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竜の守り人  作者: 姫野 釉月
1章
5/13


 食事が一段落し、食後のお茶を頂く。香草茶です、と説明が入った時に“彼”がフンフン、と匂いを嗅いで顔をしかめていたのでやや覚悟を決めていたのだが、ちょっと癖の強いハーブ茶と思えば難なくいけた。

 漢方のようなどぎつい匂いを想像していたから肩透かしを食らった気分だ。

 顔色ひとつ変えない私に明らかに“えっ?”という表情を見せた“彼”はお茶の入っているカップと私をまた見比べて、ポットに鼻を近づけて匂いを確かめ…、顔をそむけた。“彼”にとっては刺激が強かったようだ。悶えるような仕草をしていて見苦しい。声を出さないだけ偉いと思うが、わざわざ香りを確かめていやいやと首を振ることをすぐ近くで行われたら、さすがにこちらが落ち着かない。


「“君”、さすがに二回目は失礼だと思うよ」


 声を掛けて残っていたブドウを口に入れてあげながら窘めると何か言いたそうな表情をされたが気にせず香草茶を口に含む。


「香草茶はお気に召さなかったかい?」


 穏やかな声が届き、正面に顔を向ける。その声音にふさわしく優し気な表情でこちらを見つめる殿下の姿があった。柔らかな日差しに金髪が淡く輝く。責めるような響きはなく、気を遣ったような声掛けにゆるく首を振る。


「いいえ、私はこの味は好きなほうです。“彼”が失礼しました。草花を食べてたから大丈夫かと思ったんですが、慣れない風味だったようで」


「いや、その香草茶は疲れた時においしく感じられるんだ。その“竜”の反応が正解だ。君は君が思っているよりも疲弊しているようだよ」


「―――そう、ですか…」


 そういえばそんな飲み物、前の世界でもあるって小説で読んだな、と思いながらカップに口をつける。

 だが、何度口に入れてもおいしく感じる。これはこれで結果オーライかもしれない。


「失礼に当たっていないのなら、いいです。“彼”が私よりも元気だということがわかってよかったです」


 自分の体力はこれから戻るはずだ。ずっと檻の中に入れられていた“彼”のことを思えばこのぐらいどうってこともない。私自身も心のわだかまりはない。回復なんてあっという間だろう。そんなふうに思っていたのが意外だったのか、殿下は瞳を大きく瞠ってから、ぷっ、と噴き出した。こんなお上品な人も噴き出すのだな、となんとなしに見ているとぷるぷると肩を震わせた後、少々出た涙をぬぐった。―――そんなに笑うことなんて今の会話にあっただろうか。


「自分のことよりも“竜”が第一。まるでどこかの夫婦を見ているようだよ」


 それはもしかしなくてもそこに座っているお二方のことだろうか。さりげなく視線を向けると女性はなんとも言えないような苦笑いをしていた。あの女性はとても穏やかだ。何か思うところはあるだろうに、隣の男性に合わせて沈黙を守っているように思う。


「君は元来、“竜”と共に在れる存在なのかもしれないね。先程から見ているとテーブルマナーの心得も多少あるようだ。失礼だが、君の出身を訊いても?」


「私の出身は日本です」


「ニホン? 聞いたことのない家だね」


「家ではなく、国の名前です。この世界にはない、国の名前なので聞いたことがないのは無理もありません」


 そこで少々沈黙が降りた。ヒトは自分の知識にないことや驚いたことを言われると思考が止まってしまう。その余韻の頃合いをみて、話を続ける。


「私の世界では化学が発達していて、竜なんて、誰もが見える存在としてはいないんです。稀に龍が見える人はいるけれど、それはもっともごく少数の人だけ。―――私はある日、この世界に堕ちてきました。転ぶように地面に手をついた先に“彼”がいた。その時はまだ卵だったけれど。堕ちた先は森の中―――急な坂道の途中のようでした。卵の“彼”は木の根元に引っかかるようにありました」


 この世界に堕ちてきたときにはその前に自分がどこで何をしていたのかはもう記憶が曖昧になっていた。ただ、目の前の卵を見た時に、頭の中で“声”が聴こえたような気がした。

 次に耳に届いたのは男たちの怒号。いがみ合うような怒鳴り声に混じって『竜の卵が…!』という言葉を聞いた。反射的に目の前の卵を抱え、無我夢中で走った。

 現状がどうなっているのか、何もわかっていなかった。ただ、あの“声”のために走った。茂みに隠れ、木に登って獣たちも、男たちからもやり過ごす。


 そうして、在る場所にたどり着いて、卵は孵った。


「―――それが“彼”です。“彼”が孵ったのは多分、竜の集落だった場所。そこにはもう竜は誰もいなくて、ただ…」


 そこで今が食事中ということを思い出して口を噤む。脳裏に浮かんだ集落跡は首を振って消した。


「たぶんもう、“彼”の親もそこにはいなかったから、私は“彼”の親探しをすることにしました。竜の伝承がある村や街を訪れて実際に竜が居る方向を目指してたつもりだったんだけど…」


 今思い返すと、お姫様が向かった先と、自分たちの目指していた先は反対方向だったように思う。あちらには竜はいなかったのだろうか…。そんな考えが頭をよぎったが、今は説明が先だと話を続ける。


「知らずに、お姫様の領地に入ってたようで…“彼”が檻に入っちゃって困っていたら目を光らせたお姫様がやってきて……今に至る、ということです。たぶん、あなた達の方がそこら辺の詳しい事情は知ってるんじゃないかな…?」


 私が気を失っている間、あらかたの事情は既に把握していることだろう。気を失うまでの経緯の説明はこれが限界だと判断し、一番この事件に詳しいであろう殿下に視線を移す。


「そうだね…。君の言うお姫様は、言うなれば私の婚約候補者であった。今回の件で候補からも外れたのだけれど」


 ―――お姫様がそんなに高い地位とは知らなかった。殿下の候補者、しかも国が違うことを考えると明らかに身分は上の人だ。

 『婚約者候補』というものが存在するということは、政略結婚ということが前提としてあげられるだろう。つまり、今目の前にいるこの人は他国でもより高い地位を持つ人―――婚約者を選べる立場だというだけでなく、他国により影響を及ぼせる重要な人物、ということだ。

 その事実に気付くも、いまいち実感がわかなくて、とりあえず目先の疑問をぶつけていくことにした。


「どうして、候補から外れたんですか?」


「国が違うとはいえ、竜に対して無礼を働いた。彼女の身の安全のためにも、候補から外し、この国から出ていってもらわなければならない」


「?」


「君のさっきの言葉が正しければ、君は異世界の者だということになる。だから、説明をするけれど、本来この国で竜は我々人にとって守護者であり、良き隣人である。竜が我々人に合わせてくれているように、我々人も竜に寄り添うことを約束している」


「―――竜は、“神様”ということ?」


「“神”の概念とはまた違うかな。“神”は信仰心で接するものだろう? だが、竜は、竜だ。今の君たちの関係を見つめてもらうとわかりやすい」


「……私はずっと、旅の間“彼”を同じ種族の元に帰すことだけを考えてきた。でも、あなたの言いたいことはなんとなくわかる。―――『守り守られの関係』。竜は人を守り、人は竜を守る。人が竜を守る、なんて大層なことだと思うけど、それに近いものを約束したってこと、であってる…?」


「良い回答だね。自信を持ってくれて構わないよ。この国の方針を聞いたら、後はわかるかな?」


「―――…あのお姫様は、檻の解除方法を知っていた。けれど、それをせず、贈り物として“彼”を檻に入れておくことを選んだ。それが、彼女の罪、ということ?」


 にこり、と満面の笑みを返され、正解したにも関わらず少々気まずい思いをする。

 他人の罪のことを話しているというのに満面の笑みとは、悪趣味ではないだろうか。お偉い人というのはやはり腹に一物持っているものなのだな、とうっすらと思った。まだ傍らの夫婦が重々しく頷いている方が私の気性には合う。


「竜は人に対して自由を保証してくれている。人を無駄に怯えさせぬよう、人の営みさえも害することのないよう折り合いをつけてくれている。にも関わらず、人が竜の自由を奪った。これ程不敬なことはないよ」


 その言葉で、旅先で出会った老婆の忠告を思い出す。


『竜は空を、自由を好む。あんたがその“コ”を育てるんだったら覚えておくんだね。竜は成長するにつれて利口になる。やりすぎた抑制はあんたにもっとも良くない形で返されるよ』


 ヒトの子と同じように接すればいいってことだね、と。それなら大丈夫だよ、と胸を張って答えて老婆を苦笑させたけど、あの応えは浅はかだったのだな、と今となってはわかる。


「そう…、それは、巡り合わせが悪かったね…」


 ただ、お姫様も運が悪かっただけ。この国の常識も知らず、ただただ“彼”と二人きりで旅をしていた私があの場所にいたがために、それに巻き込まれただけ。


『やっと、あの方に会えるのですわ…!』


 お姫様のあの瞳は、本当に目の前のこの優しく微笑む王子様に会いたかったのだろう。憧れて、恋しくなる気持ちはなんとなくだけどわかる。私たちが彼女の手の届くところにいたことで、彼女の運命の歯車を歪めてしまったのかもしれない。その可能性もあるのだと思い至って少々心が痛む。


「巡り合わせが悪かった、か…。不思議な言い回しをするんだね」


「……もう終わったことだから」


 自分ばかりに非があるとは思っていない。お姫様も、その周りの人たちにも知識がなかった結果でもあるのだから。だから処分が決した今更、掘り下げることを言うのも違うような気がして、この話題は自分から閉じた。


「ところで、ディランの話によるとその竜は自分から檻に入ったということだったけど、仲直りはしたのかな?」


「……ディラン…?」


 殿下の視線を追って、その人物を察する。竜のお兄さんの名前をまさかの第三者から知ってしまった瞬間だった。


「…別に、喧嘩をしていたわけじゃないけど」


「その竜が言うには、あんたが自分を捨てようとしてたからってことだぞ」


「捨てる…?」


 それは初耳だ。何度、記憶を思い返しても、そんな言葉を口にしたことはない。とにかく、彼が檻に入る前に山を越える手前だったのを思い出す。そこで私が口にしたのは―――…。


『“エル”の家族がこの山を越えた先にいるかもしれない。家族に会えたら、その後はお別れだ。私は、一緒には行けないからね』


「―――『家族に会えたその先は、一緒に行けない』っていうことは言ったけど…そこから『捨てる』ってなる?」


 決して日本語のニュアンスがこの世界に適していなかったということはないだろう。今も日本語で喋っているが、この世界に堕ちてから言語が自動変換されているようでそのあたりで不便を感じたことはなかった。


「もしかして、あの山の先に竜はいなかった…?」


「あんたの言ってる山の先って『レアリウス山』のことか?」


「……。ごめん、地理には詳しくなくて…山の名前も、目指してた先も名前は知らない」


 そこであからさまに舌打ちを聞かせるあたり、このお兄さんは柄が悪いな、と思う。

 前々から言ってると思うが、この瞬間も今居るこの国の名前も既に忘れている。そんな人に地理のことを訊くのは無理があると思う。

 そんなことを思っている合間に、“彼”と金の竜が視線を交わしている様子を見つけ、何か訊いているのだろうか、と注視してみる。

 腕を組んで目を瞑っていた夫婦の夫の方がゆっくりと目を開け、全員に聞こえるようにゆったりと口を開いた。


「ワンがその竜に訊いた話からすると『レアリウス山』で合っているようだ。ただ、その竜は成長こそ早いが、まだ生まれて日が浅いようだ。慕っている相手からそんなことを言われて『自分は要らない存在だったのか』と思ってしまったんだろう」


「まぁ…。でも、そうかもしれませんね。その竜はあなたを本当に信頼していますもの。あなた以上に心を許せる者は“彼”には考えられなかったのでしょう」


「―――」


 そんなふうに、考えたことはなかった。

 かわいくて、大好きな竜…。でも、いつか近い未来で別れることになる。


 ―――だって、私は“自分の世界”に還られると思っていたから。


 私が居ない世界でもどうか生きていてほしい。“彼”が独りにならないように。せめて、私がこの世界にいる間に。


 ―――その役目を終えたら、きっと、還ることができるかもしれない。

 そう、思っていたから。


(今、浅ましい自分が見えた気がする)


 胸元に手を置いてぎゅっ、と握りしめる。


 ずっと、ずっと、還りたいと思っていた。自分の家族のもとに。もう記憶は朧気だけれど、大切に育ててもらった思い出は残っているから。


「『叶うなら、還りたかった…』もしかしたら、私の願望を“君”に押し付けていたのかもしれないね。―――ごめんね。それは、“君”が怒るのも拗ねるのも当然。だから、丁度そこにあった檻に引きこもったんだ…?」


 “彼”は一心にこちらを見ていた。私の問いかけに“うんうん”と頷きを返してきて、思わず苦笑がもれる。


「それにしたってやり方はあったと思うけど、引きこもるあたり私と一緒だね」


 育ての親には似るもんだ、とこぼすと、“彼”が鼻先を私の手の下に滑り込ませようとした。

 それに応じて“彼”を撫でながらクスクス笑っていると“彼”も満足そうに眼を細めていた。


「そうだ。まだ“君”に言ってなかったね。これからは、もっと一緒にいられるよ。“君”が望んでくれているその時まで―――…」


 笑いが収まった後にそう言うと、彼は綺麗な瞳を更に輝かせた。相当嬉しいようで、背後でブンブン尻尾を振っていて、テーブルに置いてある茶器が振動によって震えているのがわかった。喜びすぎじゃないだろうか。

どうどう、と内心思いながら軽くポンポンと鼻先に触れると更に振動が増した。

 思わず周りに人がいないか、確認した。私の危惧も知らずに、彼は未だ下げられずにいたブドウの入った編み籠をこちらに寄せて鼻先で何か主張し始めた。

 食べさせて欲しいのか…?とブドウを持ってあげようと構えていると、今度は首を横に振られた。何が違うんだ、と思いながらその先の行動を見ているとどうやら指し示している先は私。

 今度は私がブドウを指さして次に私自身を指さして『食べろってこと?』と問いかけるとうんうん、と頷かれた。

 戸惑いながらブドウを一つ頂く。じゅわっ、と甘い果汁が口内に広がってとてもおいしい。香草茶の後だったから余計に甘さが新鮮で爽快な味に思えた。

 今度は彼がカパッ、と口を開けて見せた。これは食べさせて欲しいってことであってそうだ、と辺りをつけてブドウをその口に放ってあげた。

 同じように甘くておいしいと感じているのがわかるような、充足感に満ち満ちている表情だった。


「………おいしいね…?」


 うんうん、とまた頷かれてよかったと安堵しながらも、なんだこのやりとり?、と首を傾げずにはいられなかった。




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