悪童ヴィクトル
アーノルドの初恋の傷がようやく癒え始めたころ、仁発案の学校の入学試験がいよいよ近づいてきた。学校の建物は既に準備が整ってて、それはしばらく使われていなかった豪商の屋敷を改装したものを校舎にした。
その風情はどこか前世の木造建築の学校を思わせる情緒豊かなものであった。校舎をアーノルドと一緒に眺めていると後ろから仁を呼ぶどこか懐かしい声がする。
「おぉ~い、ジン!ジンじゃねーか、おい!俺だよ!!」
ある男の声を聴き間違えるはずがない、慌てて振り返る仁。そこに懐かし親友バルドの姿があった。セレナ村を出て早十数年、それでも親友の声ははっきりと分かった。しかし、この年月でその年齢を重ねたバイドは以前のような厳つさが和らぎ、どこか好々爺のようでその姿はもうすっかりおじいちゃんというのにふさわしかった。
「おぉぉぉぉ、バイド!懐かしいなぁ。元気だったか? おや、その子・・・・。」
そのバイドの後ろには見慣れない少年。金髪で腕白そうな男の子でどこか若い時のバイドを思わせる雰囲気がある。仁はよーくその子を見る。
「まさか!、その子、ヴィクトルか!」
「おぉよ。孫のヴィクトルよ。お前さんが作る学校とやらに入学させるために連れて来たのよ!」
そう言って、後ろに控える子を仁の方へと連れてくる。つかつかと仁の前に歩いてきたヴィクトルは、
「おっちゃんが、じーちゃんがいっつも話をするジンおっちゃんかい?」
と言ってのける。子供とは素直で残酷である。見たまんまを素直に言うこの少年に仁は苦笑しながらも、
「おおよ。俺がジンだよ。大きくなったな~母さんや父さんは元気か?」
と一応の大人な対応をする。それを多少驚いてアーノルドが眺めている。なにせ相手は近頃では知らぬ者がいない慈光の大賢者、それに向かってかくも堂々言い放つのである。
「父さんも母さんも元気だよ。いっつも怒られて嫌になるんだよ。」
「フフ、バイドこりゃセリーナやアレンも手を焼いてるんだろうな?」
と言ってバイドと二人で大笑いする。
そんな二人を見てアーノルドはきょろきょろしている。ここで立ち話も、と近くの店に入って詳しい話を聞くことになった。
三人は、お菓子とお茶を楽しみながら、爺さんはここでも酒を注文して今までのいきさつを話す。セレナ村は今や人口が増え、1000人を超える町になった。そして仁が考案した酒が主要産業にまで発達し、町の人たちの主な収益となっている。
村長は数年前他界したが、その際酒の壷を握りしめたまま幸せそうな顔をして逝ったそうで、仁はさもありなんと苦笑いを浮かべた。
アレンとセリーナにはその後二人の子供ができ、順調に成長しているということだ。幸せそうで何よりだと仁は自分のことのように喜んだ。
ここでバイドにアーノルドを息子だと紹介したら、お前が嫁を貰えたのか、と半信半疑だった。養子だというと納得したようで仁とアーノルドは苦笑するしかなかった。
本題のヴィクトルだが、町では腕白な悪童として有名で両親もほとほと手を焼いていたようだが、バイドとしてはその程度は元気な子供のうちで大した問題だとも思っていない様子。そういうことだからヴィクトルもバイドには良くなついて、バイドの言うことは素直に聞くお爺ちゃん子らしい。
積もる話に花を咲かせた二人は時間が経つのを忘れて話し込んだが、店の定員がそろそろだと申し訳なさそうに言うのでお互い一旦別れて翌朝また会う約束をした。
翌朝、アーノルドはヴィクトルを連れて王都の見学へ連れて行き、仁とバイドはまたセレナ村を出てから仁が何をしてきたか話をして時間を過ごした。
こうして、数日間を過ごした後にいよいよ学校の入学試験が始まった。
仁は試験官の一人として居並ぶ受験生の前にいる。受験生は総勢98名。その中で定員は約20名となかなか厳しい試験である。
筆記と実技がありその合計で合格者を決めることになっている。仁は98人を一人ひとり鑑定でチェックし、評定票に受験生の特徴を書いていくことになっている。
いよいよヴィクトルの出番。だが、ヴィクトルは魔法の適性は高いがいまだに魔法の使い方を知らないためセレナ村では魔法が使えなかった、というよりも自分が魔法を使えるとは知らなかったのである。そこで、実技はもっぱら剣による実技で挑戦していた。
そのヴィクトルが構える得物は、なんと仁と同じく日本刀であった。目の前にある試し切り用の棒に向かうヴィクトル。その気迫たるやさすがに悪童然としている。徐々に間合いを詰めて刀の間合いに入った瞬間、一気に刀を振り下ろし対象物を真っ二つに切り裂いた。
それを見届けた仁がヴィクトルの方に歩いていく。
「ヴィクトル、今から私が言うように意識を向けてごらん。」
ヴィクトルはこのおっさんが何をいいだすのか、と最初はなかなか素直に聞かなかったが、仁が本気の気迫で子供を脅すという大人げない対応をとることで、素直になった。
そして、仁は魔法をどう使うかヴィクトルに説明し自分で実演する。仁の掌にはヴィクトルの身長ほどあろうかという大きな炎を出す。それを見てヴィクトルは後ずさりするが、さすがは悪童である興味の方が増したと見えて、その瞳はランランと輝き仁の方をじっと観察している。
仁の指示のもと今度はヴィクトルは言う通りに目をつむり、意識を集中する。かかげた掌に何かモヤモヤしたモノができる。だが、なかなか炎らしきものは出ない。それを根気よく繰り返すこと数回。ついにヴィクトルの掌に小さな炎が出た。その瞬間ヴィクトルは腰を抜かすほどびっくりした。それは、自分がまさか魔法使いとしての才能があったとは考えてもいなかったからだ。
仁は、
「ほらできた。さすがは我が弟子。」
などと適当に喜ばせることを言ってしまったがため、当のヴィクトルは真に受け終生賢者の弟子を自称するに至る。
単純な田舎の悪童は今まで怒られたことの方が多かったせいで、こうして褒められることに慣れていない。仁に褒められたのがよほど印象に残ったのか、これをきっかけにしてバイドと仁の言うことだけは素直に聞くようになった。
驚いたのはヴィクトルだけではなかった。試験官らも一応に驚く。王国には今まで仁以外の魔法使いが存在していなかったが、学校設立初年で貴重な魔法使いが早くも現れたのだ。
こうして入学試験は順次進み、合否決定の会議が行われた。問題のヴィクトルは筆記は目も当てられない結果であったが、魔法が使えるというだけで合格となる。
翌朝この結果を校舎に張り出し、受験生がその前に群がる。その中にはバイドとヴィクトルの姿もあった。そこにはヴィクトルの頭を強くなでて喜んでいるバイドの姿とそれを照れながら笑っているヴィクトルの姿があった。




