陸
「ところで君たちは山賊の出で立ちをした連中に心当たりはあるかい?」
グルグルと機嫌よく喉を鳴らしてご満悦な様子の“彼”の様子を見計らってか、殿下が問いかけてきた。
「ん?」と思わず声をもらしてしまったが、言われた内容が遅れてやってきてつい考え込んでしまう。その間に竜のお兄さんから『友だちかよ』と小言を言われたような気がしたが今は思い出すのに忙しいので聞かなかったことにした。
「“彼”を追いかける存在がいるのは知ってる…けど、それがあの人たちなのかはわからないです。顔は、見たことないし…私は記憶力が良くないので」
自信を持って言えるようなことではないが、この世界に来てからというもの、覚えることを意識して来なかった。
“彼”を育てるための知識は緊急を要したので聞ける人に聞いたり、専門書を読ませてもらったりして頭に叩き込んで実践に移していったがその他はからっきしだ。
あんなに知識を授けてくださった老婆の顔も、今はもう思い出せない。
「そういえば、私の肩を傷つけた人が『これで竜と姫が手に入る』『楽な仕事だ』って言ってた、ような…?」
今思い出しても腹立たしい言葉だ。絶対にこの人の思い通りになんかさせてやるものかと心の奥底で思ったものだ。
「あの口振りからして、誰かに頼まれた感じだった。少なくとも、彼らは“彼”を所有してるのは姫様だと思っていたみたい。だから、もともと“彼”を追ってる人たちとは違う人じゃない、んでしょうか…」
「ちょっと待て。あんたの話を聞く限り、あんたたちはもともと追いかけられてたってことになるが…?」
口を挟んできたのは竜のお兄さんだ。心なしか硬い表情をしている。正面の殿下だけはまだ穏やかに微笑んでいる。傍らの席についている夫婦でさえ表情を改めたのに前の人だけ異常さが際立っていた。
「これはあくまで私の立てた仮説になるけど…。“彼”は竜の集落から盗まれたんじゃないかな。竜は『卵を産んだらそのまま温めるために巣ごもりをする』んでしょう? なら、“彼”が卵のまま木の幹に引っかかっていたのはおかしいこと。『コレクター』がらみか、『密猟者』か…この世界には『竜』そのものだったり『竜の素材』を欲しがる人がいるんだってね? 私が初めてこの世界に来た時、上にいた男の人たち―――…怒りながら数日は周辺を探していたから確実に狙いは“彼”だったって断言できる」
「……」
「いろんな道を行ったり来たりしてなんとかその人たちから逃げられたような気もするけど、旅の間―――“彼”を帰すまでは気を抜けなかった。完全に撒けたとは今でも思ってない。だから、今回の襲撃の件も“彼”のことをかぎつけた人たちが動いたのか、全く違う人たちが動いたのか、そこらへんは…、わかりません」
お役に立てず申し訳ないです、と殊勝に謝っておく。これだけ喋った結果『わかりません』で締めてしまった。この状況で怒られても困る、というのが本音だが、他に言うことがなかったので言っておく。
だが、それは大した時間稼ぎにならなかったようで妙な沈黙が降りた。
(空気、重いな…)
これはこれで、気まずい。さっきの自分の発言を考えてみても、ややこしい問題が浮上してしまったのを感じる。
「いいや、情報提供に感謝するよ。調べる価値は大いにある。ジル、後で会議をもとうか。ディラン、サーフにも声を掛けておいてくれないか? どうせお前は来ないだろう?」
ジル、と呼ばれたのは金の竜に乗ってきた夫婦の夫の方だ。短く首肯し、竜のお兄さんは「その方が助かるな」と言って了承した。
殿下の言葉といい、この三人は仲が良いのだろうか。気やすい間柄という感じが見受けられ、重い空気が少し軽くなったような気もした。
「さて、後のことはこちらに任せてくれていい。君たちの憂いを晴れるようになんとかしてみよう。それと、今後についてなんだが―――…」
―――ギュルルルルル
「ん?―――ぅあっ…!」
食後なのに傍らから変な声を聞いたな、と思ったら胴部分を“彼”に咥えられて風圧を感じたと思ったら、既にその身は上空にあった。
先程の竜のお兄さんの抱え方より腹部が楽ではあるが、肩辺りから“彼”の口の外にあるので、地面をすぐ下に見下ろす形になってしまいちょっと怖い。
驚いている間に、“彼”は翼をはためかせ、城の、バルコニーのように大きく開けた場所に向かった。多分、敵が来た時に矢が射こめるような造りになっているのではないだろうか。“彼”はその広い場所に首を伸ばし、私を―――落とした。
「いっ~~~~!」
うつ伏せから、降ろす際に舌でつつかれ、仰向けの状態で地面に落ちた。落ちたと言っても数センチほどの差なので受け身さえ取れれば普通に転んだ、というレベルなのだが、仰向けだったために頭ももろに打った。これは、さすがに痛い。
起き上がるために体勢を変えて少しの間、痛みに耐える。
―――ギャッ!?ギュウ、ギュウ…!
うずくまっている私にこれまた焦ったような声を上げる“彼”。
近くで飛んでいるせいで風に煽られて身体を起こしにくい。一瞬でもいいから離れてくれないだろうか。
「―――大丈夫ですかっ!?」
この状況で声を掛けてくれる人が―――?
殿下の柔らかい声とは違う優しくも焦ったような声が耳に届き、顔を上げる。
始めに見えたのは白銀の髪。黒のマントが風に煽られているのに、彼は構わずこちらに駆け寄ってくれたようだ。
「立てますか?」
顔を覗き込まれて、その瞳の色に目を瞠る。
片目が蒼で、もう片方が茜。まるで、夕日が差し込んだような、綺麗な瞳だった。
「―――うん、立つ」
美形に見惚れている場合ではない。“彼”の意図がわからないままここにいるのだ。この状況をなんとかするのが先だ。
意識を切り替えて、ゆっくりと立ち上がろうとする。さりげなくオッドアイの彼が手を差し伸べてくれて内心戸惑ったが、その手を借りて立ち上がる。
「ありがとう。―――“エル”、話があります」
―――ギャッ、ギャッ
「『イヤイヤ』じゃないです。とりあえずちょっと離れて。風が凄い」
―――ギューッ! ギャッ! ギャッ! ギュルルルルル!
なにやら文句を言いながら少し離れてくれるあたり、少々私が怒っていることもわかっているようだ。
―――ギャウ、ギャウ、ギュウー!
数回深呼吸してから“彼”を見つめる。それまでにも“彼”は何か言っていたが生憎私には竜の言葉は変換されないからわからない。けれど、珍しくぐずっているようにも聞こえる…?
「『アレ』って…? もしかしてコレ?」
隣のオッドアイの彼が懐から手のひらサイズの丸い箱を取り出して“彼”に見せる。
―――ギューッ、ギュ!
『そう、ソレ!』と聞こえなくもない。そのあともギャウギャウ何か話しかけてオッドアイの彼を困惑させている。
「でも、コレ、壊れてるかも、しれないけど…」
―――グルルルルルル
なんで“彼”は凄んでいるのだろう。目がしょぼしょぼしてきているくせに凄むなんて、まるで効果がないというのに。
オッドアイの彼は少し考える素振りを見せた後、こちらに向き直った。今気づいたが、身長が同じくらいだ。目が合わせやすくて助かる。
「コレ、あなたに渡したらいいって、紫紺の竜が言ってます。もともとあなたの服に入っていたから返すつもりではいたんですけど、今から寝るために必要だって言ってるので…」
「え、寝る…?」
「一応、お返しします」
「あ、はい。ありがとう…?」
―――ギャウウ!!
“彼”もお礼を言ったのだろうか。困惑しながら箱を受けとった私を見てから、またその口に咥えられた。視界が一気に上がる。
この箱を落としてしまったらきっと急降下してしまうのだろう。
そんな覚悟は私にはない。箱を持つ手に力を入れて、“彼”に運ばれるまま空から地上を眺める。
城の奥、といえばいいのだろうか。森が広がっているところがあり、数か所、木の密集していない場所がちらほら見受けられた。
“彼”は湖が近く、開けた場所を選んだようでゆっくりゆっくりと降りて、大きく口を開けて待ってくれた。
口に咥えられて運ばれるなんて今までになかったものだから、彼の口から出て来るのにもモタモタしてしまったが、なんとか地面に足をつけることができた。
“彼”は水をごくごく飲み、一息ついたのかその場に丸まった。私を、巻き込んで。
―――あぁ、これはホントに寝るつもりだったんだな。
“彼”の手(指?)に腰かけて顔にもたれかけさせてもらう。
(だとすると、コレは―――…)
オッドアイの彼から手渡された箱を開ける。中には真珠と紫の羽がついたイヤリング。片耳専用だから羽は大きく見えるが、付けてみても重さも違和感も感じない。
ただ、着用した時に、不思議な音が聴こえる。それは前の世界の気に入っていた曲であったり、自分の思い描いている曲だったり…自然と歌詞も頭に浮かんでくる。
誰かが求めている歌―――これは“彼”が聴きたい曲だろうか。それとも、私が歌いたい曲だろうか。
「そういえば、この時間は一緒に寝てることが多かったね」
夜や朝には歩いたり走ったりして、昼は休息として寝ていた。
私の体力がもたなくて夜に私が寝ることの方が多かったけれども。それでも、昼間は一緒に寝ていた。
「…言いたいことはあるんだけど、今はお互い疲れてるから…まぁ、いっか」
“彼”が起きてから叱ろう…。そう心に決めて、歌を口ずさむ。
“彼”が鼻で笑ったような振動が伝わって、思わず私も口角が上がった。
✢ ✢ ✢
黒髪の女性と紫紺の竜が飛んでいく―――。
その後ろ姿を見送って『あれは森に行くな…』と予想していると後方から金の竜が彼女たちを追いかけるように飛んで行く。しかし、その速度は彼女たちに追い付かないように金の竜にしてはゆっくりゆっくりと飛んでいるように見えた。
「サーフ!」
「兄さん」
城内から来ればいいのに、わざわざ城の壁を跳んで昇ってきたようだ。危険だからやめてほしいけれど、兄からしてみたら緊急を要したのだろう。周りにいた衛兵たちよりも先に自分のもとへ来るほどだから随分と焦っていることがわかる。
「大丈夫か!?」
肩を掴んで上から下を見て、安堵したように息を吐いた兄に、先程の様子を知らせる。
「うん。紫紺の竜は彼女の大事な物を返して欲しかったみたい。今から寝るからって」
「は? 寝る?」
「あれは特殊な物だから、もうちょっと詳しく調べたかったんだけど…。でも多分、オレが『アレ』を持って外に出てきたから紫紺の竜も気づいて、急いでこっちに来たんじゃないかな。彼女の意識が戻るまであんな声、聴いたことなかったから」
「怒ってるのは聴こえたんだが…お前、何持ってたんだ?」
「イヤリング。片っぽだけの」
「……へぇ。まぁ、なんにせよ、お前に怪我がなくてよかった」
「うん。ところで兄さんの方は何か新しいこと、わかった?」
先程まで、黒髪の女性と紫紺の竜と一緒にいたはずだ。そこでいろいろと話しをしていたはずなので訊ねてみると、兄は何かを思い出したように口を開いた。
「そうだ、サーフ。お前に指令だ。後でアレクシオン殿下の執務室で会議が開かれる。彼女たちから話を聞いて新しい線が増えた。その対応についてが議題になるだろう。オレはこのまま彼女たちを追って様子を見て来るから、お前に会議を任せたい。いいか?」
「兄さん、オレはあくまで竜騎士候補の一人なんだけど…」
「殿下からも了承は頂いている。というか、殿下からそのように提案された」
「兄さん、そういう会議絶対行かないから…」
「オレは軍部所属はイヤだ。あくまで竜の医者でありたい。だから頼んだぞ」
「もう、調子のいい…」
一度言い出したら聞かないこの兄にため息がこぼれるが、殿下の命令なら仕方がない。そう思って黒のフードを被り直して、殿下の執務室へと急ぐのであった。




