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竜の守り人  作者: 姫野 釉月
2章
13/13




✤ ✤ ✤


 フスゥ、と生暖かい風が横から吹きつけた。

 意識が浮上したレナはゆっくりと面を上げて、僅かばかりに目を開く。

 すぐ隣にあったぬくもりは膝の辺りに移動し何かしらごそごそとした後、一度離れ、今度は横耳に優しくぶつかってきた。

 またもやフスフス、と言いつつ、しばらくもしないうちにパサリと膝に何か落ちた。

ぼやけていた視界も段々とクリアになっていき、何かの正体がわかった。


「………花?」


 赤色に近い紫の、星のような形をした花だった。日本でも、見たことのある花の形だが、こんな色だっただろうか。


 ―――ギュウゥ


 すぐ近くから、悔しさを混ぜたような鳴き声が聞こえた。


「おはよう…、…これ、もしかして“君”が?」


 ―――ギャ、ギャ


 肯定する声を聞きつつ、瑞々しい花を見つめる。

昼寝の時間、きっと彼はこの場を離れていないはずだ。ということは、隠していた…?


「“君”、隠すことなんて覚えたの?」


―――ギュウ、ギュウ


 低い唸り声のような鳴き声のような返答をし、“彼”はレナの頭を小突いてきた。それはレナを傷つけないような絶妙な力加減であった。


 なんで起きてすぐに八つ当たり…?と不服そうな仕草をする“彼”にレナはなんとなくの仮説を立てようとするが、夢と現実の境が曖昧な感じで今一つピンときていない。


「おはよう、ございます。その花、オレがつけましょうか?」


 全く予期していなかった声が聞こえてレナは完全に覚醒した。急いで声の主を探す―――が、声の主は目の前にいた。黒いフードを目深にかぶった人―――会ったことのある人だと理解が追い付いてほっ、と息をつく。


「君、竜のお兄さんの…」


「サーフ、と言います。驚かせて、ごめんなさい。オレだとわかってくれて、よかったです」


「…? あ、そうか…。でも、声は覚えてたから。こっちこそ、寝起きでごめんなさい」


 確かに、頭はフードを被っているし、マントで全身が真っ黒なので中の人物が誰なのかよくよく考えたらわからないことに気付く。数分前に会ったとはいえ、同じ格好でも竜のお兄さんの弟とは限らないという可能性が頭から完全に抜けていた。

 考えが浅はかな自分にちょっと恥ずかしさを覚えつつ、適当なことを言って立ち上がろうとするも、邪魔な場所に“彼”の顔があった。


 ―――ギュ、ギュゥ…


 また悔しそうな、甘えるような声を出して“彼”は花を咥えてサーフに渡した。

 “彼”が『渡す』という行為をレナ以外の人に“彼”からしたというのはなんだか新鮮に映って、レナはじぃっ、と見入ってしまう。


「“あなたの竜”は許してくれていますが、あなたは、いいですか?」


「え?」


 何が? と露骨に訊ね返したものの、サーフは言いにくそうに渡された花を示して見せる。


「この花を、あなたの髪につけてもいいですか?」


「私はいいけど…でも、これからレクリエーションを受けないといけないのでは…?」


「それなら、大丈夫です。この城の人たちは竜の贈り物を身に着けることを、良し、としています。むしろすぐに着けてあげたり、使ってあげたりすることで、竜たちとの絆も深まるので推奨されているぐらいです」


「そう、なんだ…?」


 これが初めての贈り物というわけではないが、なんとなくもう“彼”のただの付き人のような気分であったのでルナは予想外のことに目を瞬かせる。同時に“彼”につられて眠るまで感じていた違和感を思い出す。


(私よりも、“本当の契約主”に一番にあげると思っていたのだけれど…)


『竜の贈り物は人間が思っているよりも強い想いが込められているものだ』―――あの老婆からもらった参考書に記されたものだが、よく覚えている。だから、何気なく“彼”と人間の贈り物の話をしたことがある。その流れで贈り物ごっこのように花を渡したり、食べ物を渡したりと少し遊びの延長のようなこともしていたぐらいだ。レナの一方的な話ではあったが、“彼”も相槌をうっていたから雰囲気でわかっているのかな、と思っていたが…。


 あれはやはり自分の勘違いだったのだろうか。それともまだ予兆に過ぎないから…?


 目下の悩みはこの花である。思わず目の前の花を身に着けた自分の姿を想像する。耳の横に挿すにしてもすぐに落ちそうだと一抹の不安も頭に過ったものの、とりあえず着けてもらおうと頷く。


「じゃあ、お願いします」


「では、失礼します…」


 レナ自身は不器用なことを自覚しているので、ここは素直に甘えよう、と心を切り替える。“彼”も、サーフが近づくことを許している節がある。むしろ、サーフがレナの髪に花を飾りやすいよう首を動かし、サーフが通りやすいようにした。


「立った方が…?」


「座ったままで」


「はい」


 優しい指が、髪を梳いた。横髪を少し残して適量を多分手に取ったのだろうと思った瞬間、あれ、と心の中で首を傾げる。


「あの、もしかして耳の横に挿すんじゃなくて、編み込んでくれてる…?」


「はい。こうしたら、落ちにくいので。さっきまで“あなたの竜”が何度か髪に飾ろうとしてたとこ、見てました」


「あぁ、それで…」


 だからいつもより“彼”のフスフスと言う鼻息が顔に当たっていたのだと合点がいった。そこまでして花をつけてほしかったのかと“彼”の思いの強さに意外性を感じた。


「できました」


 ピンを挿し入れられた感触を最後に、サーフが手を離した。

 耳の少し上に、紫の花が咲いているのだろう。少し顔を動かしても、落ちる様子はなく、上手に留めてくれている。


「ありがとう。―――どう?」


 “彼”の方に視線を向けると目をキラキラさせて、次に満足そうに頷かれた。


「“君”のお気に召してもらってよかったよ。サーフ、さん?も、ありがとう」


「サーフ、でいい、です」


「(さん付けってこの世界ではなんて聞こえてるんだろう…)じゃあ、サーフ、ありがとう」


「どう、いたしまして」


「ところで、サーフはどうしてここに?」


「あなたの案内役です」


「案内役…あれ、じゃあ私、あなたの後輩にあたるんじゃ…?」


 呼び方とか言葉遣いとか大丈夫なのか…?と疑問に思うも目の前の彼はこちらに手を差し伸べた。


「?」


「お手を、どうぞ」


 その仕草は紳士そのものでおおよそ年下とは思えない、自然なものだった。


「あ、ありがとう…」


 慣れない心地になりながらも、手を重ねて立ち上がる。

 背は同じぐらいだろうか。


(あれ、そういえば最近同じことを思ったような…?)


 竜のお兄さんの弟…、ということは、同じ髪の色の可能性があるのでは?

 でも、フード越しから見えた横髪は透き通っていて確信がもてない。

 思わずレナが顔を覗き込もうとすると、紳士的な彼はびくり、とわずかに身を退けた。

 手を重ねていたので、その少しの挙動もわかり、レナは途端に申し訳なくなった。


「あぁ、ごめんなさい。なんとなく、気になって…」


「いえ。あの、何が、気になりましたか?」


「ううん、君…じゃなくて、サーフの嫌がることになりそうだからしない」


「―――…」


「これじゃあ濁すことになりそうだから正直に言うけれど、サーフの顔が気になっただけ。……あと、制服ってそのマント?私、本当に一文無しなんだけど、制服とかってあるの?」


「これは、私服なので…。制服はないですけど、動きやすい服とかは、あなたの部屋に移したので、今からそこに案内します」


「うん?」


 あの書類の中に用品書なんてあっただろうか、と数時間前の出来事を急いで思い返してみる。―――そんなものにサインをした覚えはない。

 最後に字の練習をするぐらいの時間があったのに、支給品のことが頭からすっぽり抜け落ちていたことに愕然とする。

 そして同時に、信じられないことを今言われた気がする。

 茫然としたレナをサーフは自然とリードするように手を軽く繋いだ。サーフが“彼”に会釈した後、歩き出す。慌てたレナも“彼”にまたね、と声をかけ、サーフの足に倣う。離れて間もなく、後ろで風が動くのを感じた。

 挨拶の一鳴きを残して“彼”は空を飛び立っていった。


「部屋って“彼”が破壊したっていうあの…?」


 元気に飛んで行った“彼”を見送りながら足を動かすと、すぐに城の中に戻った。

 城の中でなおかつ、レナが使っていた部屋となると思い至るものが一つしかない。レナが恐々と尋ねるとサーフは穏やかな声音で答える。


「その部屋は、もう大丈夫です」


「大丈夫…?」


「もう、修復したので」


「え、早い」


 惨状自体は見ていないが、被害総額はつい数時間前に教えてもらったばかりである。さっそく王太子殿下が立て替えてくださったということだろうか。


「魔法師と、専属の大工がいる、ので…修復は一週間もあればできます」


 魔法で修復するのも相当な労力が要るだろうに。後でお世話になった人々にお礼をしにいこう、とレナはこっそり決意する。


「あなたの部屋はそこじゃなくて。あなたの事情は少し複雑です…なので、しばらくは()()に住んでもらいます」


()()?」


 倉庫みたいなところだろうか。野宿よりずっといい―――少し森に差し掛かった時に軽く考えていたのに、案内された先は別荘と言ってもいいような場所だった。

 紅紫の屋根に、白い壁から一部屋ずつベランダが出ている。ここです、と言われた時に思わず何部屋あるのか数えると一階二階に各三部屋。


「―――これが、()()?」


「はい」


 どこからどう見ても日本の安いペンションより良い物件である。半年間野宿の民であったレナからしたら破格の待遇である。


「一応、真ん中の部屋に入用の物は運んでいます。食事はオレたちと一緒の食堂に行かないといけないのですが」


 赤茶色の扉を開いて中に入ると、小綺麗にされたロビーに出る。変にピカピカしておらず、本当につい最近、人の手が入ったであろう様子が少しレナの気持ちを楽にした。

 しかし、階段を上って、真ん中の部屋に案内される途中でレナはある違和感に気付く。


「あの、私たち以外の人、いないような気がするんだけど…?」


「―――あなたは、ちょっと特別、なので…。しばらくはここで一人で過ごしてもらうことになります」


「そう、なんだ…」


「侍女とかもつけてもらったらよかったんですけど“彼”が許せる人が誰なのかまだわからないので…一応、此処があなたの部屋になります」


(―――侍女?)


 疑問を口にする前にガチャリ、と子気味良い音を鳴らして扉が開かれた。

 ()()にしてはなんだか贅沢な場所だな、と思っていたが、外見の期待を裏切らない内装であった。蔦のような模様の落ち着いた壁紙、調度品もシックな茶色で揃えられており、モデルルームのようだ。


「……あの、私は『竜騎士見習い』と聞いていたのだけれど、女性はこういう待遇が標準?」


「女性の竜騎士は基本的には個室で配置されています。大体の方は…こんな感じ、です。後で案内しますが、ここから15分の場所に、寮があります」


「寮が、ある?」


「男性、女性に分かれてますが…はい。基本的に寮生活です」


「そうなんだ…」


 その中であぶれたようにここで一室あてがわれていることからレナが異質だということが察せられた。

 そもそも、竜騎士になるためにも、『騎士』としての素質があるかどうかの試験を受けなければならない、と書類への記入の最中に聞かされていた。

 レナはまだその試験にも受けていないし、竜をヒト一人で匿っていたこと自体前例がないことだったので、()も判断に困った末に出した結果なのだろう。


(まぁ、でも、これで出ていきやすいかも…?)


 今はまだ旅の休憩地点なのだ。借金の返済も計画的にいけば片手の指で足りるぐらいの年数だろう。―――無事に仕事と報酬が結び付けば、の話だが。


「……がんばろう」


 後見人がいるとはいえ、まだ仕事は何をすればいいのかわかない状態だ。丁重にもてなされているような印象を受けるのは“彼”がいるからこその待遇だ。どこからどう見てもダブルサイズのベッドを視界に入れながら遠い目をする。さっきのサーフの発言の中にさらっと『侍女』という言葉も聞こえたのも、きっと気のせいではなかったのだろう。今の後ろ盾が強すぎることも今後の悩みの種になりそうだ。

 旅の間になけなしのお金で宿を一拍とった部屋との差が本当に凄い。まぁ、その部屋も真夜中に抜け出したのだが。


「あなたは、怪我も癒えきってないのであまり無理をしない方がいいと思います」


 サーフが生真面目に返答をするのを聞いて、レナは少し驚く。

 どうやら、がんばろうという言葉を額面通りに受け止めたらしい。しかし、『借金返済に向けての勝手な心の誓いです』というのもなんだか憚られ、無難に「はい…」としか言えなかった。


 離れを出てしばらく歩き、男性寮、女性寮を横目にし、そのさらに先をひたすら歩いて食堂があった。


 食堂に入る頃には早めの夕食となっているようで、ビュッフェ形式なのか数人が既に列に並んでいた。


「食堂は7時から20時まで開いています。7時から10時、13時から15時、18時から21時と開いている時間は決まっているので食べ忘れないように気をつけてください」


 サーフ曰く、好きなだけよそえるので暗黙の了解で騎士関連の女性がなるべく先にこの食堂に来られるように時間を調整しているのだとか。


「訓練後の男性の食欲は凄まじいので、あなたも夕方は早めに来ることをお勧めします」


「はい」


「けれど、今はまだ回復したてなので、今日から一週間の食事はジェラール隊長の奥方様としてもらうことが決まっています」


 それは初耳である。

 きっと“彼”が受け入れているのがあの夫婦だということが明確にわかっているからだろうが、それなら隣の人でも問題ないのでは?と疑問ばかりが頭に浮かぶ。


「君は? 一緒に食べないの?」


「いえ、オレなんかが一緒に食べるとしたら、迷惑になるので。また違う時に、食べます」


(ん…?)


 身長的に一緒なのに、不思議なことを聞いた気分である。普通の人よりよく食べるタイプなのか、食べ散らかすタイプなのか…。いや、レナが契約を結んでしまった後ろ盾のせいかもしれない。今は一緒に食べてはいけない可能性の方が高い。

 あまり深くは考えずに、レナ次の場所に足を運ぶ。


 速やかに移動し、講義を受ける場所、訓練場所などを順繰りに回っていくのだった。


 その道中に、先の彼の言葉の違和感に気付くことになる。

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