セレナ村へ
仁はバイドの了解を得てから、一か月に一回ほどバイドのところに皮の処理を学びに行っている。さすがに手土産なしで、とはいかない小市民な元日本人は自宅の近くにいる魔獣を何匹か狩って持って行くのであった。
仁が練習するのはもっぱらグレイトボアである。バイドの方も森の奥の魔獣の皮をくれるので、むしろ喜んでくれている。たまに持って行った魔獣の皮を見てバイドの顔が引きつっている時もあったが、仁はあまり気にしていなかった。
仁は数か月まじめに練習をした、練習はしたが・・・さすがに才能がなかったようでグレイトボアの裏側を削りすぎて穴をあけたり、その逆に肉を残しすぎて腐敗したりと本職のバイドのようにはどうしても無理であることを結局学ぶに至った。
そこで、仁が魔獣をもってきて、処理をバイドに任せることになり売り上げた利益を折半することでお互い話が付いた。最初バイドは半分にすることを反対した。というのも魔獣を狩る方がはるかに難しく危険度が高いからである。しかし、仁にとってみれば自分のできないことを頼むのであるから、折半が普通だろうと譲らず結果バイドが折れた形で落ち着いたのであった。
そんな関係が一年ほど続いたある日、バイドが申し訳なさそうに仁に話しを振ってくる。
「実はなぁジン。悪いんだが俺の住んでる村まで来ちゃぁくれねーかな。おめーが持ってくる皮がいわゆる高級品でよ。村に来る行商人がいろいろ聞いてくるんだよ。最初は俺も適当に相手してたんだがよ、そろそろごまかしきれねー。それに、俺の娘夫婦もおめーに会いたがってんだよ。俺がおめーに面倒かけてんじゃないかってうるさくてよ。なかなかこんな親父の言う事なんて信じちゃくれねぇ。そこでお前から直接娘らに言ってほしいんだよ。」
少しはにかんだ顔をうつむきながら仁に言う。
「(おっさん、はにかんでもかわいくねーぞ)あぁいいぜ、そんなことならお安い御用だ。というよりバイドに娘がいることを知らなかったよ。奥さんは俺のこと何とも言ってないのか?」
あまり意識せずそう言ったら、バイドはこちらを見ず
「嫁さんは、もういねーよ。娘産んでしばらくして逝っちまったんだ。だから娘は俺が育てた。」
胸がギュッと締め付けられた。仁も家族がいてもおかしくない年齢、その家族という特別な価値観を羨望のまなざしで傍から見ていた自分。その大事なものの一部を失った男が目の前にいる。知らず知らずに仁の目には涙があふれた。
顔を上げたバイドは焦りながらも、
「オイオイ、しんみりさせたが、おめーがそこまで考えなくていいことだぜ。それにもう20年も前の話だ。今じゃ娘も旦那をひっ捕まえて幸せに暮らしていやがる。新しい家族ができたんだ、十分だよ。」
「そうか、そりゃよかった。じゃぁその大事な娘らを安心させたいっていう親心に免じて、俺も村に行くことにするよ。」
仁は一旦家に帰り、バイドの住むセレナ村へは一週間後行くことになった。
一週間後、バイドは猟小屋の前で仁が来るのを待っていた。遠くから荷車を引いてくる仁が来る。それを見たバイドが仁の方へと歩いてくる。
「遅いと思ったらおめーなんだその荷物は、またなんというか・・・。」
呆れながらその荷物の量を確認していた。荷台には、バーサーカスが二体。いくつかの秘蔵保存食と袋に入れた米、そして樽が二つ。一つは日本酒、もう一つはビールである。
「バイドが娘んところに帰るんだ。さすがに何もなしってわけにはいかないだろ。それにさ、第一印象が大事だしな、見た目では勝負にならん、それなら土産が一番だろ!」
と、二人が大笑いしている。バイドも自分の荷物を背負い、いざセレナ村へと歩いて行く二人。
平地を進むこと四時間。以前の仁ならもう途中で息絶えていただろうが、今や人外の体力を持っている仁にとってはこの程度大した事ではない。
途中仁がバイドにビールを飲ませたら、これをいたく気に入り樽を抱えて飲もうとするのを必死で止めたのが途中の笑い種。仁は娘に報告することが一つ増えたと内心ほくそ笑んだ。
セレナ村に到着するころにはすっかり夕方。木でできた家が2、30ほど見える。人口は100人程度の村らしい。村の周りには緑色の畑がありどれもきれいに整備されている。近くには小川も流れていて穏やかな田園風景が目の前に広がっている。それはまるでヨーロッパの田舎の風景であった。
そんな村に入り、行きかう人とバイドがあいさつを交わしている。仁はそれに合わせて会釈をして、慣れない村をバイドのでかい背中の後ろからつい行った。
村に入ってしばらくすると、バイドの猟小屋を幾分大きくした家があった。家の中から光が漏れている。バイドが庭先からデカい声で、
「かえったぜぇ~、客も一緒だ!」
その声を聴いて、家の中から若い男が出てきた。
「おやっさん、お帰り。セリーナは家の中にいるよ。あぁそっちが例のジンさんかい?遠くをようこそ、さっ中に入ってくださいな。」
仁たちは荷台の荷物を降ろし、バイトの暖かい家の中に入っていった。




