賢者の弟子
ヴィクトルが目が覚めるとそこは木の匂いのするログハウスのような家の中。暖炉がパチパチと音を立てている。暖炉の前の机には揺らめく炎に照らされた憎っくきおっさんが座っていた。
「おっ気が付いたか。どうだ、体の方は?」
そう気遣う仁。
「う、う・・・ん。大丈夫だぜ。」
そう答えるヴィクトル。しばしお互い無言でパチパチという木がはぜる音だけがする。
「おっさんのおかげで助かったよ、ありがとう・・・。」
そうボツリと漏らすように言葉を発するヴィクトル。
「ダメ出しをするところはいろいろあるが、まずはよくやったと褒めておこう。いいか、ヴィクトル・・・。」
仁はヴィクトルに諭すように話し始める。今の自分に出来ることと、出来ないことを分かることが大事で、修業とはまずそこからであるということ。また才能がなければいくら自分が望んでも努力しても思うようには成長できないこと。また才能があっても努力なしではこれもまた成長ができないこと。知力も体力も偏ってはいけないこと。自分がやりたいことばかりするのではだめで、やりたくないことの中にこそ自分を成長させる価値あるものが隠れていること。
そして何よりすべてに通じて大事なことは、〝判断力〟であり、その核となるのが人間性であること。
仁が今までの人生の中で様々な人に出会ってきた中で理解してきたことを1つ1つ語り掛けていく。最後に、
「格に入りて格を出でざる時は狭く、格に入らざる時は邪路に走る。格に入り、格を出でて初めて自在を得べし。」
と仁が語る。ヴィクトルは、
「なんだそれ?」
「そーだな、どんなことも先人がいる。先人が残したものを先ずは素直に学ぶこと。最初から自分のやり方でやろうとすると出来るかもしれないが、いずれ行き詰まることになるかもしくは最初からダメな方向に突っ走ることになる。だからといって、先人が残したモノを学んだだけではどうしても小さくまとまってしまって大きな成長にはならない。先人の残したものを先ずは学び、学び終えたと自信を持てたあと自分の方法を試すのだ、というぐらいの意味だ。」
「・・・・。」
「お前はつまり、自分の方法にこだわり過ぎて学ぶことを疎かにしていたのさ。まぁ今日はこれぐらいでいいだろう、今日は大人しく寝ろ。」
そう言って、仁は寝床へと向かう。ヴィクトルは布団をかぶり背中を仁の方へ向けた。だがその瞳はまだ開いて、ただ壁を見つめていたのであった。
翌朝、仁が目を覚ますとそこにヴィクトルがいない。慌てて外に出るとヴィクトルは既に身支度を整えちょうど柔軟体操を終えたところであった。仁が出てきたのを見たヴィクトルは仁の方へ駆け寄り、
「おっさ・・・いや師匠これから修行つけてください。お願いします!」
そういって勢いよく腰を曲げお辞儀をする。慌てた仁はのけ反りながら、
「おっおう・・・。」
と返事をする。顔を上げ仁を見るヴィクトル。その顔は何か憑き物が下りたようなすっきりした顔であった。
「・・・男子別れて一夜、すなわちさらに刮目してあい待す、か。」
嬉しそうに仁はヴィクトルの顔を見る。
「では、まずは腹ごしらえからだ!」
「はい!」
こうして、朝食の準備をする二人であった。
朝食後、仁は自分の周りに空気を圧縮した膜のようなものを創りヴィクトルに見せる。
「これは空気を圧縮して層を造ったものだ。最初は薄くても構わない。まずは魔力の続く限りこれを造り続けること、いいか?」
「師匠、これを造ってどうなるんだ?」
「これはな、薄いままでは何の意味もないが空気の圧縮率が高くなれば・・・・・。」
そう言って仁の周りの空気をどんどん圧縮し、仁を覆う薄い膜がやや青色に見えだす。
「ヴィクトル、何かものを投げてみろ!」
ヴィクトルは近くにあるこぶし大の石を仁に向けて投げた。石はまっすぐ仁の方へ飛び空気の膜に接触した瞬間、仁に当たることなく難なく弾き飛ばされた。それを見て驚くヴィクトル。
「次は炎を俺に飛ばしてみろ!」
ヴィクトルは掌に炎を意識し、仁へと放つ。炎は一直線に仁に向け飛びまたしても空気の層に接触する。すると炎はその球体に取り巻く様に広がりいずれかき消されてしまった。ヴィクトルは口を開けて仁を見ている。
「どうだ、わかったか?まずは攻撃を覚えるよりも防御を覚えることだ。」
そう言ってヴィクトルに空気の層を造るように指示する。実は仁も最初からこれが出来ていたわけではなかった。帝国との戦の際ヒルベルトが放つ魔法を受けていたせいで防御の重要性が分かったのだ。そこで、物理的な攻撃と魔法の攻撃をある程度防ぐ方法を考えていた。あるとき空気を圧縮して膜を作り、その膜の内側に真空の層を造る方法を思いついたのだ。
ヴィクトルは全身の魔力を感じながら自分の周りの空気を圧縮するイメージを意識する。だが、なかなかできない。何度も、何度も、何度も、失敗を繰り返す。仁はそれをじっと見て何も言わない。二時間ほどたったであろうか。ヴィクトルが疲れて座り込む。魔力切れを起こしたようだ。
「魔力が切れたか。まぁいいだろう。これを毎日続けること。最初はできないだろうがそんなもんだ。今できることを考えるな、いいな!」
座り込むヴィクトルは顔だけをうなずかせ返事をした。
体力が回復すれば、次は体術の訓練をする。ヴィクトルは素手で仁に殴るかかる。それを仁は体を捌いてよける。ヴィクトルの拳は仁の体に当たることなくただかすめるだけ。次にフェイントをかけ蹴りを入れようとするが、仁は弁慶のなきどころをコツクように受けた。ヴィクトルはその痛みに足を抱え込んでもだえ苦しむ。それをカッカと笑う仁。
そんな毎日を繰り返すこと1週間。ヴィクトルはようやくコツを掴みだし、自分の周りに薄い風の層を造れるようになった。仁はこの層に手を入れて空気の流れを感じ取る。
「うん、一応風が流れているな。あとはこれを圧縮していくだけだ。」
そういってヴィクトルの頭を撫でた。その時のヴィクトルの笑顔を仁は忘れることがなかった。




