設計図
コメもあともう少しで収穫ができるそんな時期である。仁が田畑で作業をしていると、遠くに見慣れない馬車が村の方へ進んでいた。遠目にも商人が使うようなものではない事が分かる。だが、それが自分に関わる事とは微塵も考えずに作業を続けていた。
一方、子爵家の馬車で村に乗り込んだダミアンは子爵家次期当主の正式な書類を携え村長に面談する。
村の行政書類を監査するというのが表向きの訪問理由であるが、この村は規模が小さいので子爵家から直接監査が来る事などめったにない。今の村長の代でもこれで2度目、前回は20年前であった。
パラパラと住民票らしき書類を見ていると、最後にジンという名前がある。村長にこの人物のことを聞くと、バイドが連れてきたという答えであった。各種書類には不備らしきものはないので、パタッと書類の束をたたんで村長との会話になった。
「お疲れ様でございました。この度は急なご訪問いかがなされましたでしょうか?」
「ええ、久々に村の様子を見るようにと若様から指示がありました。あと、実はここだけの話、こちらでとれたバーサーカスの皮の件で少しご相談があります。」
「あぁあれは随分前に、バイドとジンが行商人に売ったものでございます。ですが、それ以後は出ていませんが。」
「実は王都のご当主様が、セレナからバーサーカスの皮が出たということを耳にされたようでして。若様にさっそく早馬で王都に送るようにと矢のような催促がございました。商人を通じて手に入れようとしたところなしのつぶてでして、それで私をここへ来ることになったのです。」
この話は真実であった。アルフレッドも父の性格を十分に承知しているので子爵は何がなんでも手に入れたいと思ってるはずである。それになんだかんだといっても父からの指示であるので従わざるを得ない。アルフレッドとしては頭を痛めていた問題であった。
「左様でございますか。でしたらバイドに直接うかがっていただいた方がよろしいかと思います。よろしければご案内いたします。」
そこで、ダミアンは宿に戻ってからバイドのところに向かうことにした。馬車には村長も同乗する。馬車の中でダミアンは思い出したかのように、
「そういえば畑や村の中で見慣れない道具を見ましたがあれは何でしょうか?」
「道具といいますと・・・あぁあの井戸のところにあるものでございましょうか?あれは水くみの道具でしてなんでもジンが考案し、鍛冶屋のアレンが制作をしております。あのおかげで女子供も楽に水をくむことができ畑の水やりも随分と楽になったそうでございます。
「ほう・・・。(ここでもジンの名が出てくるか・・・)」
ダミアン一行はバイドの家に行くが、バイドは今は猟小屋の方にいるという。そこで、村の端にある仁の家に向かうことにいた。頃はもう夕日が落ちかかるそんな時刻であった。
仁は畑仕事を終え、自宅で料理をしている。今夜のメニューは白ご飯とから揚げ、そして日本酒。ジュワジュワと油の中で揚っている鳥肉を鼻歌交じりに調理をしていた。
ちょうどその時、急に村長の声がしてきたのだ。聞かれたかもしれないという恥ずかしさを隠し、仁は平静を装いつつドアを開ける。すると、そこには身ぎれいな若い男が一緒にいた。とりあえず村長とその男を家の中に向かい入れる仁であった。
部屋の中にはから揚げのいい匂いが充満している。互いに自己紹介を軽くして、この若者が貴族の家の者だと知り、多少嫌な予感がする仁であった。だが、そんな緊張感を一気に緩和する村長の腹の虫。笑う三人に仁は腹の具合を察して夕食を誘う。小さなテーブルに三人分のから揚げを追加で揚げることになった。もちろん、日本酒もいっしょに。
仁は驚いた。村長とこの若者がから揚げを貪り食っている。なかなかの食いっぷりで、仁も内心あっぱれと感じていた。しかも村長は初めて飲んだ日本酒をいたく気に入り、グビグビとあおるように飲んでいる。片やダミアンも飲んでその味におっと驚くがさすが貴族に連なる者、少量を味わいながら飲んでいる。
一時間ほど経ち、村長はテーブルに突っ伏して寝ている。そんな中ダミアンがゆったりとした口調で仁に話をしてきた。
「こんなおいしいものをいただきまして感謝しております。ジンさんは料理もお得意なようですね。」
「いえいえ、一人暮らしが長かったせいです。」
「なるほど、こちらに来る前はどちらにいらしたのですか?」
来た!と仁は思ったが、冷静に
「ここから少し離れた森の中で一人暮らしをしておりました。そこでここの住人のバイドと出会いこちらにご厄介になるようになりました。」
「(!、シュバルツの森か!、あんな危険な森で一人暮らし・・・魔法使いというのもあながち嘘ではないかもしれない)」
動揺を隠しながらダミアンは会話を続ける。
「そうでしたか、で、この村での生活はいかがです?なにか気が付いたことがあれば教えていただければ村の施策にも反映できるかもしれません。」
「いえ、みんなには親切にしてもらっています。十分ですよ。」
「そうそう、ジンさんが考案したという水くみ器。あれはどのような物でしょうか?」
そう言うので仁は部屋の隅に置いてあった設計図を持って来てダミアンに説明するのだった。
その説明を聞きダミアンは酔いが一気に醒める感覚になる。この道具はシンプルな構造であり、しかも重労働である水くみの負担がかなり軽減できるからであった。
「こ、この発明は素晴らしいです。是非子爵家で購入したいのですがいかがですか?」
仁はふむぅ、という顔をする。そしてダミアンには意外な答えを発する。
「いいですが、条件があります。その条件を呑んでいただければ無条件でお渡しします。」
「そ、その条件とは?」
「みんなに自由に使わせること。子爵家がこの道具の販売などで儲けを出さない事です。そうすれば領内はもとより、より多くの人がこの道具の恩恵を受けることができるでしょう。発明者としてはその方が冥利につきますので。」
ダミアンは予想外の返事に呆気にとられていた。そして、大笑いしている。その声に突っ伏していた村長が、何だ?、と起きてキョロキョロあたりを見回している。
「失礼しました、あまりに予想外でしたので、ふっふ。この件は私の一存では決めかねますので、一度若様に相談させていただけますでしょうか? 私が言うのもなんですが、若様は物分かりが良い方ですので、きっとジンさんの申し出を受けてくれると思います。ただ、その際に私の話だけではご理解いただけないかもしれませんので、この設計図をお預かりしても構わないでしょうか?」
これは虫のいい話である。いざとなればそんな話知らないと言い切り勝手に水くみ器を作ってしまいかねない。だが、仁はこれを了承する。
仁にしてみれば、すでに鑑定でダミアンを調べてあり悪意がないことが分かっていた。それに、水くみ器を作るにしても、図面上では表現できない工夫もあり、そこをアレンと二人で作り上げたのである。それにモノができたとしてもいくらでも対抗して子爵家の思惑をつぶす方法など仁にはいくらでもあったからだ。
起きた村長を伴いダミアンが宿へと帰る。村長は仁からもらった日本酒の壺を小脇に抱えご機嫌であった。
宿の部屋から月が照らす村を見ながら、仁の家で貰った日本酒を飲むダミアン。仁との出会いを思い返していた。
「それにしても、設計図の申し出を受け入れるとは思わなかった。ただのお人よしか、肝が据わっているのか。それともまだ何か考えがるのか。つかみどころがない人物のようですね・・・。」
こうして、ダミアンの最初の夜が更けていくのであった。




