ヴィクトル漫遊記(一)
仁が王国を去ることになろうとはつゆとも思っていないヴィクトルは今日も旅をする。王国を出て3年になり随分とふる里から離れた。そして今、目の前には大きな海がある。ザールサスは山脈の麓にあるのでヴィクトルが海を見るのはこれが人生で初めてであった。
「でっけーな!」
刀を砂浜に差し込んで、海の中に入っていく。旅の途中でいろんな人に出会い、海がある国を知ったヴィクトルは青年の好奇心というものを抑えることができなかった。膝ほど水に浸かりちょっとだけ海水を口に含む。
「うわっホントだ、しょっぱい!」
あれから毎日魔法の基礎練習を欠かしておらず、その魔力量もまだ増加している。だが、魔法量が増加するにつれ魔法切れを起こすまでの修行がなかなかできないでいた。そこで噂に聞く海とやらでやってみたい修行を考えていたのだ。
目をつむり意識を体内に対流する魔力に集中する。両手をまっすぐ沖の方に出し掌から魔力を放出し始める。目の前の水面がヴィクトルの周辺だけざわざわと波打ち始まる。ヴィクトルはさらに放出する魔法量を増大させていくと、次第に水しぶきが大きくなりそして少しずつ海が手前から割れ始める。
ヴィクトルが今出せる魔力を最大を放出したとき、幅は1mほど、長さが50mほどに達した。普通の魔法使いならここまでは到底不可能であるが、この若き魔導士はそんなことぐらいで満足できるはずがない。
「まだこんなもんか・・・。」
出せる魔力の限界に達して、放出を止めると一気に海が元の状態戻り、波しぶきがヴィクトルにかかる。全身で海水を浴びながら肩を大きく揺らして息をしている。こうしてこれからしばらくの間の修行が決まる。
この三年間で野宿もだいぶん慣れ、シュバルツの森で苦しんだ小屋を建てる事も手慣れたものになっていた。近くの山から適当な木材を持ってきて、手早くちょっとした小屋を建てるヴィクトル。そしてこれより海を割る修行を始めるのであった。
そんな魔法使いの姿を遠くからこっそりと眺める女性がいた。17歳ぐらいで瞳は青い、肌は真っ黒に焼けたスラッとしたまぁ美人といっていい見た目の女性だ。彼女の名前はリーフ。この近くに住む漁師の娘である。
リーフは最初ヴィクトルが海を割り始めたのに腰を抜かした。魔法使いなど今まで話には聞いていただけで実際に見たことはない、しかも規格外の魔法を目の前で見てしまったのだ。ガクガク震える足を何とか突っ張ってリーフは家に帰るのであった。
そうとも知らず、せっせと小屋を建てるヴィクトル。もはや面倒ごとしか起きない雰囲気である。
その夜、海の魚を獲って食い終わり明日の修行に備え寝ているヴィクトル。頃は深夜、周りは月明かりで夜ながらある程度見える。外には5人ばかりの屈強な男が手にモリを持ちそっと近づいてくる。その中の一人がそっと簡素な戸を開こうとする・・・。
その瞬間、大人の男の太ももぐらいはあろうかという木が目の前に飛んでくる。
「痛ってーーーーーーー!」
戸を開けようとした若い男の眉間に見事木が当たりそのまま倒れ込む。ヴィクトルはあの夜に仁によって仕掛けられていた罠を自分の小屋にも仕掛けていた。もとよりこれが稼働するとは全く考えていなかったが。
一気になだれ込む4人の男。寝ているヴィクトルを拘束しようとかかってくる。ヴィクトルは寝たままの状態で空気の膜を創り一気にその空気を膨張させる。爆風にも似た風圧が男どもを襲い小屋もろとも吹き飛ばされた。せっかく建てた小屋も木っ端みじんである。
ゆっくり起き上がるヴィクトルが、
「なんだい藪から棒に、俺が何かしたか?いきなり襲うとは穏やかじゃないな!」
と、言いながら刀に手を添える。男らはモリを手にしヴィクトルにかかってくる。ヴィクトルは刀を抜き4人を刀背打ちで意識を刈り取っていく。ほんの一瞬で勝負は終わり、あわれ小屋が粉砕しているのを見て頭をかいたのであった。
五人の男たちが意識を回復したのは早朝、日の光を浴びる頃であった。ヴィクトルは夜の間に小屋の残骸で火をおこし5人が寒くないようにしていた。五人の中で一番年長そうな屈強な男に話しかけるヴィクトル。
「まずはだ、なぜ俺を襲った?」
男は、
「お前が魔法使いだからだ!」
「おいおい、それはまた無茶な理由だな。確かに魔法使いは珍しいだろうが、だからと言って殺される理由にはならんだろ?」
そうすると男がヴィクトルを襲った理由を話し始めた。
この辺りは海も比較的穏やかで漁師で生きていくにはちょうどいい地域らしい。だが、数年前に魔法使いが数人このあたりに現れてこのあたりを荒らし始めた。そして中には若い女をさらい、乱暴をはたらいた。被害者の中にはその身をはかなんで海の中で浮いた状態で発見されたものもいた様だ。
一般人では魔法使いに対抗することはできない。そこで村の長らがこの地域を治める行政官に陳情に行ったのだが、けんもほろろに追い出された。どうやらその魔法使いらはその行政官と結託しているようで、あちこちで悪さをしているらしい。
そして数日前にまた魔法使いらが村に来た。この男には年頃の娘がいるらしくその噂を聞きつけた奴らが娘を出せと言ってきたようだ。幸いその場所に娘はいなかったので連れていかれることはなかった。
その娘が昨日、海岸で魔法を使う若い男を一人見たという。村の男5人もいれば一人ぐらい何とかなるだろうと夜中に襲いに来た、というのが事の真相らしい。話を聞いていると、この男らもヴィクトルがその魔法使いとは別人であることを分かったらしく申し訳なさそうな顔をしている。
「まぁとんでもないのがいたもんだが、それと俺が同じと思われるのも随分と乱暴な話だと思うが?」
そう呆れながらガイというその男に話しかけると、ガイも頭を下げて、
「すまないと思っている。だが俺達にとってみれば魔法使いといえば悪い奴らしかいなかったんだ。」
そう言うのであった。
「話を聞いてしまったからにはなんとかしねーとな。それに魔法使いとしちゃーこの悪党らを黙って見過ごす訳にもいかねーしな!」
そう言って仁を思わせるような不敵な笑みを浮かべるヴィクトルであった。




