王国の滅亡とその後
ヴィクトルはすぐに攻撃態勢に入る。ここへ来る途中に見てきた帝国軍の非道をどうしてもこの青年の良心は許せなかった。ヴィクトルの戦への終生の嫌悪感はこの時に醸成されたといってもよい。
帝国軍がその射程に入った瞬間、数十発の閃光を放つ。群がる帝国軍の中に着弾したそれは周りの空気を吸い込んだ瞬間、まばゆいばかりの閃光を放ち一気に爆風を放つ。着弾した周囲の百数十の兵士がうめき声とともにまるでおもちゃがまき散らかされたかの様に吹き飛ばされる。
さらに両手に意識を集中し、炎をその腕に纏う。眼光を敵兵に向け一気に炎を放つ。炎が着弾しそこには炎の柱が立つ。ヴィクトルはその炎にさらに魔力を注ぎ込み、炎が次第に火災旋風となって帝国軍内を縦横無尽に走り回る。帝国軍内には混乱する声、兵士の苦しむ声、絶叫、恐怖、絶望さまざまな音を響かせうごめいている。眼前の兵士達はもはや軍隊としての規律はなく、ただ逃げ惑う群衆と同じ有様であった。
ヴィクトルは迷うことなく更なる攻撃を帝国軍に放つ。もはや烏合の衆となり果てた敵兵は、四散してこの場を離れるだけであった。その状況を見てようやく冷静さを取り戻したヴィクトルは戦場の有様を見て絶句し、その筆舌しがたい状況に嘔吐する。
そこには武器を持ったまま黒焦げに固まる兵士、内臓を飛び出し母の名を叫ぶ兵士、苦痛に耐えかね自らのどを剣で刺す兵士、ただ笑ってそこらを歩き回りながら、自分の内臓を引きずって歩く兵士・・・・ありとあらゆる死の形態がそこにはあった。
そ れを見たヴィクトルは自身の力がもはや暴力でしかないという事実を目の当たりにした。そして怒りのままその力を使った結果を受け入れることができない彼は、呆然と天を仰ぐ。
「師匠・・・・師匠!!、俺はどうしたらよかったんだ! どうすべきだったんだ。教えてくれ!!!!」
戦場にこだまするヴィクトルの声は、籠城戦に勝利したと錯覚する王国軍の歓声にかき消された。こうして戦場に残されたのは呆然と宙に浮くヴィクトルの姿だけであった。
ヴィクトルは、開城した王都に入りアーベルに謁見する。そして更なる絶望を味わうのであった。そこには、ヴィクトルをまるで天からの使者であるかのように褒めそやす貴族どもともに、同調する宰相や国王の姿があったからだ。彼らには人間の死というものが見えていなかった。そこにあるのはただ自身の保身だけであった。
ヴィクトルはアーベルに相対し、
「師匠・・・大賢者はどちらに?」
と怒りを抑えながら言った。すると代わりに宰相が答えて、
「もはやこの国にはおられません、その理由は分かりかねますが、幸いヴィクトル殿が帰還されました。これで王国は安泰でしょう。」
そうぬけぬけと言ってのけたのであった。ヴィクトルにとって師匠の存在ほど大事なことはなかった。その師を放逐したこの王国にはもはやこれ以上救う義理もない、そう判断した彼は。
「大賢者がこの地を離れたということは、もはやこの国が国として意味がないことを意味している。俺は師匠の弟子だ。師匠が見捨てた馬鹿どもをかばうつもりはない。今回は今までの義理で助けたが、もはやこれ以上は期待するな。もし俺に関わる者が危害を加えられる事になったら、お前たちは先ほどの帝国軍と同じ末路をたどることになると覚悟するがいい。」
そう言い怒りを抑えられないヴィクトル。全身の魔力がその怒りのあまり制御しきれずあふれ出す。あまりの魔力の量に王城がさも地震に見舞われたかのように揺れる。その場にいた者は怯えただうずくまるだけであった。
ヴィクトルは踵を返し、王城を飛び出るのであった。そして二度と王都に足を踏み入れることがなかった。
こうして王国はまたしても帝国の侵略をかろうじて防ぐことができた。だが、腐敗した国家を立て直すことはできず、さらに5年後帝国の侵攻に王国は滅びるのであった。アーベルは落城の際自室に閉じこもり初代が残した本を持ったまま毒をあおりその最後を迎え、宰相は必死の命乞いをするが王城に踏み込んだ帝国兵によりその身を切り刻まれ殺されたのであった。
こうして、長い歴史を持つザールサス王国はその歴史を閉じることになり、その歴史はことごとく帝国により破壊されることになった。
王都が占領された後、アルフレッドの所領まで帝国軍は侵攻した。だが抵抗が激しくなかなかカーセルを落とせない。帝国は一計を案じアルフレッドの命と引き換えにカーセルの所領をその息子に安堵する旨告示した。アルフレッドは妻子やダミアンの反対を押し切りその提案を受諾し、帝国兵の見守る中斬首される。
歴史書はアルフレッドの死をもって王国が死んだと記してある。
ダミアンは斬首されたアルフレッドの遺骸を引き取り、帝国軍がこれ以上侵攻しないであろうセレナの街の片隅にアルフレッドの墓を建てるのであった。ダミアンはその命の限りアルフレッドの墓を守り、最後はその墓の前で命が尽きたと伝えられている。町の者の伝承では、その死に顔は何故か穏やかであったと伝えられている。
その頃、ザールサス領を遠く離れたある場所で、アーノルド一家は生まれた子供とともに過ごしていた。誰にも知られることのない場所でひっそりと。そして、アーノルドは夜空を見ている。星が瞬き、あるいは流れ星が流れる。その有様を見て星の運行に興味を持ったアーノルド。以後アーノルドは夜空の星を観測し続けることになる。こうして隻腕の小賢者はこの世界の天文学の祖となり、その知識は賢者の十冊とともに子々孫々に伝えられることになる。
ヴィクトルはその後、各地を巡りその足跡を残しながら大魔導士としての名を残すことになる。その中で多くの魔法使いに影響を与え、晩年にはヴィクトルを中心とする魔法使いの教団を創生するに至る。正式には滋光の賢者の会というが、一般には慈光教といわれた。
ヴィクトルは終生、仁の教えを守り戦のない平和な世界を目指すべく多くの弟子を育てた。今まで体系的でなかった魔法を仁の手法を参考にし体系立てて魔法使いが道を踏み外さないようにした。教団の結束は固く、始祖のヴィクトルの教えを忠実に守り、その方針は長く保たれていくことになる。こうして後世において慈光教の人々は民衆から絶大な信頼を得ることになった。
教団が創立されしばらくして、ヴィクトルはある日忽然と姿を消すことになる。噂では死んだとも、生きているとも伝えられるが、真相は教団の歴代の代表たる大魔導士によって引き継がれることになる。
こうして、賢者が登場し活躍した華々しい時代は終焉を迎えた。
時代は進み、それから200年ほどの月日が過ぎた・・・・。




