饕餮とチョウケンとセイキョウ
蚩尤の放った魔物たちはその母体となる蚩尤と同じようにに強者に引き寄せられるように世界に散らばった・・・。
そしてここシン国において、その災いの1つが出現したのだった。
シン国、興楽宮の太和殿内ではセイキョウとチョウケンそしてコウテツが話し合っていた。ちょうどその時、太和殿前の広場の上空に出現した黒い霧が急に立ち込めだした。この変化を敏感に感じ取ったのがチョウケンであった。それは体の皮膚という皮膚がまるで針に刺されたかのような痛覚に激しく襲われてきたからだった。
「こ、これは!」
チョウケンは太和殿から出てその霧を視認しすぐに理解した。この正体がエイデンからの知らせにあった蚩尤であると。
チョウケンは身構え全身に仙気を纏う。その体が白色を帯び、
「汝が蚩尤か!」
そう霧の中の何かに向けて声を発した。セイキョウはその声を聴いた瞬間に傍に控えている従者から佩刀を奪うように取り、急いでチョウケンの方に走り出し、コウテツもその後を追った。
渦巻く黒い霧を見つめる三人に、
「我を蚩尤様と見紛うとは、笑止!汝ら、その蚩尤様への無礼を命で贖うがよい!」
響き渡る大声が興楽宮を揺らす。これにようやく近衛兵らが気づき一斉に太和殿へと急行する。広場に浮かぶ黒霧は次第に収斂し、その正体を現して言う、
「我が名は饕餮。蚩尤様の忠実なる僕にして、その分身なり!」
饕餮がそう言葉を発したその時、両手を広げた。その瞬間広場を取り巻く壁が一斉に上空へ浮かんで粉々に崩壊したのだ。呆気にとられるセイキョウら一同。チョウケンはセイキョウをかばうように前に出て、饕餮に向き合う。
ちょうどその頃集まってきた近衛兵らもその惨状に唖然とし、広場の饕餮を見上げる。そして司令官らしき者が一斉に弓で攻撃させるが、近衛らの放った矢は饕餮に届くこともなく蒸発する様に消え失せるのであった。饕餮はうるさい蝿を払うかのように、片腕を横に薙ぐ。その衝撃は近衛らの方に向かい、一瞬で近衛らは血しぶきを上げその場に倒れてしまった。
セイキョウは佩刀を握りしめ、その惨状に絶句する。
チョウケンはこの時すでに何やら手に印を結び、口には呪文らしきものをつぶやいている。次の瞬間、
「これを食らえ!」
と言い放つ。チョウケンから発せられた白いまるで綱のような物が饕餮に向け数百本放たれる。饕餮はその綱をめがけて口からビームのようなものを出した。そのビームに触れた瞬間半数以上の綱が消え失せる。だが、残り半数は饕餮に到達し、その身をグルグルに巻き始めたのだった。
まるでそれは大きな繭玉を見るかの様であった。
チョウケンはニヤリと笑い、その額には汗を流しながらそのままこの繭玉のようなものを厚く固く締めていく。
しかし、繭玉は徐々に振動し次第にその振幅を大きくしていき、ついには黒い霧がその繭から出始める。これに焦ったのがチョウケンであった。気をさらに増幅させ繭玉へと送る、だが次の瞬間その繭玉は黒い霧に溶かされていくように崩壊していくのであった。
肩で息をしているチョウケンに、饕餮はチョウケンに視線を合わせている。饕餮が再び口を大きく開けてチョウケンへ向けビームを放つ。セイキョウを逃がす余裕がないチョウケンは、そのままありったけの仙気を前面に押し出して防護壁を作る。
バリバリと火花を散らしながらビームと障壁がせめぎ合うが、チョウケンの顔は苦しそうである。饕餮は吐き出しているビームの出力を上げるかのように咆哮をあげた。その瞬間耐えきれないチョウケンはセイキョウを突き飛ばし、突き倒されたセイキョウが再び顔を上げてチョウケンを見ると、そこには白い髯が鮮血に染まり、その腹部には大きな穴が開いてそこから臓器が動いているのが見えた。
セイキョウはただチョウケンを見上げるだけであった。
そしてチョウケンが、
「陛下、儂はここまでの様です。最後の一手この命に代えてやり遂げて見せます。」
そう笑って言った。セイキョウはそのチョウケンの最後の言葉に何も発することができず、ただ涙を流すだけであった。
次の瞬間チョウケンがセイキョウの眼前から忽然と消えた。饕餮もその姿を顔を動かして探しているようだった。だが、その背後には腹部から血を流しているチョウケンが浮いていてその両掌が白色に輝いている。その刹那、チョウケンは饕餮のこめかみに掌を差し込んだ。
ピカッという光の閃光が発せられた瞬間、白い光の柱が天高く宇宙へ放たれ、その光の柱の中で饕餮がもがき苦しんでいる様がうっすらと見えている。その後に光の柱が徐々に薄らいでいき、とうとう消え失せた頃には全身がボロボロになった何かが広場の中心でまだ立っていたのだった。それは大きく肩で息をして、その体の一部がボロボロと崩れてはいるものの、その禍々しいオーラは饕餮のものだったのだ。
「フ・・・。」
そう笑っているかの様に見える饕餮。崩れる体を何とか維持しながら、セイキョウの方を見ていた。
セイキョウはこの時震えていた。恐怖を感じていないといえばもちろん嘘になる。だがそれよりも、この幼帝には今まで失ってきた臣下の気持ちがその心を激しく揺らしていたのであった。皇帝とこの国のために殉じて逝ったすべての魂の思いをその小さい体で受け止めていたのだった。
セイキョウは自らの足で立ち、その左手に握っていた佩刀を鞘から抜き放ち、右手にその剣を握りしてた。そして、一歩、また一歩と饕餮に向け歩き始めたのであった。コウテツは慌ててセイキョウを止めよとするが、セイキョウはまっすぐ饕餮を見てその歩みを止めなかった。
その頃、広場には続々と残りの近衛兵や場外にいた兵士たちを連れてきた将軍らが集い始めその惨状を目にし絶句していた。そしてその視線の先には皇帝自ら剣を手にし、あの饕餮に向かって進む姿があったのだ。
セイキョウの眼光はただ饕餮だけを見ていた。それを見ていた饕餮は再び口からビームを放とうとする。ボロボロの口から出ようとするそれは以前のような威力はないにしても子供一人を蒸発させるには十分である。
饕餮がその口を開けた瞬間、セイキョウは剣を前面に押し出し意識を剣先へと集中する。その時である。セイキョウの持つ剣が黄金色に輝き、その刀身に彫刻された龍がセイキョウの眼前に出現した。次の瞬間、饕餮の放ったビームと、黄金色に輝く龍が衝突し眩い光を発する。
セイキョウは、
「我は、シン国皇帝なり!国を守るに、他が誰を以てせん!ここに朕が民の先兵とならん!」
その小さい体から出たとは思えないほど皆に聞こえる大きな声で言い放った。それに呼応するかのように、龍が大きな口を開け咆哮すると、饕餮の放ったビームを飲み込み、龍が饕餮を噛みちぎる。
ようやく体を維持できていた饕餮はあえなく上半身を龍の体に取り込まれ、その残りはもはやただの残骸となり広場に倒れ込むのであった。龍は一旦上昇して、一気に下降しこの残った饕餮の残滓さえもその体に取り込んだ。そして、再び咆哮しセイキョウの持つ剣の中へと消えていったのであった。
そこにいたものはその状況把握に時間を要した。だが、そのうち兵士たちが歓声をあげる。その声は次第に大きくなり、興楽宮を覆うのだった。




