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転生隠者は賢者になる  作者: 太白
生者必滅・会者定離
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父と子


 ヴィクトルが王国を出て1年と少しばかり後、メルケ宰相が亡くなった。今まで王国がかろうじてその命脈を保ちえたのもノルドの存在が大きかった。近年は、リミットやアルフレッドなど若手の旗手が政治に参画するようになって王国も以前とは比べ物にならないほど大きくなっていたが、それもメルケの存在がその影にあったればこそ若手らが自由に活躍できたのだ。


 宮廷とは魔物が住んでいる。その魔物の原動力こそ人間のさまざまな欲望である。長い間この欲望の渦巻く王宮内を陰に陽に支えてきたこの重鎮が死んだことが、今後の王国に暗雲立ち込める兆しとなっていくのである。


 メルケの後任としてはアーベルの信任篤きリミットが宰相の地位に就く。リミットは最初こそアルフレッドなど他の貴族たちと話し合いながら政治を執っていたが、次第に独断に走るようになる。ちょうどそんな時期、アルフレッドの屋敷内でにぎやかな出来事が起きようとしている。


 仁はいつものように部屋の中で過ごしているとノックの音がする。そしていつものようにアーノルドが入ってくるのだが少しばかり様子が違う。その雰囲気の違いに仁は、


「どうした?なにかいつもと様子が違うようだが。・・・さては!」


 そう切り出すとアーノルドはビクッとして、


「・・・父さんは・・・もう知っているんですか・・・。」


 と顔を赤くして下を向く。仁はカマをかけたのだが実際のところ何のことかさっぱり分かっていない。


「いや、ウソだ。何も知っちゃいないんだけどね・・・フフ。」


 仁がそういうと、アーノルドは顔を上げ、少しばかり抗議の視線で、


「・・・父さん、冗談言っていい時と悪い時がある!、僕結婚するんだから!」


「へっ?」


 素っ頓狂、というのがまさに適切な表現とばかりの顔をするおっさん、大賢者といわれているが実際のところただのマヌケである。シュバイツの森から帰ってきてからしばらく経とうというのに、息子に付き合っている女性がいることに全く気が付いていなかったのである。


 バッと立ち上がり、急いでアルフレッドのいる部屋へ走り出す。ノックをすることもなく部屋に入りアルフレッドを驚かす仁。


「なっなっ・・・アーノルド、アーノルド!!で、で、誰?」


 訳の分からんことを口走る仁。それを見てアルフレッドは、


「まぁまぁどうしたのジンさん。ちょっと落ち着いて。ダミアンお茶ある?」


 そういうと、傍に控えるダミアンがお茶を仁に差し出し、仁はそのお茶を一息に飲み込む。少し落ち着いた仁が


「アーノルド結婚するって!今聞いたんだけど!!!!!」


 アルフレッドとダミアンは互いの顔を見合わせて苦笑する。


「そうですよ。ある女性を紹介したんです。アーノルドは最初は乗り気でなかったんですけどね。半ば強引に誘い出しましてね。でも、徐々に仲良くなったみたいで。」


 クスクスと笑う。


「でもね、さすがにジンさんに話さないまま結婚するのはってアーノルドが言うから。じゃぁちゃんと自分で言っておいでって言ったんですけどね~。今日までかかっちゃいましたか。」


「今日までって?」


「といいますのも、アーノルドと先方の同意は既に半年以上前でしたので。」


 と、ダミアンが説明する。


「なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 今度はその部屋から走り出し、自分の部屋へと駆け降りる。そこには立ちすくんだままのアーノルドがいる。がっしりとアーノルドの肩を掴む仁。いつになく真剣なその顔にアーノルドに緊張が走る。


「・・・・・、父さん結婚してないのに。僕が・・・先に結婚するのは・・・申し訳けないと思っている。けど・・・ゆる・・。」


 ゆるしてください、そうアーノルドが言おうとしたとき、


「おめでとぅ!!!!!!!!!!!」


 屋敷内に響き渡る仁の大声。この声のせいでメイドが握っていた屋敷の皿が数枚落ちて割れるという惨事が発生する。もちろん後日に仁が賠償することになった。


 屋敷内を走り回る仁、しかもその顔は満面の笑みで瞳にはうっすらと涙が浮かぶ。アルフレッドもダミアンも屋敷内の人たちもみんな嬉しそうにその姿を眺めるのであった。


 数日後、アーノルドに連れられ相手の自宅へとあいさつに向かう仁。いつになくすさまじく緊張した面持ちで、ぎこちなく歩く。先方のお嬢さんは男爵家の次女で、穏やかそうな笑顔が素敵な女性であった。仁も最初は緊張していたが、話始めしばらくするとその緊張も解けた。貴族にありがちな雰囲気ではなく実に気立てのいい女性であった。


 その帰り、仁はアーノルドに


「なぁアーノルド。私が結婚していないことを気にすることなんてないよ。でも、いよいよアーノルドが奥さんをもらうのか・・・本当にうれしいよ。幸せになりなさい。」


 そう語り掛け、まるで実の親子のように屋敷へと帰っていくのであった。


 様々な準備が必要となり、約半年後にようやく結婚式の運びとなる。神職の前で結婚する二人が愛を誓う。もうおっさんは既に涙で顔がぐちゃぐちゃになる。もはや体の中にある水分は全て出し尽くしたであろうそんな式の終盤。アーノルドは新妻を携え仁の前に来る。


「・・・父さん今まで育ててくれてありがとうございました・・・。」


 夫婦がそろって仁に頭を下げる。そして、仁の涙腺が崩壊し残されたであろうすべての水分を放出するのであった。


 二人は式に参加した人たちに祝福され、新居へと向かう。残された者たちは宴会になり飲んで騒ぐ。仁はここでも泣きながら酒で水分を補給し、更にまた泣く。長く騒々しい一日はあっという間に過ぎ、仁は今伯爵邸の自分の部屋にいる。


 月明かりが窓から差し込み、机の上に置いてある盃に美しく月が映っている。


 仁は前世でのことを思い出していた。実はかつて仁にも恋人がいた。この男柄にもなく大恋愛をしてある女性と婚約をするに至るのだが、不幸はその直後に起こった。彼女が事故で亡くなってしまったのだ。


 そんなことを思い出しながら、一人ぽつんと部屋でいる仁。夜の風が、酔ったこのおっさんの熱を冷ますかのように当たるのであった。

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