蚩尤の強さ
仁とヴィクトルの目の前には頑強な体躯に鋭い目、禍々しいオーラを放つ鎧と武器を身に着けた蚩尤がいる。その後ろには手下らしき多数の魔獣が赤い目をしてこちらを見ている。
蚩尤は口を大きく開け、まるで息遣いが聞こえるかのように吐く息を白くさせている。そして、
「ようやく我が封印が解かれたと思ったが、黄帝ではないな。お主は何者ぞ。」
声を出すたびに周辺の大気が揺れるような大きな声で話す蚩尤。
「我は汝蚩尤を屠る者也!」
仁は大声で答えた。
「フ、フフ、フハハハハハァ!」
笑い声が伝播し大気を激しく振動しさせる。それに両耳を手で覆う仁とヴィクトル。蚩尤は、
「是非もなし!」
この言葉で後背に控えた魔獣が一斉に仁とヴィクトルに攻め来る。
仁は落日弓を構え魔力を注ぎ込み矢を発する。ブンという音とともに一矢が魔獣らの方に飛んだ瞬間、矢は二十本ほどに分かれ各々の魔獣に向けて一斉に飛び、その眉間に深くめり込んで大爆発を起こす。爆音とともに周囲には魔獣の肉片が飛び散り、血が蒸発した白い湯気と血の匂い、そして獣が焼けたような悪臭が充満している。
ヴィクトルもまた敵が動いたその瞬間、九星槍を横に一閃させる。槍が切り裂いた大気からは旋風が巻き起こり蚩尤らに向けてその勢いを増しながら進んでいく。ヴィクトルはさらにその旋風に劫火を放ち、さも巨大な火災旋風のようなそれが蚩尤に到着しようとしていた。
蚩尤はそれを避けることもせず悠然と腕を組んだままその場にいる。旋風は蚩尤を飲み込み、その背後にいた魔獣をも巻き込んでその渦中に吸い込んでいく。その轟音とともに魔獣らの断末魔が周辺にこだまするのであった。
次第に旋風が弱まりその姿が消えようとしたとき、黒い物体が上空から落ちてくる。ヴィクトルの放った劫火により魔獣らが一瞬にして消し炭になってしまったのだ。
だが、そこには相変わらず悠然とした蚩尤が立っていたのだ。
「主ら、その程度でこの我に挑もうとは。笑止!」
蚩尤は背中に担いでいた偃月刀を片手で握り、上段に構えた瞬間振り下す。その衝撃波が二人に向かってくる。蚩尤の動きが尋常ではなかったため、仁らにはまるで一回だけ振り下ろしたように見えたが、実際にはそれぞれに向け計2回振り下ろしていたのだ。
仁とヴィクトルはすぐに分厚い防壁を作成し躱そうとするが間に合わない。ヴィクトルは直接受け止めることは諦め、その衝撃波をかわすべく槍の穂先に魔力を集中し、来る三日月状の衝撃波の頂点に向け全身全霊の一突きを繰り出す。蚩尤の放った衝撃波は高い魔力の塊で、もはやそれは物質化した刃同然であった。交わる刃と刃、せめぎ合う刃からはまるで激しい火花のような魔力の残滓が飛びあう。全身の魔力を九星槍に集めるヴィクトルは気合をあげた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
カキン、と金属が摺れた音がしたその刹那、蚩尤の放った衝撃波がヴィクトルの左側をかすめる様に直進していった。かろうじて躱したヴィクトルは既に肩で息をしている。
一方、仁は魔力を高め防壁の正面の硬度を高める。衝撃波の頂点がその防壁と交わった瞬間、激しい振動が防壁に伝わる。顔を歪める仁はその威力のすさまじさに恐怖する。
「(さすがにこれはやばいな・・・。)」
刹那、防壁が崩壊し衝撃波が今まさに仁に迫り来ようとしたとき。仁の姿が消えた。
ピクっと眉間が動いた蚩尤。体は動かないがその目だけが激しく動き仁の姿を探している。が、仁の姿もそのオーラすらも察知できない。蚩尤はそれでも油断はしなかった。偃月刀を握っている右手をそのままして、左手で巨大な盾を握りしめる。そして全身の感覚を研ぎ澄まし空気の動きさえ感じ取るほどの静寂を保つのであった。
ヴィクトルは、その静寂を打ち破るかのように九星槍からの一撃を繰り出す。蚩尤は左手の大楯をその方向へ掲げその攻撃を真正面で受け止める。ヴィクトルの攻撃を受けても微動だにしない蚩尤。その姿に今までに感じたことも無い恐怖が全身を駆け巡るヴィクトルであった。
打つ手がないヴィクトル。敵の気配を探る蚩尤。両者はその意図において動かないのであった。
そんな両者の姿を何食わぬ顔で見ている仁。実は両者が対峙している時空とは別の時空にその身を転移してあった。それは空間的次元である3次元と時間軸の1次元を内包するような多次元空間から彼らを覗いていたのだ。これはシン国であの九天玄女から教えてもらった秘術の中の一つ、時空移転の秘術、であった。
「さて、この蚩尤をどうしたらいいかなっと。」
仁は思案していた。仁の頭の中ではいろんな知識がグルグルと回る。頭の中で試行しその結果を推測する。その中には時空転移で蚩尤を別の時空に封じてしまうことも考えたのだが、如何せんあの蚩尤の無尽蔵ともいえるその魔力を間違って暴発させてしまえば、最悪この世界の時空そのものが崩壊しかねない危険性があったのだ。
仁はそんな膨大な思考実験を経てようやくある結論に至る。
「(やってみるか!)」
こう心に定め、蚩尤のいる時空へとその身を射影する。突然現れた膨大な魔力を感じた蚩尤は刹那、その方へ偃月刀を振りかぶる。前回の攻撃よりもさらに激しい魔力の塊が仁を襲う。
仁はその魔力を避けようともせずまるでその身で受けるように悠然としている。
これに驚いたのはヴィクトルだ。
「師匠ぉ―――――――――!」
蚩尤の魔力の塊が仁に触れた瞬間。シュンっとその魔力の塊が仁の前から消え失せた。それを凝視する蚩尤はさらに膨大な魔力量と膨大な数のそれを生成し、再び仁を攻撃する。
仁はまたしてもそれらの攻撃を消去している。ヴィクトルは師匠のその真意を考えていた。魔力はつまり生命エネルギーそのもの。であるならば膨大とはいえ有限の量である。おそらく、その膨大なエネルギーを失わせているのではないか、そう考えたのであった。結論からいえばその類推は間違いである・・・。なぜならば、
〝神の神たるゆえんは、その無限性にある〟
からである。だがヴィクトルはこの間違った推論を根拠にして、仁の行動に合わせて蚩尤に攻撃を仕掛ける。その攻撃に蚩尤は止まることなく仁とヴィクトルに攻撃を仕掛けてくる。
仁とヴィクトルの攻撃の連携は互いをよく知るこの子弟だからこそできる協演であった。そして次第にその共闘が蚩尤を追い詰めているかのように見えた。
蚩尤はちょこまかとコバエに目の前を動き回られる、そんな煩わしさを覚えていた。そこで膨大な魔力を使い3体ほどの魔獣を出現させ、それを一瞬にして世界にばらまいた。
そして仁らに言うのだ、
「世界に厄災をばら撒いてやったぞ。お前たちが我を速やかに倒さねば、あ奴らがこの世を滅ぼすであろう。」
そう邪悪な笑みを浮かべるのであった。




