帝国初代皇帝の本
タルタリアは王城の端にある史書館へ仁を案内する。重々しいドアを開けるとそこには受付の女性たちがタルタリアにお辞儀をする。タルタリアはそれに反応することもなく仁を奥の方へ連れて行った。通路を進むとホールがあり、そこにはいたるところ書棚で埋め尽くされている。
「こちらには主に他国の歴史、地理、魔法、農業などの資料が置かれています。賢者様のご希望のモノはさらに奥の特別室に保管しております。どうぞ。」
と、さらに奥にある部屋に案内された。外観はいかにも厳重なものを保管しています、と言わんばかりに荘厳なドア。タルタリアはドアのカギを取り出し、何重にも施錠された鍵を開けていく。いよいよ、最後の鍵が解除され、
「どうぞ。」
と一言、さっと腕を入口の方へ指し示す。
「ご案内ありがとうございます。で、どちらの本になりますか?」
そう聞く仁。この部屋に置かれている一番奥の、何やら高級そうな物置にその本は置いてあった。
「これか・・・・。」
手に取り重い本を一ページずつめくる。最初の方は既にボロボロになっていて判読不可能になっていた。ようやく読めそうな文字を見たとき、そこにはやはり英語で書かれていた文章がかろうじて見えた。だが、劣化が激しくところどころ判読ができない。
「これはさすがに読めないか・・・・。」
仁は少しでも読めそうなところが無いか、ページをめくっていく。慎重にしないとボロボロになってしまいそうなほどこの本は劣化している。ようやく最後に、
〝 Don't disregard history. Use history as a mirror and prepare for the future.〝
「歴史を軽んじるな。歴史を鏡とし未来に備えよ。」
そう声を出して読む。
それを聞きタルタニアは深いため息をつく。
「言い伝えによれば、初代様は帝国の歴史を正確に記録されておられたようです。そして、各時代の皇帝がどのような善政や失政を行ったか記録させるよう言い残されたようです。このお言葉はまさにそのことを指し示されておられるのでしょう。ですが、初代様ら3代後の皇帝陛下は初代様の言い伝えを守らなかったと聞いています。それ以降、帝国の歴史は史書としてはあまり残されていないようです。王国の初代様が記された物は、帝国にととりましても貴重な資料です。もし可能でありましたらその一部でも構いません、写本を作っていただけませんでしょうか?」
と頼まれた。仁は、
「ザールサス国王陛下にお伺いしておきます。」
と答えるだけにとどめた。
貴重本を保管している部屋からでて、史書館内のロビーでお茶を一緒にする二人。そこで、仁は息子のアーノルドに本を書いてあげたという話しをしてしまった。その言葉を聞き、前のめりに仁の方に顔を近づけるタルタニア、是非その本を拝見したい、と鼻息荒く仁の方へ詰め寄ってきた。
若干引き気味に後ろにのけぞる仁。まぁあの程度いいかぁ、そんな軽い気持ちで了承して史書館を退出し宿舎へと戻っていった。
一方、ヒルベルトは皇帝のプライベートルームにいた。
「陛下、本日の謁見でお分かりいただけたじゃろ?あんなバケモノどうにもならんですわい。」
ただ、震えているウォーリス。ヒルベルトはさらに追い打ちをかける。
「もし、仮に陛下が王国の印象を一度でも悪化させれば、あの賢者たちどころに帝都を急襲し陛下の命も、儂の命もろとも・・・。」
そう意味深にウォーリスに語り掛ける。あまりに恐怖を煽りすぎたか、ウォーリスの股間は水浸しになっている。慌てて侍女が着替えをさせようとするが、もはや立つこともできないでいるありさま。
「陛下。陛下に危害が加わらないようにする方法が一つだけございます、がいかが?」
その言葉を聞き、顔をヒルベルトに方に上げるウォーリス。
「ど、どうすればよい?」
ヒルベルトはなかなか言わない。
「ヒルベルト!どうすれば良いというのじゃ!はよう言わぬか!」
「では、申し上げますが・・・・。これは臣下から言いますと障りがございますが、それでも?」
演技がかるヒルベルトがまだ勿体つける。
「よい!さぁはよう言え!」
大きなため息をつき、では仕方がない、と言わんばかりの演技をし、
「お人払いを。」
そう言うと、ウォーリスは近習の者を全て退出させる。服はまだ着替えていない状態のままである。周りに人がいないことを確認してヒルベルトは、
「ご退位されれば・・・・。」
「・・・・・・。」
ウォーリスは沈黙する。皇帝としてのプライドと自らの命を天秤にかけ思慮しているようであった。
「今すぐ結論を出す必要はないと思いますじゃ。儂は賢者殿との打ち合わせがありますので、これにて失礼いたします。」
そう言ってこの部屋から出る。
あの夜、ヒルベルトは仁から言われたことを何度も繰り返し考えていた。帝国の臣民としては陛下に退位を迫るなどもってのほか。だが、ウォーリスでは今後帝国の威信を回復させることは難しい。さらに、今の帝国に広がる退廃の気風に風穴を開けるにはこの戦の敗戦を利用し、将来を託せる若者を発掘するしかない、と。
そこで、ヒルベルトはあえて火中の栗を拾う決断をしたのであった。
城を歩くヒルベルトの背中には、いつになくその威厳が感じられなかった。




