食糧事情
とりあえず一羽狩りに成功したので、今日はこれで帰ることにした一人と一匹は少し遠回りして岩塩を採取して帰った。
家に帰ったら鳥の解体をしなければいけないが、生前仁の実家の近くに鳥肉の加工工場があり何度か工場見学した経験があった。その経験が活かされて鳥の解体自体は時間がかかったものの処理することができたのだ。廃棄しなければいけない物をどうしようか考えていたところユニが、
「廃棄する方法はいくつかありますよ。まず放置するというのもありますがあまりお勧めはできません。一羽程度なら関係ありませんが、大量になると疫病の原因になる可能性があります。そしてそれ以上に厄介なのは、魔獣を呼んでしまいます。ちなみにこの森にはこの世界でも危険度の高い魔獣が住んできますので、生肉の破棄には注意を要します。今は私がいますので、危険な魔獣が出たとしても対処できますが、仁さん一人だと危険な場合もあります。ただ、この住処は特殊な結界が敷設さえているので、そうそう危険なことは起こりませんけどね。」
「じゃぁ、焼却処分とか?」
「最も簡単で確実な方法がその方法になります。あとは森の掃除屋といわれる魔物がいます。あぁ違いますよ!今スライム想像したでしょ。さすが転生人ですねぇ~、そちらに発想がいくのって。でも残念、スライムのような魔物はこの世界では存在していません、悪しからず。」
ちょっと残念そうな顔をする仁にまじめな顔をしてチッチッと人みたいなしぐさをする猫一匹。
「で、その掃除屋というのはどんな、魔物?」
「それは、この世界ではジャッカルという名前で呼ばれていまして、生前の世界でいうところの小型のオオカミのようなものです。嗅覚に優れ群れで生活し、狩りもします。森の中の腐食した生き物の死骸なども食べることから森の掃除屋といわれています。ジャッカルは人里には近づきません。ですから、森から出ていくことはありません。森の奥で生肉捨てておくとジャッカルが処理してくれます。まぁ処理には限界があるでしょうけど。」
オオカミというのを聞いた仁は青い顔をしてうつむいた。というのも仁が幼少のころ犬には浅からぬ縁があった。なにせ犬には嫌われていたのであった。噛まれる追いかけられるなど日常茶飯事であった。それが原因で仁は大の犬嫌いで猫派になった理由である。
「ちなみに魔物と魔獣とは違うんですか?」
「はい、危険度の差異で魔物と魔獣を区別しています。もちろん魔物<魔獣で危険度が高いです。魔物は基本的には人間を襲いませんが、魔獣は頻繁に襲ってきます。また、魔獣は魔法の適性を持つものもいますので、襲撃の際に魔法を使用してくる可能性があります。しかもですよ、その威力が強いものが多い! ですからこの世界の住人はおおむね魔獣とは関わらないようにしています。目が合ったら最後・・・肉塊となりますので。」
それを聞いた仁は魔獣と関わらないように生きていこうとここで誓うのであった。
「あー無理ですよ、そんなこと考えても。仁さんの場合は。おそらく厄介な魔獣との対決がこの後企画されているでしょうし。いやぁ~充実した人生を歩めそうですね、おめでとうございます!」
ユニがニャァ~と笑顔でこちらを向いたように見えたのを、仁は握りこぶしを震わしながらじっと耐えていたのであった。
「まぁいずれにせよしばらくは生きていくための知識や技能を磨くしかないか。」
と、半ばあきらめながら精肉と化した鳥を持ち上げた。破棄する部分は仁が焼却するべく魔法で炎を生成して焼却処分をした。家の中でナイフを使って細切れにした鳥肉を、勢いで倒してしまった木の一部を加工して作った棒に差し、暖炉であぶる。調味料は岩塩のみというシンプルな料理である。
仁は程よく焼けたところを焼き鳥よろしくほおばる。これがなかなかおいしい。お腹がすいていたのもあるが、ユニの言う通りこの鳥は味がよかった。
ユニも仁が食べている肉の一部をもらい、自分用の皿を用意して行儀よく食べている。体のサイズがデカい分よく食べるが、狩った鳥自体が大きいのでお腹いっぱい食べても不足はなかった。
食事も終わり、魔法で生成した無機質な水を食後に飲んでゆったりすると、外はもう夜。一日の疲れがドッと来たのか、いつの間にか仁はベッドの中で意識をなくしていた。
翌朝の目覚めは早かった。外は白々と夜が明け始めている頃仁も目が覚めた。ユニはまだ寝ているようである。室内には窓がないため朝が来たかどうかはわからないので、仁は外に出ることにした。
朝霧がうっそうと森の中にたち込めている。キャンプにも来ているような錯覚さえあった。そんな中寝て凝り固まった体をほぐすべく少し体操をしていたところユニが部屋から出てくる。それも大きな口を開けてあくびしながらである。
「ふぁぁ~、寝た。おはようございます仁さん!」
「おはようユニ。今日も狩りをして食事を確保しないとね。」
「そうなんですけど、今日は畑の方をやってみましょう。肉ばかりでは健康上よくないですからね。」
と、ユニは仁の出っ張った腹を見ながらにやりと笑う。その視線が少々痛い仁であった。
庭先で顔を洗い、部屋に戻って白湯を飲み体の調子を整えているとある程度の時間がたっていた。
再び外に出ると朝霧はすっかり晴れ、昨日の様にキラキラとした朝日の中に森が見える。ユニは尻尾を振りながらさっさと歩き始め、さもついて来いと言わんばかりである。その後を仁は大人しくついていくのであった。
庭から森へ向かう途中に少しならしたような獣道がある。ユニはスタスタとその道を進んでいく。おとなしく仁も歩いていった。
道は一本道で、森に行く道とは違い少し明るい。周りをきょろきょろ確認しながら歩く一人と一匹。すると右手側に川のせせらぎが聞こえ始めた。しばらくしてユニが立ち止まった左手には開墾された土地がある。
「ここが用意した畑です。ここで野菜を収穫することができます。」
「収穫といっても、種なんてないし。収穫するまでに数か月かかるでしょ?すぐに収穫は無理だよね?」
そうすると我が意を得たりと小憎たらしい猫がにやりと笑う。ほら、チュートリアルですから。これは特別な畑です。仁さん何か頭の中で野菜をイメージしてくださいよ。
そうユニが催促するので、頭の中で大根をイメージする。すると、件の畑の一角に葉っぱがピョコンと出てくるではないか!
「!」
「仁さん、次は成長するイメージをしてください!」
仁は大根の根元が大きくなるというイメージを膨らませた。同時に体内のエネルギーがスッと抜けるような感覚があった。
「ひょっとして、魔力をエネルギーにして野菜を作ったってこと?」
「正解!さすがです。この畑はイメージから農作物を生成できます。ただし魔力と引き換えにしてです。ですが、農作物を収穫するために消費する魔力量は昨日の狩りで使用した魔法の魔力量のさらに上ですので、用法容量を守って正しくお使いください。」
と、薬剤師顔負けのセリフをユニが言う。仁は鑑定で見ると、大根1本にMP100を消費していた。狩りの魔力の五倍。そりゃ効率悪い。あまり多用はできないと実感した仁であった。