新たな目的地
仁は手紙をようやく読み終え、静かに折りたたみ目をつぶる。そして、静かに話し始めるのであった。仁が初めて旧王国領スメルの街で、孤児同然の姿で見つけた子がアーノルドだったこと。それから、愛情をもって大事にしていき、少しずつ感情を表に出してくれたこと。実に良く勉強して、仁が書いた算数の本を喜んでいてくれたこと。そして、あの戦のとき、初めて父さんと呼んでくれたこと。
深い思い出の中の出来事を絞り出すかの様に一つ一つ話す仁。初めて父さんと呼んでくれた、の件ではまたしてもアクセルは号泣する。それを見て、いい子だなぁ、と微笑みながらアクセルを見る仁。
そしてアーノルドの淡き初恋の出来事に話がいくと皆が想像以上の失恋に驚いていた。心の中で、アーノルドごめん、と謝る父。
あっという間に時間は過ぎ去り、夜が更けて来た。ベンジャミンが仁に、
「ジン様、夜も更けましたが裏庭までお越しくださいますか?」
そう言って仁を連れ出す。薄暗い裏庭には何があるのか全く見えない。アクセルとアテナは松明を持ち庭の奥へと歩いていく。そうすると次第に墓石らしきものがいくつも現れてくる。
「アーノルド様の歴代子孫の墓です。そしてその一番奥にあるのがアーノルド様と奥様の墓です。」
それを聞いた瞬間、目を見開いてアーノルドの墓まで走る仁。その墓碑には〝隻腕の小賢者ここに眠る。父を待つ長き眠りに〟そう記されていた。
仁は膝を屈して、墓石を抱きしめる。目をつむり深く瞑想したとき。あの時と同じ、アーノルドの傷を癒したあの時と同じように仁から黄金に輝く光があふれる。
「おぉ!、こっこれはアーノルド様を癒したとされる慈光!」
ベンジャミンらは膝をつき、慈光に輝く仁に手を合わせ祈るような恰好をする。しばらくその輝きが弱まることが無かった。しばらくして次第に周囲は暗闇に戻り、そして立ち上がった仁が一言、
「お待たせ、最愛の息子 アーノルド。」
そう言うのであった。
その日からしばらくこの家に滞在することになった仁。その間にちょっと困った事があった。アクセルやアテナの態度が急変したのだ。やりにくくて仕方がない仁は、以前の様にジンさん、と言うようにと言い聞かせるのであった。ベンジャミンは相変わらずジン様と言うのを変えない。そういう所はアーノルドそっくりだ、と仁は笑いながら言うのであった。
そして今や失われたとされる〝賢者の十冊〟をベンジャミンが仁の目の前に持って来た。この学問は門外不出とし、家族以外に教えることをアーノルドが固く禁止したのだ。その禁忌は歴代の子孫により固く守られた。それゆえ仁が計算ミスを指摘したときにアクセルとアテナが驚き、仁の素性について大きな疑惑をもつきっかけになったのだと言う。
滞在中、歴代のベンジャミンらの暦の研究資料を見た仁は、観測機器が十分でないことから星の運行に関するデータ不足を指摘した。悩むベンジャミン。そこで一つの提案をする。それは、とある場所に世界の知識が集約している施設がある。それこそヴィクトルが創設した慈光教の総本山なのだというのだ。
そこで、アクセラとアテナを総本山に連れて行っていただきたい、とベンジャミンに頼まれるのであった。
できればあの賢者像は見たくはないなぁ、と心の中でつぶやくがそれは個人的事情でベンジャミンの研究の方が公益性が高い。もちろんこの願いを聞き入れるのであった。
数日後、準備を整えたアクセラとアテナは仁と一緒にアーノルドの墓に詣でる。そしてアーノルドの魂の所在地と一時の別れを告げ旅立ったのであった。
谷の家に来るときはセッセと歩かざるを得なかったが、今やその素性が明るみになった仁は二人を掴まえて一気に飛行魔法で飛び立つ。ジェットコースターのようなそれにアテナは大喜び、今まで見たことも無い風景とスリルにキャッキャと喜んでいる。一方男はこの手の刺激には弱い。上昇していく途中でアクセルは気を失うのであった。
山をいくつも飛び越え、麓に降り立ったとき。ようやくアクセルは失った気を取り戻した。そして慈光教の総本山を目指して歩き出す。
慈光教の総本山は、それ自体が魔法使いの修行場にもなっているらしく、ここから随分離れた場所にある高い山の中腹に存在しているらしい。
伝承では、この場所は若い頃ヴィクトルが一人で修行していた場所であったが、後年多くの弟子ができたのがきっかけで彼らと共に生活できる場所が必要になった。最初は何もなかったただの山だったが、ヴィクトルが土地をつくるため、巨大な魔法を数発放ち、斜面を削って広大な平地を作ったらしい。
弟子は魔法の修行をしながら生活環境を改善していき、ヴィクトルが死んだ頃にはちょっとした町の様になったという。
飛行魔法を使えばあっという間につくのだが、アクセルとアテナは各地で観測データをとりたいというので急がずボチボチ進むことになった。
しばらく歩いていると街道に数名いかにも魔導士らしい服装をした人たちがこちらに向けて歩いてくる。仁はそのうちの一人を呼び止めて話をすると彼らこそ慈光教の人らであった。慈光教はこの服装を纏うことで自分たちがヴィクトルの弟子であると分かるようにしているのだと言う。
教団員は最初に総本山で修行をしてある程度の素養を身に着けた後、世界を旅して困った人たちを救う活動をするのだという。もし教団の戒律を著しく犯した場合、総本山から討伐のための魔法師部隊が繰り出されるらしくその迅速な動きには各国も恐れを抱いているらしい。だが、そうでもない限りは自由でのびのびとした教団だという。
仁はある種のカルト教団になっていないかちょっとだけ心配していた。というのもこの手の組織は最初こそ当初の目的通り動くことはあっても、後になるにつれ最初の志を忘れ、人間の欲望の方に素直になる傾向があるからだ。
また、そうさせまいと自戒が強くなりすぎれば今度は保守的な考えになり、伝統から逃れられない硬直した思考に陥る。
だが彼の話を聞く限りにおいては今のところどちらにも陥ってはいない様で仁は安心したようだ。
教団の人と別れてまた歩きはじめるとようやく街の姿が見え始めた。今日はここで泊まることになりそうだ。




