仁の奇計
パップスは帝国軍の本陣へと何とか帰還を果たしバスカラのいる本陣へと歩く。その姿は出陣時の意気揚々とした姿ではなかった。
居並ぶ諸将の中、椅子に座りパップスを見下ろすバスカラ。パップスは両膝を地につけ、頭を垂れて重騎兵の受けた被害を報告をするが、そこにいる将は嘲笑のまなざしで彼を見下している。ただ、その中でヒルベルトだけが冷静にことの次第を考察していた。
「敵を甘く見ていたとはいえパップス卿、貴殿の失態は我が軍のいや、帝国の威光を大いに傷つけるものだ。卿の処分は皇帝陛下に下していただくしかあるまい。この戦が終わるまで、卿の役職と権限をはく奪し、本陣にて監禁処分とする。」
そうバスカラに宣言され、兵士に連れていかれる。バスカラはこのまますべての責任をとらせてパップスを殺してもよかったのであるが、そうすると他の将への影響もある。そして何よりすべての責任をパップスに背負わすには、生かしておいた方が良いという考えが一番大きかった。
軍法会議が終わったとき、ヒルベルトが諸将に向かって、
「王国の兵たちの統制のとれた動きは侮れぬ。パップスは判断が間違っていたのは言うまでもないが、この戦は決して楽に勝てるものではないことがこれで分かったであろう。皆、今一度王国軍に対して対策を講ずるべきかと存ずる。」
これに対しある貴族が、
「ヒルベルト殿、何を弱気なことを。大戦の前の小競り合いで多少敵が優位をとっただけのこと。さほどのことではありますまい。そのようなことを言われると全軍の志気にかかわりましょう。お気を付けになられた方がよろしいかと思います。それとも、貴殿ほどの魔導士が、王国ごときに恐れをなしましたか?かの歴戦の魔導士長ともあろう方が、老いられたか?ハッハ。」
などというと、その他の将たちを同じように嘲笑する。
「貴殿ら、儂を耄碌したというのは構わんが、それは生きて帰れたらの話になろうて。」
「なに?貴殿それがしを馬鹿にするのか!」
一触即発になろうというとき、バスカラが止めに入る。
「まぁまぁ、お互い引かれよ。魔導士長の言にも一理ある。油断は禁物である。だが、ここで進軍は止められん。戦をする以上勝たねばならん。貴殿の元にはあの天才、クンマーもおる。期待しておりますぞ。」
そう言って散会となった。ヒルベルトは、
「(儂の心配が当たらねば良いが・・・・)」
そう一人佇むのであった。
一方王国軍では、ダランベールからの報告をロピタルや仁らがいる陣中で聞いていた。
「まずは計画通り騎兵の数を減らすことに成功しました。次は弓兵の力をそぐ手筈ですが・・・」
そうダランベールが言うと、仁は
「はい、準備はできています。明日には敵もこちらまで来るでしょう。ロピタル卿は兵の配置と準備よろしくお願いします。」
「心得た。」
こうして、明日の本隊同士の初めての対峙を迎える。
翌日の夕方、両陣営の本隊同士が対峙することになる。もう夕方ということもあり互いににらみ合いが続いて、本格的な戦闘には入らなった。そんな夜に・・・
王国軍の向こう側に赤々と夜空が照らされている。まるで大量のかがり火をつけているように。ヒルベルトは自分のテントのからその光景を見ている。
「これは何であろうか。かがり火にしては多すぎる。今夜動きがあるかもしれぬ。」
そう考えいつでも対応できるように身構えていた。そして、それはバスカラも同様であった。先ほど騎兵の痛い敗戦があった。それがある意味ではトラウマになっていた。そこで、明るすぎる松明に対しても過剰に反応し、全軍に警戒態勢を解除させなかった。
そのとき仁は、王国の本陣から遥か後方にいた。そして、魔法で大量の、まるで大きな貯水池のような物を多数準備していた。これは事前に下見をしていたときに池だけを作ってはいたが。今その池に水を入れたのである。
そして、太陽が沈んだその瞬間から、それぞれの池に大きな炎を大量に生成し、池の水を蒸発させていた。帝国軍が煌々と輝く夜空を見ていたのは、この炎の明るさであった。
その夜は結局、王国軍は動きを見せず帝国軍の兵は警戒態勢のまま一夜を過ごした。そのため帝国に一般兵士は長距離の遠征も相まって疲労していた。
薄暗い夜空が白々しく開け始めたころ、両軍が対峙する平野は濃い霧に覆われていた。仁が大量の水蒸気でこのあたりの湿度を上げて早朝に霧が出るように仕向けたのであった。
そして、仁は帝国軍に対して自分の影を見せる。いわゆるブロッケン現象といわれるもので、自分の後方から魔法で光源を作る。それを背にして、自分の影を霧の中に投影したのである。
帝国軍から見れば、得体のしれない巨人が迫ってくるように見える。疲労している兵士は冷静な判断ができずに慌てふためいている。ヒルベルトも何が起きたのか判断ができずにいた。ただ、敵がどのように攻撃をしてきても魔法で撃退できるように構えていた。
バスカラは、自軍の混乱を収拾すると試みながら同時に、弓兵に対して射撃を命じた。およそ半数の弓兵からありったけの矢が影へと降り注いだ。
仁は悪乗りしながら、苦しむような姿をしたり挑発したりとなんだか楽しんでいるように見えた。あまりにはしゃいでいるので、ロピタルに怒られたのはここだけの話である。
このとき、霧の中で何が起こっていたかというと。実は帝国兵が放った矢は両軍が対峙する中間地点に落ちていた。濃霧が出たあたりから王国軍により、このあたり一面に藁で作られた俵状のものが敷き詰められていた。
放たれた矢はこの俵に突き刺さり、それを王国軍がありがたく頂戴する。そういう計画であった。
この計画はまんまとはまり、帝国は大量の矢を失い王国軍は大量の矢を得ることになった。




