ルイスとメルケとノルドと
「驚かせてすみませんね、怖がらせるつもりはなかったんですけど。ここで落ち着くまで一緒にいましょう。」
仁はいったん屋敷を出て、その中庭のあたりで少年と一緒に座っている。少年の目には、今まで見たこともないような立派な庭園が目の前に広がっている。こちらを気にしながら、子爵邸の庭師が、庭の手入れをしていた。
「(さて、あの喧騒はいつまで続くんだろう・・・。)」
そう思っていると、子爵邸のメイドが仁を呼びに来た。
「どうやらあの喧騒の中にまた戻らないといけなくなってしまいました。どうします?君はこの庭でしばらくいても構いませんけど。」
そう仁が少年にいうと、少年は仁の腕をぎゅっと握りしめる。
「分かりました、一緒に行きましょうか。」
そう言うと、少年は仁の腕の力を緩めた。
「(この子、しばらくはこのままでしょうかね・・・、急ぐことはないか。)」
そう仁は心の中でつぶやいたのであった。
メイドに従い、アルフレッドたちのいる部屋に戻ると、リミットが手招きをして椅子に座るように言う。
「これから例の件について相談したいのだが、その少年には別室でメイドに相手をさせよう。」
と、リミットはメイドを呼ぼうとした。仁は、
「リミット子爵様、勝手なお願いですがこの子も同席させてもらっても構いませんか?ここでの話を漏らすことはないと思いますので。」
「だがなぁ・・・。」
と腕を組んでこちらを見る。そのリミットの威容を見て少年はまたおびえ始め、仁の後ろに隠れる。
「まぁリミット卿、よいではありませんか。私は構いませんが。」
そうアルフレッドが助け舟を出す。結局リミットが折れ、シュミット家の当主交代劇の顛末を話し合うのであった。
そして数日後、シュミット子爵邸は慌ただしい。最近では社交界に出る事はなく、おとなしくしているノルドがそわそわと落ち着かないでいる。昨日、王家よりの内々の伝言で王城に出仕するようにとのことであった。
「準備が整いました。ノルド様どうぞ。」
執事ロイの言葉に、そそくさと玄関に出て馬車に乗り込む。ノルドを乗せた馬車は王城へとまっすぐに行く。
そのころ既に王城へ出仕を終えたアルフレッドとダミアン二人は、ノルドに会わぬよう細心の注意を払いながら王城の一室で待機をしている。一方の仁は少年が離れないため王城に入ることを諦め、特別に王城の入り口の衛兵の詰め所で少年と一緒に居る。
そんな仁の目の前をシュミット子爵家の馬車が通り過ぎていった。
「(いよいよ、始まるか。)」
仁はそう心の中でつぶやいた。そして、少年を連れて王城を後にしとある場所へと行くのであった。
ノルドが王城に到着して二時間ほどの王城内、謁見の間。そこにはリミットが既に待機している。
「シュミット子爵、ノルド殿ご到着。」
衛兵の声が王城の廊下に響く。謁見の間のドアが開きノルドが足早にリミットの近くに来る。そして小声で
「リミット卿、これは何の呼び出しであろうか?貴殿はご存知か?」
「これより宰相閣下からご説明があるでしょう、ほらおいでになった。」
そうして二人の貴族は膝立ちになり、礼法にのっとり王はこの二人の前に現れるのを待つ。
「陛下のご入室。」
衛兵の声が響く。
ゆったりと歩く王の後ろをメルケ宰相が歩き、そして膝まづく二人の子爵の前へ進む。王座に王が座り、その傍でメルケは立った。
「双方ともご苦労である。メルケよ。」
「はは、まずリミット卿においてはシュミット領への勅使ご苦労。そして、勅命の通り酒を手に入れたこと大儀であった。」
もう酒はないはず!驚きのあまりはっと顔を上げるノルド。
「シュミット卿無礼であるぞ!、頭を上げるとは。」
メルケ宰相がたしなめると。すぐに頭をまた下げるノルド。
「リミット卿、詳細を報告せよ。」
「ハハ!、それでは・・・。」
リミットがカーセルでの出来事を、一部隠蔽しながらも朗々と述べる。それをウンウンと頷きながら聞くメルケ。二人による仕組まれた寸劇にしばらく聞き入るノルド。
ノルドには何も知らされていなかった。ましてや、自領で息子が酒を生産していることなど全く知らなかった。
「さて、シュミット卿。貴殿酒を自領で生産していながら何故王家に対してそう言わなかった?」
「いえ、私としましては自領の経営は全て息子に任せておりましたゆえ、一切私はあずかり知らぬことでございます。決して王家に嘘を申し上げたわけではございません。」
そう冷や汗をかきながら答える。
「だが、貴殿は当主である。自領のことを把握しておりませんでは済まぬのではないか?」
「・・・それは・・・。」
「それなら、いっそのこと貴殿の息子に当主を譲り全てを任せたら良いではないか?貴殿もその方がなにかと楽ができるであろう?」
「恐れながら、我が息子は若輩でありいまだ当主としての力量十分ではなく・・・。」
「それに関しまして、私がご説明いたします。」
そう言ってリミットが話をし始める。アルフレッドがいかにシュミット領を経営し、その手腕により僻地でありながら民は衣食に困ることはなく平穏に過ごせている事。
そして、水くみ器を発明し、さらには新しい産業として酒を位置づけ民の暮らしを向上させるようにしている事。最後に、王家に対し水くみ器の設計図を献上し、その普及を進言していること。
一つ一つの内容を、まさか、という顔で聞き入るノルド。だが、ここで負けるわけにはいかない。そこで、
「お、恐れながら当家の当主交代に関しては、当家において適切な時期にと考えております。王家におかれましてもご配慮を賜りたく・・・。」
「つまり、アルフレッドにはまだ当主を継がせぬ、そうお主は言うのだな。」
と、ルイス王はノルドに言う。
「・・・お恐れながら・・・・。」
こうなればもはや収拾がつかない。王家としてもこれ以上強引に事を進めると、他の貴族から反発を食らいひいては王家への反逆を誘発することもあり得る。そうしてはならないのだ。
そんなとき、メルケ宰相が、
「陛下・・・。」
メルケがルイス王に手紙を渡す。
「のう、ノルドよ。このままではシュミット家がなくなるかるかもしれんぞ、これを見よ。」
そう言ってルイス王が手に持つメモをノルドに向け放り投げる。
そこにはノルドの、とある夜会での会話が書かれていた。




