を合わせ、頷きあっている。話はすぐに終わったようで、“彼”はこちらに首を伸ばしてきた。

 すりすり、と背中に鼻先を擦りつけてきた。


「(―――ん?)…ねぇ、何も解決してないんだけど」


 この状況で匂い付けをしているとは考えにくい。何より先程寝ている時、完全に“彼”に密着していたのだからもう匂い付けの意味はないだろう。

 そういえば、この森に入る前に“彼”の口から落とされたな、と思い出す。打ち付けたのは頭なのだけれど、“彼”から見たら背中の方が痛そうに見えたのだろうか。

 労わってくれることはありがたいが、遠回しに私の『早く戻ろう』という意見はどうなったのだろう。この様子だと却下したのだな、と察せるけれど。

 擦り終わった後、顔を持ち上げ金の竜を見つめる。金の竜はその視線を受けて、ゆっくりと腰を起こした。

 飛び立つのだろうか、と思いきや、歩き出した。周りは木々に囲まれているから歩きにくいと思うのだが、翼もかすめることなく悠々と歩いていく。方角的に、さっき城のあった方に向かっている。


「案内してくれるのかな…。“君”が来た時のように咥えてくれたほうが早いんだけど…」


 ポツリとこぼした言葉にも“彼”は素知らぬフリをして見せた。協力は仰げないようだ。どうしてこんな強情なんだ、と思いながら、金の竜の後をついていく。

 獣道といえど、踏み均らされたような跡もある。王城からこの湖に来ることも多いのかもしれない。だが、身を低くして前進していく金の竜には申し訳ない気持ちがでてくる。旅の間は、“彼”には否応なしに頼んでいたけれど、今回はその必要性がない。


「金の竜、空を飛んでくれても構わないよ。“彼”と一緒に飛んでくれたら、その方角に沿って私が走っていくから」


 少し開けたところで待っていてくれた金の竜に提案すると、また“彼”と視線を合わせて頷きあった。


 ―――ギュルギュル


 金の竜は私に顔を向け、何か鳴き、そしてまた態勢を低くして進んでいく。


「……」


 またもや提案を却下されたようだ。わざわざ私を見つめ直したから多分、何か一言あったのかもしれないのが、よくわからない。むしろここまで自分の意見が反映される気配がないのをみると悲しくなってくる。

 専門書で読んだが、竜はこんな生い茂っている森を闊歩することはほとんどない、と書かれていた。翼のない竜はそのことに該当しないだろうが、金の竜は角も“彼”と違って横に広がっている。翼もあるからこの道のりはだいぶとストレスがたまると思うのだが…。

 大丈夫だろうか、と思いながら歩を進めていく。


 空の色が少しずつ変化していく。橙色に染まってきた頃合いで、一度休憩を挟む。

 “彼”に咥えられながら見た開けた場所の一つだろう。水源はないが、金の竜が木を揺すって果実を落としてくれた。それを水分補給の代わりに頂くことにする。丁度、腰かけられる岩を見つけたのでそこに腰かけて果実に歯を立てる。瑞々しくてとてもおいしい。

 竜が二柱いるという心強い状況だから気が抜けてしまったのだろうかと思っていたが、純粋に体力が低下しているようだ。足をぶらぶらさせて一息ついている間、自分の中の疲労を自覚する。

 着替えさせてくれた服も着慣れていなくて正直動きづらいことも原因の一つだろう。

 この世界に来た時はロングコートを着ていたから別に足元に違和感がある、とはならないが、新品のドレスを着ているということが気持ちを重くさせる。シンプルなワンピースと言えばその通りだが、街中で見たことのない衣装だ。明らかに身分が高そうな人が着用する簡易的なドレスだと私でもわかる。森を歩くには完全に向いていない服装だ。

 靴がヒールではないことがせめてもの救いだろうか。綺麗な靴であったが、もう土で汚れている。この汚れを取るにはどう手入れをすればいいのだろうか。そのあたりも知らないので、ついついため息が口をついて出てくる。


「そういえば、私の服、捨てられたんだっけ…」


 体調が回復し次第、城下に降りて芸を披露して、少しでもお金を稼ごうと思っていたが、そもそも勝負服がない。もとの世界の服装が珍しいから注目を集めていると言っても過言ではなかったのだが、これでは今までのようにはいかないのかもしれない。

 そのことにようやく気付き、竜のお兄さんから『無謀』と言われたことをしみじみと痛感する。

 そもそも、“彼”を安全な場所に帰すことが最大の目的であった。その場にとどまって地道に働くことができないから、たまたま出会った吟遊詩人や踊り子を真似て、日本の世界で覚えた歌やダンスを披露して先行くものを頂いていたのだ。

 “彼”と同じ竜がこの場にいるということは、“彼”にとって住みやすい場所となるだろう。そんなに急がなくても、一定の場所で働かせてもらってお金を貯めて、また旅に出る、という選択肢もアリなのだと思い至る。


「でも、先行くものがないのはつらいな…」


 服がない、以前に今は城に戻るのが先なのだが。

 ふわり、と風に揺れて耳に着けた羽飾りが揺れた。服は捨てられただけならまだしも、私の血が染み込んでしまったらそれは燃やされる対象になるだろう。竜に人の血は毒なのだから。耳に着けている羽飾りだけでも残っているのは僥倖か。

 竜の専門書が入っていた魔法の鞄はどこに行ったのだろうか。あれは借り物だから一緒に燃やされていたら本当に困る。あわよくばそれを理由に慰謝料をふんだくろうか。そんな思考を巡らせていると、“彼”が鳴いたのが聞こえた。


「どうし―――?」


 “彼”の居る方に視線を移すと、そこにはいるはずの“彼”がおらず、風が一陣過ぎ去った。周りの様子を見ると、先程休んでいた場所と明らかに風景が違う。森に囲まれていたはずなのに、ここは草原のようだ。そこにぽつねんとたたずんでいる遺跡のような場所に私はいた。

 墓石のように横と縦に積んである石。それを円形に取り囲むようにちらほらと岩が顔を出している。後ろを見てみると鳥居のような岩が立っていた。

 円形に出ている岩の一つに腰かけていたようで、ゆっくりと足を降ろす。

 明らかに異様だった。“彼”もいない。金の竜もいない。空模様は現実と変わらず橙色だった。


黄昏(たそがれ)―――逢魔ヶ時?)


 なんとなく日本の話を思い出す。けれど、禍々しい感じはなく、どこか物悲しい雰囲気を感じる。


「おやおや、まだ生きていたのかい?」


 聞いたことのある声だった。丁度、昼に顔を思い出せないと思っていた人物だった。


「おばあさん」


 茶色のフードを被った老婆がすぐそばに来ていた。

 腰に手を当て、杖をついているがその足取りはしっかりしている。


「お久しぶり、です」


「あぁ、本当に。奇遇だねぇ」


 どうしてこんな場所にいるのか。老婆は何者か。疑問は頭に回るけれど、なんとなく口を噤んでしまう。


「…丁度、お昼におばあさんを思い出してたんだ。いろいろ教えてくれたから、“彼”を育てることができたよ。今日会えてよかった」


「そうかい。ま、あたしは、お前さんに本をあげただけだけどね。歌の礼さ」


 老婆とは“彼”が産まれた竜の集落跡で出会った。状況が状況なので焦っていたのだが老婆のマイペースな話しに毒気を抜かれたのをよく覚えている。混乱状態が一周回って虚無になったあの瞬間は後にも先にもあの時だけだろう。

 今回も異様な状況だが、なんとなく危機感を抱かないのはココに老婆がいるから、という理由が大半を占めている。どう考えても規格外な人なのだ。一般人の私には理解できない何かが、今現在起きていることは間違いない。


「ううん、おばあさんのおかげ。ずっと、お礼を言おうと思ってたんだ。改めて―――…ありがとう」


「……。お前さんは暢気だねぇ。どっかの誰かさんに似てるよ、ホントに」


「おばあさんの息子さんのこと? あれから会えた?」


 あの竜の集落跡に来ていたのも、息子さんに会うためと言っていた。この世界には新幹線なんてものはない。乗り物といえば馬車が一般的で、馬が人の足だった。けれども、その時は息子さんの居る場所は特殊なのだ、と老婆は言い、その後ろには馬の姿も見かけなかった。なんなら身一つで来ているとしか言えない状況だった。もうその時点でいろいろ怪しいのだが、さり気なく尋ねてもはぐらかされ続けたので、深くは聞かないことにした。


「まださ…。まだ、時間はかかるようだ」


「そう…」


 こういう時、なんて声を掛けていいかわからなくなる。


「おばあさんは今も旅をしているの?」


「あぁ、あの子に会うまではあきらめられないさ。その口ぶり…、お前さんは旅を終えたのかい?」


「終えてはいない。今は休憩中。でも、すぐに再開することもないかなって思ってる」


「ほぅ…?」


「ちょっと、自分の身体も大事にしようと思って。こっちの世界を選んだのにすぐに死んじゃうのは格好悪いし、大事にしてくれる“子”がいるから大切にしたいなって」


「いい心掛けじゃないか。あたしゃ、お前さんは真っ先におっ死んじまうかと思ってたけどね」


「辛辣だね」


 しかし、まだ旅を続けているということはおばあさんは山賊がいつ出てもおかしくないあの場所から一人で山を降りることができたということになる。そう思えば、ますますおばあさんの正体がわからない。


「で、これからどうするんだい?」


「ん~、今はそれでちょっと悩んでるかな。体調が回復したらすぐに旅に出ようと思ってたんだけど、“彼”の仲間に通じそうな竜を見つけたから。“彼”の様子を見ながらまずはお金を貯めていこうと思ってる。ちょっと騒動に巻き込まれて、今、金欠だから…」


 これほど由々しき事態はないと思う。今後、このようなことがないことを祈るばかりである。


「そうかい。“あの竜”は珍しいからお前さんはどの道、苦難が絶えんだろうさ」


「そう…」


「なんだい、他人事じゃないか」


「ううん、どんな道でも、もう決めたから。どんなに苦しくてつらくても、ちゃんと生きていく」


「良い覚悟じゃないか。そうだ、お前さんにイイことを教えてやろう」


「何?」


「お前さんと“あの竜”では、契約は結べぬよ」


「契約…最初の竜騎士が交わしたって本に書いてあったやつ…?」


「そうじゃ。この先、生きている限りお前さんに“あの竜”の言葉は聴こえんじゃろうて」


「…そう、全然イイことじゃなさそうなんだけど。ところで、契約ってそんなに大事なこと?」


「時期にわかるだろうさ。竜が大切なら誰もが願うことなのだから」


「おばあさんも、願ったことがあるの?」


「あたしはないね。息子は、願ったみたいだけどね」


「そういえば、あの本、息子さんのものだって言ってたね。あれ、やっぱり返した方がいいよね?」


 竜騎士を目指していた息子の置き土産だと、“彼”を見て躊躇わず専門書を渡してくれた。

 丁度、その専門書を処分されていたらどうしようと考えていたところだ。


「あれは『あげた』って言っただろう? それから、その羽飾りも」


 片耳に着けていた羽飾りを外そうとしたのを見咎めるように付け足して言った老婆に、つい手が止まる。


「いいの? コレ、凄く助かったけど…魔法がかかってるんでしょ? 高かったんじゃ…」


 魔法がかかっている物はとても貴重だと、旅をしている間に知ったことだ。


「元の魔法はもう解けてるよ。今は、“あの竜”とお前さんのレコードになっているようだね」


「レコード…。元から、曲は聴こえていたけれど、どう変わったの…?」


「所有権が“竜”に変わったってことだけだよ。お前さんとは繋がれない(・・・・・)からソレを媒介にすることにしたんだろうさ」


 “彼”はもう私と契約を結べないということを知っているんだな、と今の会話でなんとなく察した。魔法の効力はよくわからないけれど、おばあさんの物を“彼”がいじったことはわかった。


「『お守りだと思えばいい』ってくれたけど、よかったの? そんなことして」


「構わないさ。とっくにお前さんにあげたんだからね」


「たくさんもらって申し訳ないんだけど…」


「あたしには必要ないものさ。もらえる時はもらっときな。あの時も言ったけどね」


「…じゃあ、ありがたく」


 また風が羽飾りを揺らした。その羽飾りを見るように老婆の視線が上がる。


「その羽飾りを着けていれば、“あの子”のもとへ行けるだろうさ。本当の意味では、まだ()()()()だろうけどね」


「どういう―――…?」


「深淵を垣間見た者だからこそ、次代になれる。あんたは、あたしの希望なのさ」


 老婆が杖をこちらに向け、何か唱えた。同時に、頭に何かが流れて来る。

 歌のような、悲鳴のような、音楽のような、ノイズのような、いろいろな音が頭に直接響いている。頭が、割れそうだ。


「ッな、にを―――うぅ…!」


 視界がぶれる。その中でも、確かに見えた。

 風が、彼女のフードを降ろす。彼女は、嗤っていた―――…。



 気付いた先は草の上。いつの間にか倒れていたようだ。

 頭を抱えてゆっくりと身体を起こす。ちくりと右肩が痛んだが、それよりも先程の頭痛の余韻の方が重く感じられた。あれは、夢ではなかったのだろうか。

 正面を見て思わず言葉が漏れる。


「…誰の、お墓?」


 黒い石碑に、花束が手向けられている。それはこの世界での墓に違いなかった。

 周りを見ても誰もいない。どうやら池に囲まれているようで、後ろを見ると、この墓に向けて一本道があった。その先は、確かに見たことのある森だ。これは、どういうことだろうか。

 まるで私が花を手向けに来たように、その場には私しかいなかった。

 夕日が沈み、辺りが静まりかえる。少し肌寒い風が吹き抜けていった。


「『親愛なる深淵の守護者に、安寧の眠りをここに』―――深淵の、守護者…?」


 夜目は利く。だから、文字を読むことができた。

 名前は『レイ・トゥリウス』。


「まるで、一人だけにされたみたいだ…」


 背の低い草は墓を囲むように茂り、夕日が沈んだばかりのその光景は寒々しい。“彼”も金の竜もまたしてもいないが、これは、戻ってきたと言ってもいいのだろうか―――?


「―――」


 とりあえず、周りを調べてみる。この墓以外、ここには何もない。

 ここがあの城近くの森とは限らない。傍に“彼”もいないこの状況は大変危険だ。野生の動物の狩りに巻き込まれてしまうかもしれない。

 見晴らしの良いこの開けた場所にいるより、森に隠れた方がいい。そう思い、森に続く一本道を進む。

 月の光が池を照らした。そこで、足を止める。


「これは、鱗…?」


 色とりどりの鱗。それは、手のひらサイズのものだったり、小指ぐらいの大きさだったりと大小様々だった。池のせいで分からなかったが、いくつもいくつも鱗が重なっていて、下にもまだまだあるようだった。

 間近で見た事のあるものだ。

 不意に、竜の集落跡に横たわっていた大きな一柱の竜を思い出す。この鱗はもしかして―――?


 前方から鳴き声が聞こえた。あれは、“彼”の声によく似ている。

 急いでこちらに向かっているようで、声が近づいているのを感じる。


(戻ってこれてたんだ…)


 一瞬安堵したものの、今の状況が以前の光景と重なって顔が強ばる。


(―――これがもし、竜の鱗なら…)


 また前方から竜の声が響いている。“彼”じゃない声。あれはきっと、“彼”を引き留めるための声だ。


「こっち来ちゃダメだよ、“エル”」


 耳に着けている羽飾りに語り掛けるように呟く。あの老婆の言葉を信じるのなら、これで“彼”にも聴こえるはずだ。私には聴こえなくても、“彼”はきっと聴いてくれる。


「“君”の中には呪いが生きてる。私たちを殺してしまうほどの呪いだ。今の私じゃあ、“君”を抑えきれない。だから―――、そこで待つんだよ」


 どれほどの距離があるかわからないが、私は耳が良い。“彼”の居る方向はわかる。“彼”もそのことをわかっているだろう。

 不意に声がとどまった。遠くの方で、地鳴りが聞こえたような気がした。

 もう、こちらには向かってきていない。たぶん、地面に降りたのだろう。


「いい子。今、そっちに行くからね」


 チラリ、と背後の墓に目を向ける。

 池に囲まれていると思ったが、その実、竜の鱗だらけだ。その中心にいるように建てられたあの墓は―――…。


『まださ…。まだ、時間はかかるようだ』


 不意に老婆の言葉が脳裏に過った。あの老婆の探している人はもしかしたら―――…。


「―――“まだ”、か…。意地悪なおばあさん」


 一つの仮説を立てながら、“彼”の居る方向へ進む。森に入る前に、なんとなく思い至って池と墓に向き直って一礼をする。


「……竜騎士になりたかった、か…」


 あの墓の下の彼は、望んでココにいるのだろうか。それだけが、気がかりだった。






✢ ✢ ✢


「あんた、ここにいたのか…!」


 草木の葉擦れの音が聞こえると思って急いで木の上に登ったのに、正体を現したのは竜のお兄さんだった。

 心臓のドキドキ返せ、と毒づきたいのを抑えて黙って降りる。


「獣かと思った。竜のお兄さん、ヒトであることを捨てたの? 凄いスピードだったけど」


「急いで来たヤツに言う言葉じゃねえだろうが。ていうか、上にいるなら声掛けろよ」


「白銀の髪でもしかしたら…?とは思ってたんだけど。確信がなかったから声出すの、怖かったんです。お騒がせして申し訳ない」


 仮にも助けに来てくれている相手に確かに失礼だったな、と思い直し素直に謝る。それが意外だったのか、目の前の彼はキョトン、とした表情を見せた。


「あ、あぁ…そういえば、あんた普通の女子なんだったか」


(ん?)


 なんでそんな返しになる…?

 疑問に思いつつも、ありがたく先導してもらい“彼”のもとに連れて行ってもらう。正直、寝起きの時の俵持ちをされるのかと思ったが、杞憂に終わった。ちゃんと歩いて誘導してくれた。なんなら合流した時に水筒に入っていた水も頂いた。ついでにクッキーのようなお菓子も頂いた。一口もらって袋を返すと『全部食え』と言われ、本当に救助しに来てくれているんだなぁ、とちょっと感動した。


 ずっと歩いて、ようやく“彼”らのもとへたどり着いた。


「ただいま、“エル”」


 焚火を囲むように他の竜が背後に集っているのに、“彼”はこちらが来る方向が分かっていたかのように正面に座って待っていた。

 “彼”は一鳴きするとゆっくりと近づいてきて顔を擦りつけてきた。

 クルクル、と喉を鳴らしている音が聞こえた。鱗ごしに感じる体温はは、温かかった。


「“君”が言うことを聞いてくれてよかったよ。“君”はあっちに行っちゃダメだよ」


 不満そうな声があがるが、納得するものがあるのか、長引くことはなかった。


「急に離れてすまなかったね。“君”が無事でよかったよ」


 頭から頬を伝うように撫でると、“彼”も同時に顔を上げた。

 何か物言いたそうに見つめているが、やがて視線を後ろに向けた。

 金の竜だけでなくいろいろな竜がいるのは分かっていたが、その足元に軍隊の服を着た男性が数名いた。その中から出て来たのは、夫婦の夫の方だ。女性は居ないのでご婦人は留守番だろう。


「無事だったか」


「おかげさまで。大事(おおごと)にしてしまい、すみませんでした」


 本当に申し訳ない。複数人、捜索のために人員を割いてくれたのだろうか。ゾロゾロとこちらに来た人数がおかしい。これはきっと、“彼”の動向によって対応を出来るようにされた人数でもあるのだろう。興味深そうに見つめる人たちに頭を下げる。きっと忙しい身だろうに。

 “彼”が絡んでいる問題だから、ということもあるだろうが、今回に至っては私が迷子だったという状態なので本当に居たたまれない。集合場所に遅刻してきた人みたいだ。


「いろいろと話は聞きたいが、女性の身でここまで歩くのは大変だっただろう。今日はこの辺りで身体を休めるといい」


「……ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて。私たちはあの辺りで寝ます」


 ひとつ会釈して指で示した場所に向かおうとすると「あんたバカか」と竜のお兄さんからささやかな罵声が飛んできた。


「男性と雑魚寝はダメでしょ…?」


 常識的に考えて、竜のお兄さん。

 さっき私が女子だって認識を改めてたわりにそこはワイルドなのか、と白い目で見ると「あ?」とガンを飛ばされた。顔立ちが整っているだけに迫力が凄い。


「あんたにはテントがある。周りのコイツらはあんたの護衛だ」


 全く気付かなかったが、竜のお兄さんが指をさした先に確かに緑色のテントが張ってあった。確かに、あの中にこの人数は入らなさそうだ。こんなに護衛はいるのか、と思うところもあるけれど。


「? 竜たちは? 一緒に寝ないの?」


「そういえば、君は昼寝の時は竜と一緒に寝ていたな。もしかして夜も一緒に寝てるのか?」


 夫さんが純粋な疑問というように尋ねてきたのを不思議に思いながら頷く。

 夫さんは金の竜の乗り手だ。軍服を着ていることからも竜騎士である可能性は大いにある。そんな人がこんなふうに訊くということは違和感を感じる。常識の違いのような、そんな気がする。

 私の予想は当たっていたようで、夫さんは言いにくそうな表情で続けた。


「竜騎士もだが、基本的に竜の傍で寝ることはしない。竜も寝ぼけることがある、というか、眠ってしまったら周りに気を払えないのはヒトと同じだから、傍に行くことは推奨しない」


「あぁ、寝ている竜に薙ぎ払われたって話、聞いたことある。そういうことか…」


 眠ってしまったら竜もヒトも同じ。ヒトも眠ってしまったらいつの間にか凄い体制で眠っていた、ということもある。

 “彼”に関しては幼い時にぐずっていた記憶しかない。寝相は大変いい方だと思うが、そう言われると我が身も少しは心配になる。

 竜のプロから言われると心は揺らぐが、まぁ今更だな、と思い直す。


「テントもわざわざ立ててくださって申し訳ないんですけれど、今まで通り“彼”と寝ます。ちょっと、やりたいことがあるから」


「“歌”を聞かせるのか?」


「―――…」


 夫さんから言われたことに驚きを隠せない。けれど、後ろからこちらを見ている金の竜を見て思い出す。


「あぁ、そっか。金の竜から()()()()んだ。―――そう、いつもの習慣だから、やってあげたくて…いい?」


 なんで夫さんが昼寝の件なんかも詳しいのかとふと思っていたが、答えは簡単だった。やはり彼は竜騎士。金の竜と契約した人だ。これで、金の竜を通じて私たちを見張っていたことも今わかった。


「…わかった。“その竜”にとってもその方がよさそうだ」


 案外あっさり許可を頂いた。素直に嬉しい。

 これには“彼”もにっこり。許可を聞くや否や私の指さした場所へいそいそと移動し始めた。


「……“あの子”は群れに入る気はあるのかな…」


 他の竜がいるというのに、一匹狼のようなあの態度。

 一緒に寝ることを提案しといてなんだが、あの潔くさっさと行く姿はこれからのことを思うと少々心配な面はある。


「あんたが言えたことじゃねえだろ」


 一番見た目が一匹狼っぽい竜のお兄さんに言われてしまった。


「……。おやすみなさい」


 疲れがどっと出た。今日はもう早めに寝よう。

 申し訳ない気持ちはあるので平謝りにはなるが何度か頭を下げてから“彼”のもとへ足を進めた。



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