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竜の守り人  作者: 姫野 釉月
1章
7/13




 執務室の扉に手を掛け、ゆっくりと中に入る。


「あぁ、来たか。なんだ、またそんなものを被って…。ここでは暑苦しいからそんなものは脱ぐといい。話しにくくて仕方がない」


 開口一番に声を掛けてきたのはこの部屋の主であるアレクシス殿下だ。兄と同様、この黒のフードを被っているとよく言われる言葉だ。部屋の主である上司の命令に素直にフードを降ろして会釈する。


「竜騎士候補生、サーフ・シェラハイド。竜医師がディラン・シェラハイドの代わりに馳せ参じました」


「あぁ、すまないな。丁度さっき、ジルから聞いたが“黒髪の少女の竜”に怒られたんだって…?」


 悪戯気に細められた翡翠の瞳がまっすぐにこちらに向けられる。たかだか竜騎士候補生である自分に対して、まるで友人のように声を掛けてくれるところは毎度驚かされる。

 既に執務室でソファに腰かけてお茶をしていたジェラール・リーク隊長が殿下の言葉に眉をひそめたのが視界に映った。


「はい、彼女の持ち物から少々気になる物が見つかって、ちょうど調べようとしていたところだったのですが…。『今から使うから返して』と言われました」


「あんなに急いでいたから君が持っていたものは“あの竜”にとって大切なものだったのだろう。よかったね。捨ててなくて」


「はい、本当に…」


「捨てていたら“あの竜”は間違いなくこの城を壊していただろうな。…アレク、呑気に笑っているが笑いごとじゃないんだぞ」


「私の周りの者は総じて優秀だ。それがわかっているからこうして鷹揚に構えることが出来ているんだよ。君たちには感謝しているともさ」


「全く、(てい)のいい…」


 今しがた、自分も兄に対して同じことを言ってきた身としてなんとなくジェラール隊長には親近感がわく。先程、殿下の発言に眉を寄せていたのも、一歩間違えたら自分の命がなかったことを暗にほのめかされていることでもあったから不謹慎だと思ったゆえの表情だろう。


「ところで、“あの竜”はどうして森に行ったのだろうね? サーフ、“彼”は他に何か言っていたかい?」


 未だ穏やかに微笑んでいる殿下が軽く世間話をするようにこちらに話を振ってきた。


「今から寝る、としか聞いていません。“紫紺の竜”自身が眠たかったからか、彼女が眠たかったからかはわかりませんが…」


「今は仲良く眠っているようだよ。両者とも、ココではまだ気は休まらないのかな…。―――あぁ、言うのを忘れていた。サーフ、“あの竜”はどうやら『紫紺』ではないようだよ。彼女の話では、今は体調が万全ではないから色が落ちているということだったけれど、本来の“彼”はもっと赤みが強い種のようだ」


「体調で、色が変わる…?」


 そんな変化を見せる竜なんて聞いたことがない。けれど、一番あの“竜”の傍にいた彼女の証言があるのならばそうなのだろう。だからさっき、『黒髪の少女の竜』だなんて長い名前で言っていたのか、と合点がいった。


「“彼ら”のことはワンが見守っている。飛び立つ前に、“あの竜”から一声掛けられたようだからこの領地から勝手に出ていくことはなさそうだ」


 ワン、とはジェラール隊長の黄金の竜のことだ。先程、少女たちを追いかけていたのを見たので、そのことを報告がてら教えてくれているのようだ。


「ディランもさすがに“あの竜”とは意思疎通は難しいようだな。ワンと同様にうまく波長が合わせられないとぼやいていた」


「―――と、いうことは…」


 兄は『竜の医者』と名乗ることが出来るほど、貴重な存在だ。もともと竜の“声”を聴ける者は竜と意思を交わす資格がある者―――つまり、『竜との契約者』だけが理解できる。

 竜はもともと思念のように頭で浮かんだ思いを直接相手に伝える手段を持っている。それは声帯を震わせて喋る言語ではなく、頭に浮かんだイメージを相手にそのまま送ることができるのだという。人間は一度、竜から開いた思念を受け取ることで、ようやく竜の意思がわかり、そこで晴れて竜騎士になれる、と言われている。

 しかし、兄は竜騎士でもなく、自身の竜もいない。契約している竜がいないにも関わらず竜の思念がわかる者は異質といってもよい存在だ。


「ある程度、“あの竜”の意思はわかるが、普段はノイズが入っているようで聞き取りにくいようだ。一番、クリアに聴こえたのは始めの方だけだったらしい」


「兄がそこまで言うなら、“あの竜”は『上位竜』なのでしょうか」


「いや、彼女の話から察するに、『幹竜』に近いと思われる。だから、ワンを行かせた」


 竜にも階級はある。個々の種族の能力にもよるが力が強い個体ほど階級は上にあたる。竜騎士が契約を結べるものはほとんどが『通常位』。それより力が秀でている個体を『上位』といい、通常位の統率をある程度取れる。

 ジェラール隊長の竜はその『上位』の中でも最強である『幹竜』だ。自然と群れのリーダーになる立場だということがここでもうわかる。

 この城の近くには竜舎があり、そこに竜騎士はいくらでもいる。それでも『上位』に任せることなく『幹竜』である黄金の竜に直接“彼女たち”を見守らせに行かせた、ということは、国としても無視できない強大な竜である可能性が高いということだろう。今の話でそのぐらいは分かったが…。


「彼女の話…?ってなんですか?」


「……。ディランは何も説明せずにお前にここに行け、と言ったようだな。では、さっきの話をしよう」


 そうして彼女が目覚めてからの話をようやく聞けた。

 彼女が異世界の者だということ、“竜”の同胞を探していたこと、“竜”が檻に囚われた経緯、どれも簡単な説明だったようだが、今後の話をしようとしたところであの“竜”が彼女を咥えて森に行ってしまったようだ。


「盗まれた卵…竜の集落…。そういえば、半年前ぐらいに竜の集落が一つ消えた、とおっしゃっていましたよね」


 半年前の符号を照らし合わせてジェラール隊長に訊いてみると彼は静かに頷いた。


「あぁ、あの時はワンが気付いたんだったな。ツィモロー山から強大な力の消失を感じたと報告があって、調査に向かった。途中で密猟者たちを見つけ捕縛したものの、竜の集落にはもう何もなかった」


「何も…。竜の遺骸も…?」


「あぁ、残っていたのは、集落であっただろう形跡だけだ」


「密猟者たちも口をそろえてその場所だと言っていたし、剥ぎ取った鱗も残っているから遺骸はあるはずだった…。だが、短時間で遺骸が消えており、その場に何も起こっていないことから調査が滞っていたんだったな」


 殿下が付け足した言葉から、その当時の状況を思い起こす。


「自分は兄から聞いたことしか知りませんが、その鱗に残っていた本来“呪”であったものは昇華されたようだと言っていました」


「……優秀な兄を持っていると気苦労がしれないな、サーフ。一応それは機密事項の一つでもあるんだが」


「『今度の話合いではこんな内容だと思うから伝えといてくれ』と言われて自分はある程度のことを教えてもらっているだけです。機密事項なら兄にもう少し言及をお願いします。もちろん、このことを誰かに漏らしたりは一切しません。ご安心ください。しっかり墓まで持っていきます」


「君たち兄弟なら心配ないさ。貴重な『竜の代弁者』なのだから。―――話は逸れてしまったけれど、竜が“呪”を放つときはそれ相応の理由がある。竜が意図的に殺された時のみに発動される。人間は何も感じないが、竜は“()の声を聴く(・・・・・)。それを聴くと自我が崩壊する危険性が出てくる。“あの竜”がその当時、卵だったとしても影響は大いに受けたはずだ」


「だが、“あの竜”は自我を確立している。彼女の言葉が正しければ、竜が殺された場所で―――“呪”がはびこっているその場所で孵ったはずなのに」


 産まれたばかりとは言え、生き物の最上位である竜だ。理性さえも保てない状況ならば孵ってすぐに“呪”の要因となった人間を一番に屠るはずだ。だから、彼女と共に居られることがまずありえないこと(・・・・・・・)だ。

 しかし、間近にも見たが、“あの竜”は純粋に彼女を慕っている。


「……“呪”の声を浴びていたはずなのに、人間に付き添う竜。幼いながらに“呪”に打ち勝った―――それはつまり、親より強靭な能力の持ち主。だから『幹竜』にも近い存在だとみているんですね」


「そうだ。まず『通常位』ではない可能性の方がはるかに高い。それに、ディランに意思を放つときに始めはそうではなかったのに、今はノイズ混じりだということも気にかかる。相手に干渉することをある程度コントロールできるということだろう。何より、ワンに物怖じしていなかった。ワンも“彼”のことを自身と同等に見ている。私からしてみればワンの基準が竜の基準でもあるからその説明の方がすんなり納得できるのだが」


 『幹竜』であるワンがそう思っているのならほぼ決まりではないか、とうっすらと思ったが殿下がこれみよがしにため息をついた。


「君たちの言いたいことはもちろんわかる。だが、ここは国の中枢であり、何より国王をお守りする城塞でもあるわけだ。『幹竜』が認めているので“あの竜”は『幹竜』です、にはならない」


 確かに、それは報告書には書けない。


「もし“あの竜”が『幹竜』であればそれ相応の対応をしていかなければならない。“竜”の珠玉にあたる彼女にもそれは同様だ。彼女には悪いが、しばらくこの国にとどまってもらう方向で話をしようと思っていた」


「具体的にはどんな…?」


「彼女の体調が安定するまで保養地としてしばらくこの城で過ごしてもらうことを考えていたのだが、存外彼女はしっかりしている。自立心だけでなく、この世界に来てから自身の稼ぎで何とかしてきたという自負も感じられた。彼女が何を生業にしてきたかはわからないが…」


「彼女は踊り子、だと思います」


 沈黙が降りた。二人の注目も自然と集めてしまった。


「何故、そうと…?」


「ティアモの町で、見かけたことがあります。変わった服装だな、と思っていたのでなんとなく覚えていたんですけど」


「ティアモ…レアリウス山を目指していたのは本当のようだな。あの町を経由していかないとあの山には行けない」


「踊り子とは、想像がつかないね。起きぬけに質問したようなものだからか、回答や仕草に覇気がないように思ったんだけど」


「確かに。淡々と喋っているように思えたが…」


「―――まぁ、人は見かけによらないというしね。だが、城下に降りて踊り子として生計を立てるにしても、その間“あの竜”は彼女の傍に居られない。果たして今の“彼”にその我慢はできるのか…」


「サーフの報告を考えると、旅をしている間は別行動もとれていたようだが、今は良くないだろう。現に、彼女の治療が終わってすぐに“あの竜”は彼女を隠すようにベッドごと手元に引き込んだのだから」


 あの時は本当に焦った。治療が終わり、兄が“竜”に報告しに行った数分後、窓ガラスを割ってベッドごと口に咥えてしまったのだから。彼女の治療を手伝っていたからその瞬間は間近で見ていた。彼女が起きるまで気が気ではなかったが、“あの竜”は彼女から片時も離れることなくただただ守る姿勢を貫いた。


「以前も報告しましたが、彼女からは竜と契約した“印”は見当たりませんでした。だから余計に彼女の安否が気にかかってしまうのでしょう」


 契約を交わした竜と人間は常に視覚、聴覚、思考が共有されている状態になる。だから、今もこうしている間も金の竜を通じてジェラール隊長は森に行った“彼ら”の様子を見ている状態となっている。


「あぁ、それは先程の食事でも感じられた。彼女は“あの竜”の思考を受け取っているというより、汲み取っているという印象を受けた。それが出来るというのも驚愕ものだが。…“竜”自身が彼女と何かを共有したいという意思も強く出ていた」


 ジェラール隊長が軽く先程の食事の様子を説明してくれ、彼女が“印”を持っていないことが確定した。


「“あの竜”は、彼女と契約を結びたがっているのでしょうか」


「それはわからない。そもそも契約とは“竜”が一方的に結べるものではないからな。彼女自身も契約する自覚を持たなければならない。今後どうするかは“彼ら”次第、といったところだろう」


「契約してくれていれば『竜騎士』として引き入れることも可能なのだけれどね。『幹竜』クラスといえばこの国の大半の竜を動かすことも出来るだろう。今は金の竜である『幹竜』がいるからその心配もなさそうだけれど」


「“あの竜”の能力も未知数だ。何もわかっていない、といった方が正しい」


 執務室に沈黙が落ちる。『幹竜』クラスであろう“竜”を野放しにはできない、というのが率直な意見だ。竜は群れで行動する。今はどこにも所属していないと言えど、『幹竜』は群れの筆頭リーダーだ。能力次第で通常位や上位を従えることも容易だろう。

 さらに、契約を交わしていない少女を気にかけているということは、“あの竜”を制御できるのは実質彼女だけということになる。


「彼女の体調が戻るまでに、この城からあまり離れないような策をいろいろ考えたいところだね。体調が戻って『もう一度旅に出ます』と言われたらそれまでだ。なんとかこの城に繋ぎとめるような理由が欲しいのだが―――…」


「自分のように『竜騎士候補』になるのはいかがでしょうか」


「うん、それはちょっと考えていたんだけれど、それでは理由が弱くてね。竜の声を聴けるわけではなく、契約を結んでいるわけでもないのに勧誘するのはおかしいだろう? 何より、“竜”へのメリットはあれど彼女へのメリットがない」


「治療した部屋のガラス代を請求する方向で、給金目当てに入隊してもらうのは…?」


「……」


 ゆっくりと殿下の面が上がる。ジェラール隊長は信じられないものを見る表情でこちらに視線を投げたのが視界に映った。


「……なんだかんだで兄弟だよね、君たち。性格の一致を感じるよ」


「お褒め頂き、光栄です。では、入隊手続きはこちらで済ませておきますね」


「よかったね。『竜騎士候補』仲間が出来て。彼女のこと、よろしく頼むよ」


「はい」


「―――はぁ、わかった。まぁ、立場が似ているならサーフの方が適任だろう。彼女と“竜”の動向についてはサーフとディランが請け負うとして、後は密猟者と隣国の姫様のことか」


 ジェラール隊長からすれば彼女を『竜騎士候補』としてこの地に縛るようなことは気が進まないようだが、一応は納得したようにため息をついて見せた。

 そして次なる議題に入った。


「そうだね。まずは彼女たちが旅を出るきっかけとして、竜の集落を襲った者たちのことをもう一度あらう必要があるね」


「あの場で全員捕らえたと思っていたが、彼女は追いかけられていた、と言っていた。知らない世界にいきなり来たことによって恐怖観念にとらわれていたとも考えられるが、“竜”は是と答えていた。取りこぼしがあるかもしれない。引き続き、密猟者については私が受け持とう」


「助かるよ。密猟者の一掃をしたところだが、おおもとが叩けていないのは事実だからね。じゃあ、私は隣国が絡んでいないかを調べてみようか。今回の騒動でヴィリアニ国からは正式な謝罪が届いているが、全くの白、というわけではないだろう。あの国は隣国として唯一“六花”である竜がいない。竜への知識も低くなっていることもあるだろうが、今回の騒動、何か裏があるとみている。『(カラス)』を使おう」


「そうだな。隠密も使ってしまった方が安全で確実だろう。これでおおもとが割り出せたら長年悩まされてきた密猟問題も一息つく―――…」


 不意にジェラール隊長が息を呑んだ。


「どうした?」


「彼女を、見失った」




✤ ✤ ✤


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