水くみ器の使い方
一夜を宿で過ごしたその翌朝。宿屋の一階が食堂になっている。だがこの宿には地方都市であるからか、客がいない。席に座ると昨日とは違うおばちゃんが仁に朝食のメニューを聞いてくる。
仁は軽い朝食をとり馬車の中の荷物を確認する。部屋に戻りぼぉーっとしていると下からおばちゃんの呼ぶ声がした、どうやらダミアンが迎えに来たらしい。
ダミアンは仁が乗ってきた馬車に乗り、仁と共に領主の館に行く。今回はダミアンもいっしょなので検問所はスルーできた。
庭先で兵士に日本酒の壺と、コメの籾を持って行ってもらう。そして仁は昨日とは別の部屋に案内された。中には大きな机と椅子があり、テーブルの中央には花が飾っている。華美でなく内装と合っていた
立ってしばらく待っているとアルフレッドがダミアンを連れてやって来た。アルフレッドに席を勧められた仁はアルフレッドが座った席に向い合せに座った。ダミアンは主人の後方に置いてある椅子に座っている。
「お呼びだてして申し訳ありません、昨夜はゆっくり休めましたでしょうか?初めて見る領都の印象はいかがです、ジンさん?」
「おかげをもちまして昨夜はゆっくりと休むことができました。そうですね、今朝ふと思ったのが、宿に泊まっている客がほとんどいなかったことでしょうか。」
「なるほど、その原因は何と考えていますか?」
「宿に泊まるのは旅人でしょう。そしてその主な職業は商人だと思います。ということは商人の来訪が少ない土地柄なのかなと考えました。」
アルフレッドとダミアンは一気に真剣な顔になってくる。
「ではジンさんならどうそれを改善しますか?」
「左様ですね、とりあえず商人が来るのは当然利益を出すためです。つまり商売のネタがあるかどうか。ご領内は基本的には農産物が産業のほとんどだと思うのですがいかがでしょうか?」
「その通りです。しかし、領内で生産しているものは他領のそれとあまり変わりません。そうなると生産量と輸送にかかる時間の問題でどうしても不利になります。しかも、農作物以外となると基本的には購入するしかありませんので、なかなか財政上余裕がないのが現状です。」
さもありなん。どの時代でも地方はいろんな意味で不利なのだ。前世の仕事でもそうだった。
高校で教えていても田舎と都会とではかなり違う。しかも、それがこの世界よりももっと便利な世界であってもである。ましてやこの科学のさほど発達していないこの異世界ではなおのことだろう、と思う仁であった。
「そこで、ジンさんが考案した水くみ器は、我がシュミット領の産業となりうるものです。ご不快に思われるかもしれませんが、これを領内で生産し販売したいと思っていますが承知していただけますでしょうか?」
真剣な顔で貴族のアルフレッドが平民の仁へ頭を下げてくる。普通ならこの姿勢に打たれてどうぞどうぞという展開になるところだが、このひねくれ者はそう安々とは落ちる者ではない。
「(まだまだ青いぞ、若いの!)お断りいたします!」
「やはり、貴族への反感でしょうか?」
ダミアンが椅子から立ち、仁へ詰め寄ってくる。
「いいえ違います、ダミアン様。私が考えるに産業化が難しいのだと思います。」
「それはなぜですか?技術面ではセレナ村の鍛冶師にも協力を得たいと思っていますが、それ以外にも何か?」
「はい。根本的な問題があります。それは材料の問題、つまり鉄でございます。領内に鉄鉱石を産出できる鉱山がございますでしょうか?また、鉄鉱石から鉄をどう精錬しますか?仮に私が競合するものであるならば、材料の輸出を止めます。そうすればシュミット領での生産が不可能になります。さらに言えば、このような技術はすぐに真似ができてしまいます。材料がたやすく入る領であれば価格をより安くすることもでき、そうなれば先ほどアルフレッド様がおっしゃっていた様に、材料費と輸送費の分ご領内が大いに不利になります。以上の観点から、産業化は不可能であると考えました。」
理路整然と述べられることに若い二人は唖然とする。二人とも普段ならこの程度のこと気が付けたはずであった。だがこの新しい機器を見たときに舞い上がってしまったのである。二人は顔を真っ赤にしながら下にうつむいている。
「(ふふ、さらにここで追い打ちをくらわしてつかわす!)そういうことですので、あの程度のものなどさっさと流出させてしまう方が、よりご領内のためになりますし、より安く民が使えるようになり双方良しでございます。」
「領内のためとは?」
「それはでございますね、アルフレッド様がこの水くみ器を見たときどのように思われましたか?」
「大変すばらしいものだと思いました。」
「なら商人はきっとそれ以上にこの水くみ器に商機を見るでしょう。それがご領内から自由に流出してくる。そうなれば商人はどう考えるでしょうか。きっとまだ何かあるに違いないと考えるのではないでしょうか?」
いやらしく笑う悪徳商人のようなおっさんは、手もみをしながら若い二人に語るのであった。




